第637話 随分と光栄な話じゃないか

 その辺りはやはり同じか。

 まあよほど大きな力が干渉しなければ、その辺りの歴史は変わりようがないが。

 当時はあまり気にしていなかったが、砦の建築とか使者の来訪とか、妙に早いと思ったよ。

 こちらが戦っている最中には、もう既に向かっていたのだな。


「その後の結果は大体予想がつくが、展開は随分と変わった様だな。だがそんな昔の事はどうでも良い。今回の件、ラーセットはどうするつもりなんだ?」


「こちらもそれなりに周辺国の情勢は確認しているが、まだそれぞれ自国の衛星国家が対処している状態だ」


 確かに南北共に、幾つもの小国を束ねる大国だしな。ラーセットのような小国はお呼びじゃないか。

 だが俺はその後の結果を知っている。


「しかし、南のイェルクリオはダメだったと聞いているが」


「ああ。それはこちらに来た時に話した通りだ。だが同じにはならないな」


「何故そう考える」


「あの時の奴は、本気でイェルクリオに攻め込んだ。3年かけて溜め込んだ雲霞うんかのごとき大軍でな。だけど今回は違う。それ程の大軍ではあるまいさ。というより、脅威度が違う。奴は高速で動ける主力を――いや」


 確かにあの時ラーセットに来たのは高速で動け、隠密に長けた連中だろう。だがあまりにも脆すぎた。

 奈々ななが強すぎて見落としがちだったが、高速で隠密行動が出来る眷族は、そもそも特別に強いという訳でもない。

 それに最初は俺の時代の奴とこの時代の強化された奴との間で精神のバランスが取れていなかったのか、かなりおかしな状態になっていた。

 だが再びラーセットを攻めた時はそうでもなかったな。

 あの時点で、思考の折り合いがついていたのか……だがどうにも引っ掛かる。


 奴は自分を囮にして何かを成すタイプじゃない。自分が王であり中心だ。

 そして強大だがその力に溺れたりはしない。恐ろしいほどに慎重な面を持つ。

 だから2度目にラーセットを襲った時点では、あの戦力で勝てる自信があった事は確かだろう。

 結果は散々だったにしろ、その時点で隠密と高速移動が出来ない連中は南北へと動かしていた。

 失敗した時の保険か、それともラーセットのような小国では満たされないから次への布石を打ったか。


 ただそれも妙な話だ。ラーセットの次を狙うなら、どちらか片方に集中させるべきだ。

 それに、あの時点での本命は間違いなく俺だ。俺が居なければ、ラーセットなど無視していた事は以前の時間軸が証明している。

 もしかしたら、俺は奴の思考を見誤っていたのではないのか?

 最初から騙されていたのだとしたら……次はどう動く?


「とにかく今は、南北からの要請待ちとなる。どんな状況にでも対応できるように待機しておくように」


「わかったわ」


 風見かざみの返事を皮切りにそれぞれ了承の返事をするが、本当にそれで良いのか?

 間違いなく、既に後手を踏んでいる。

 奴がラーセットに来た時から……いや、甚内じんないさんや三浦凪みうらなぎと行った時からか?

 それも違うな。俺と共に奴の精神もこちらに来た。その時と考えるのが一番しっくりくる。


 完全に融合するまでにそれなりに時間はかかったと思うが、一度融合してしまえばいつもの奴だ。

 言葉や行動にこそ異常さを感じたが、元々会話での意思疎通など奴の意識には無かっただろう。

 こちらで初めて出会った時に素直に迎え撃ったのも、俺単体で来たあの時こそが、奴にとっても最大の好機と考えたのなら納得する。


 まあ結果は散々。こちらの準備不足が露呈して色々と準備をしてきた。

 だがその前提は、奴は戦力が貯まるまでは動かないという事だった。

 しかし現実は違った。今回は向こうの方が先に様々な準備を整えていたのではないのか?


 状況は予断を許さない。だが俺はこの時、期待に胸を膨らませていた。

 最大の懸念は、やはり奴をどうやって見つけ、どのようにして倒すかだ。

 それがこんな人間臭い作戦なんて使ってまで、俺を倒そうとしている。こんな“ハズレ”なんてモノを押し付けられた人間をだ。

 今回の事はピンチにしてはならない。考えようによってはチャンスなんだ。

 この状況を生かす事が出来たなら、全てが解決するんだからな。


「どうした? 何かあったのか?」


「これからの展開を考えていたんだよ。風見かざみはどう見ている? 正直に言ってみな」


「ふう……貴方の考えている通りだと思うわ。これは間違いなく陽動。本命は何処かでこちらの動きを見ているわね」


「まあ数百キロメートルは先だろうけどな。あいつは待っているはずだ。俺たちが南北の救援に行くのをな」


 しかし何処か……か。なぜか違和感のある言葉だ。

 俺も同感だし、実際そうだろう。だけど何故か、頭なのかで思考が混線しているような奇妙さを感じる。


「でも脅威度が随分と低く感じますなあ。以前聞いた話では、3年後に増えまくった数でハスマタンを襲うんですわなあ。そう考えると、まだまだ数は少ないうえにラーセットの襲撃も失敗。更には減った数を3つに分ける。ちょっと間抜けに感じますわ。これ南北はそれぞれ自力で対処して解決と違います?」


「それが理想だが、おそらくそうはならないな」


「何かあるわけ?」


 バトルマニアの藤井つぐみふじいつぐみは楽しそうだな。

 人の事は言えないが、俺とは別のベクトルだ。

 俺が高揚しているのは不安の裏返しだが、こいつは本気でワクワクしていやがる。


「おそらく、南北に対しては本格的な戦闘は仕掛けない。だが相手の位置は分からないから、両国とも籠城するしかないわけだ。ただ感染者は出る。これは防げないけどな。場合によっては籠城も出来なくなるが……」


「それが出来るなら、なぜ今までやらなかったの?」


「何だ、話していなかったのか」


「必要あるか?」


「まああまり無いか」


「詳しく教えてくれないか? 情報は共有するべきだと思うのだが」


「単純な話だよ。先ずこの壁は怪物モンスター対策でもあるが、副産物で感染も防げる」


「初耳ですわ」


 ダークネスさんもちゃんと教えておけよ……。

 まあラーセットが再び戦場になる可能性は無いと見ていたのだろうけどね。


「意図したというより、高さのせいだな。ただ100パーセントではないから放置すればいずれは感染者が出始めるだろう。だがそれはごく少数。社会全体として不安はあるが、流行り病のようなものだ。さっき籠城は出来ないと言ったのは、それは眷族が壁を越えて影響を及ぼす程に近くに来たか、セーフゾーンのすぐ近くまで迫って来た時だ。そうなれば、人間も黙ってはいない。全軍総出でサーチアンドデストロイ。そこまでため込んだ武具やアイテムをフル活用しての決戦だ。かつてのハスマタンは敗北濃厚だったが、今回の戦力なら追い返せる公算が高い」


「いまいち意味が分からない。それじゃ何のためにやっているわけ?」


「今の話は、この世界の人間なら誰でも知っている事だ。当然、それに対する行動も決まっている。第一に近くで奴らの同類が見つかったら、それぞれの国はまずは少数の部隊を派遣する。だけど奴の脅威は子供でも知っている。そこで先ず主力部隊は籠城を選択する」


「うんうん」


「普通はそのまま国が亡ぶかどうかの大規模戦へと展開する。だけど今度の奴らは攻めない。群れの姿は見せるし偵察隊程度は潰すが、感染させるほどにも近づかない」


「そこの意味が分からないんだよね」


「そこで出てくるのが条約だ。小国だが召喚者という強大な戦力を有するラーセット。相手の数が分からない以上、必ず援軍要請が来る。こちらが不要だろうと言ってもそれは予測だ。向こうに信じる根拠がない。むしろ屁理屈で条約を破ったと受け止められるだろう。結果として、援軍を出さなければラーセットは今以上に孤立する」


「南北は囮。本命はここって事ね」


「それが確定なら楽なんだけどな。さすがに本体は遠すぎて探索外だ。となると、案外南北のどちらかにいるかもしれない。そうなると、そちらは新たな感染者も多いし、移動したのも主力クラス。その場合、狙われた方の都市は幾つか陥落するかもしれないな」


「そんな事になれば、援軍として派遣した召喚者もただではすむまい」


「当然、こちらの戦力を削ぐことも視野に入れているだろうな。だけどそれだけとも思えない」


「まだあるのか?」


「ここラーセットが、既に封鎖されている可能性があるんだよ」

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