第638話 やはり闇雲に戦力を分けるしかないのか

 ラーセットの封鎖。元々奴の知性は動物のそれではない。人間かそれ以上だ。

 本命はあくまでここなのだと考えれば、十中八九行っているだろうな。

 伝説が正しければ、今までの奴は狙った所を短絡的に攻めていた。

 未曽有の大軍で都市を滅ぼす。ただ力だけだが、その力に人間は抗えない。ある意味、物量こそが最も効率の良い戦術だ。

 奴が世界を滅ぼす一体に数えられているのはその脅威からなわけだ。


 ところが今回はその戦力を分けた。しかも南北がほぼ同時に探知するようなタイミングで到着するように。

 確実に、作戦というものを考えている。

 今まで餌でしか無かった人間相手にそこまでやる以上、中途半端な事はするまい。


「ですけど、ただでさえ減っている部下で包囲なんてしたら、ますます陣容は薄くなりますなあ。いっその事、ここで大幅に奴の戦力を減らしてしまうのが一番なのではありません?」


「包囲しているのは戦力にならないような雑魚だよ。おそらく虫程度だろう。眷族クラスはいないか、いても減った分を補充するための数体だろうな。まあただのセンサーだと思えば良いさ。感染した同類と、それが成長した眷族。それらは完全にリンクしている。働きバチとかのレベルじゃない。何せ同類や眷族が食べた魂まで、その場で本体の栄養となる程だ。当然、どの位の数が動いたかは把握される」


「完全に後れを取っているな。本体は今も何処かに隠れていて、こちらの動きを監視しているという事か。そしてこちらが動かなければ南北どちらかを蹂躙し、動けばここか」


「正確には俺だな。俺が奴を探しているように、奴も俺を探している。だが直接対決はさすがに控えたな。神罰がよほど怖かったのだろう。そして今、アイツはこの世界の人間がする行動を元にここの根底を崩そうとしている」


「狙いは召喚システムですか」


「当然だがラーセットごとだな」


「条約に従わなければ孤立。動けばそれに合わせて向こうも動く。選択肢はあちらが握っている状態ね」


 向こうの動きも位置も戦力も何も分かっていない。

 今は考えるだけ無駄とも言える。

 だけど思考は止めちゃいけない。


「それで援軍要請自体は来たんですか?」


「まだだが、本来はもう動くべきではあるのだ。軍務庁は双方へ送る支度をしている」


「確かに小国だから片方だけとはわよねえ。でも当然、南北を囲む国も援軍を出すんでしょう?」


「それでも勝てないから世界を滅ぼす3体なのよ」


 その後も様々な意見は出たが、やはり顔を突き合わせて話し合っても結論は出ない。

 選択肢は向こうが握っているのだ。悔しいがね。

 だけど、この話し合いは無駄であって無駄ではない。無数に出した可能性とその対策。それはその時になって初めて生きる事なのだから。


 そんな時、リーンリーンと机の上のベルが鳴る。

 俺の時代には無かったな。

 形といい音といい、まるで呼び鈴だが用途はまるで違う。


「クロノス様ですか? こちら軍務庁外交部指令ナナーク・ジェス・クオビンです」


 呼び鈴というより電話だな。


「わざわざ名乗る必要は無い。全員把握している」


「失礼いたしました。ただ今、その……北のマージサウルから援軍の要請が入りました」


「南は?」


「協力者の情報では、既に援軍要請を出す形で話がまとまっているとの事です。おそらくは数日中に要請が発令されるかと思われます」


「分かった。援軍要請は受託するしかあるまい。召喚庁もまた全面的に協力すると伝えておいてくれ」


「ありがとうございます。それでは」


 こうして連絡は切れた。

 どうするかがまだ何も決まっていないが、こうなってしまうとどうしようもない。


「聞いた通りだ。ラーセットは南北に対して援軍を出す」


「とは言ってもここは小国だからな。それほど多くは出せないし、その点は周囲の国も納得してくれるだろう?」


「それはあるだろうが、ここに召喚者がいる事は世界が知っている。それを出さぬわけにはいかぬだろう」


 それは分かるんだけどね。

 だけどもう何重にも罠が張り巡らされていると考えた方がいい。

 出来る事なら、軍務庁の援軍は早々に敵と出会ってくれて欲しいものだ。

 犠牲は避けられないが、最初から逃げる前提ならどうにかなる。それに何より、こちらが援軍を出さない言い訳が出来る。

 本当なら、こちらが援軍要請をしたいところだよ。


「今一つ分からないんだけど、結局何が問題なわけ? あたし行ってくるよ?」


 藤井つぐみふじいつぐみは槍を握りしめると、さっさと出て行こうとする。

 しっかり首輪を付けろという意味がよく分かったよ。


「待てって! とにかくストップ、ステイだステイ!」


「人を犬みたいに言わないでよ。とにかく北から援軍要請が来ているんでしょ?」


「状況が状況だけに文句は出ないと思いますが、やはり行かないわけには参りませんでしょうねえ」


「けどどうやって南北に分けるんだ? そもそも今のオレたちに、戦力を分ける余裕なんてあるのか?」


「まあ無いな」


 向こうの意図が分からない。

 一気に跳べるのは俺だけだ。他のメンバーは一度行く場所を決めてしまったら、もう変更は難しい。

 戦闘に入ったら、別方面が援軍として来ることは無いだろう。

 ここまでして揃えたメンバーを分散するのか? それは東雲しののめの言う通りキツイ。


 では俺だけが北の援軍に行くか?

 奴の本命が北なら俺一人で本体と戦う羽目になる。

 しかもいきなり奴が出てくるとは思えない。同類や眷族相手にかなりの長期戦だ。

 そこで俺が消耗し、勝てると見たら登場だろう。

 だが勝てないとなれば、奴等はまた消える。

 そして何十年もかけて戦力を整えるわけだ。

 こうなった時点でもう詰んだようなものだな。


 では北に援軍を送り、奴がいなかったら?

 まあラーセットでも南でも、本体が現れれば俺に位置は関係ない。その点ではこちらは問題ない。

 後は現地の軍に位置を教え、迎撃に協力してもらう。


 ……というのが理想だが、俺の言う事など聞かないだろうな。

 こちらはあくまで援軍。全体の指揮権はそれぞれの国だ。いざという時まで籠城は変わらないだろう。

 俺一人では倒せない以上、召喚者を派遣しなければやはりだめだ。

 持久戦はただ単に相手を有利にするだけだからな。

 本命が何処であれ、結局はここに行きついてしまうんだよね。

 これは南でも同じ。

 それが分かっていても、結局はやらないといけない。


 奴がわざわざ戦力を分散した理由は、結局はそこなんだよな。

 最終的に奴が倒したいのは俺。

 しかし奈々ななの神罰は怖い。

 他の召喚者達とも何度も戦っているだろうし、それらも集まれば危険な事くらい知っているだろう。

 だからこちらも分散させたい。

 可能なら戦力を削いでおきたい。

 失敗しても、その後の時間は奴にとっては有利に働いてしまう。何せ再び時を戻れるようになるのだからな。

 その為に、わざわざ出会った時点で戦力の分散を行った訳だ。

 今この時の為に。


 しかもそれを悟らせないためにラーセットを攻めた。

 あれのせいで、北や南などの警戒に人を割けなくなってしまったからな。

 全く、あれだけの力を持っているのに慎重な奴ってのは実に厄介だよ。

 もっとこう、野心とかはないのかね。

 世界を滅ぼすといわれている奴なんだ。そして俺を狙っている。

 なら堂々と攻めてくるか、ここだよと分かるような位置にいて待ち構えていて欲しい。

 まあそんな馬鹿ならどれ程楽だった事か。


 だがこちらだって無策でここまでいたわけではない。

 まだ少し時間はかかるだろうが、これが奴の最後の失策だと教えてやるさ。

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