第630話 緊急事態

 椎名愛しいなあいを蘇生する事は最初から決まっていた。

 たとえ谷山留美たにやまるみの様に黒瀬川くろせがわとあまり関係が無くても、確実に蘇生させた。それ程に、彼女のスキルは必須級と言えるだろう。


「じゃあ椎名しいなを蘇生させるぞ」


絵里奈えりなちゃんでもないですが、やはり友人が蘇生されるというのは緊張するものですなあ」


 平静を装っているが、やっぱり黒瀬川くろせがわも人間だな。声が震えている。

 それに早々に死んでしまった谷山たにやまと違って、椎名しいなはそれなりに生きた。

 共に過ごした歳月は彼女にとって重要だが、その生きた年月が俺にとっては重要だ。

 彼女は黒瀬川くろせがわと同じく大月歴の141年に召喚された。

 そして152年に死亡した。

 確かに俺がクロノスの時と比べれば力不足は否めない。

 俺の時は大月歴の144年に召喚し、その後は最終決戦の開始となる185年まで生き延びた。

 だがそれでも、彼女のスキル自体に曇りは無い。

 実際、本格的に本体の探索と追跡を始めたのは150年。

 その時点で短時間とはいえ追跡が出来た。

 今回はそれよりも短い時間で良い。

 逆に彼女はあの時よりも長く生きている。十分だ。


「では始めるぞ」


 風見かざみ程ではないが、失敗したらわかっているなという感じのプレッシャーを感じる。

 だが今更失敗は無いよ。児玉こだま程じゃなかったが、俺だって交流はあったんだ。


 そんな訳で椎名愛しいなあいを蘇生させた。

 今までのベテラン――それも戦闘系と違い、彼女は受け身も取れずにストレートに仰向けに落下した。

 しかも呆然としている。何が起きたのかまるで理解していないという感じだな。


「後は任せたぞ」


「では……久しい様なさっきの様な、なんとも不思議な感覚でありますなあ。ですが、あいちゃんにとっては間違いなく今でありますな」


黒瀬川くろせがわ……さん。あ、あたし……」


「何も言わなくても分かりますわ。今は落ち着きましょう」


「あ、あの時……何も出来なくて……足を引っ張って……ご、ごめんなさい……」


「全部良いのですよ。気になんてしてはいけません」


 あんなにやさしい黒瀬川くろせがわの声を初めて聞いたな。

 クロノス時代の彼女は、あまり話すタイプではなかった。

 基本的に何でも話すのは2年生の椎名愛しいなあいで、1年生の谷山留美たにやまるみは実務関係の話が中心。

 そして3年生の黒瀬川くろせがわは、そんな二人と磯野いそのを優しく見守っていたからな。


 初めての――だけど何の意外さも感じない様子を背後に聞きながら、俺は召喚の間を後にした。

 他の全員も一緒だ。いつもと逆だな。

 その理由は簡単で――、





「それで、残りの2人はどうするよ」


「まだ状況がよく分かっていないんだ。オレに聞いても無駄だから、他の奴に任せる」


 生きていた歳月から考えて、東雲充しののめみつるは候補が多そうなんだけどな。


「俺に分からないから聞いているんだよ」


梨々香りりかの知り合いは沢山いるけど、最高の2人とか言われると選びようがないかな」


「こっちは誰でも良いよ。というかさ、無駄じゃない?」


 藤井つぐみふじいつぐみの言葉は不穏すぎる。特にスキルの面で。


「何か見えたのか?」


「もう蘇生はないかな。打ち止め。無理に今の段階で再生させても良いけど、誰を戻してもピンとこない感じ?」


“見える”と言っているが正確には“分かる”。こいつのスキルは直感的なものだ。理由は聞いても無駄だろうが、分かるのは、ろくでもない事が起きるという事だ。

 いや、もう始まったのかもしれない。

 だがこの段階で何かが起きると分かったのは悪くない。


「なら蘇生作業は一時中断だ。今の段階は確か……」


「召喚者は一部を除いて全員ラーセットに帰還しているわ。前回の襲撃と新人の召喚準備、それに南のイェルクリオの動きが活発になったから、基本的には待機ね」


「本当はわたしたちの様な教官組は外の警戒に当たるのですが、今回は蘇生作業という事でわたしと一ツ橋ひとつばし、残っています」


 つまりは他の4人は南の様子を確認に行っているのか。

 当時の皆を連れていた俺と違って、教官組だけなら速い。

 それにみやはもう戻って来ていた。

 となるとあっちは問題無いとみていいか。

 なら何が有る?

 考えられる可能性は、北の襲撃か再び奴が来る事だが、どちらも可能性は低そうだ。

 まあ考えても仕方あるまい。


「何が有るか分からないが、全員臨戦態勢で待機していてくれ」


 藤井ふじいの口ぶりから考えて、これから誰を蘇生させるか話し合う時間すら残されていない。そしてきちんと決めずに蘇生させるなら良い結果は得られない。

 問題が起きるのは――、


『キーンコーン。第17通りの下水作業の補修は完了いたしました。繰り返します――』


「なんか緊張感が一気に吹っ飛んだな。今は下水なんてどうでも良いわ」


「17通りに下水は通っていないというか、通らないねえ」


「でしょうね。梨々香りりかの頃と符丁は変わっていないんだ」


「おっ、おう、おごお」


「そうね。これがつぐみの感じた何か。じゃあ、行きましょうか。


「そうだな。変わっていないのなら、場所は召喚庁か。その場所も変わっていないのか?」


「はい。ずっと同じ場所です」


「符丁って事は、何かの連絡か」


「符丁を知る中で、動ける人間は全員召喚庁に集合する事になっているの。最優先の緊急事項なのよ」


「それはまた大事のようだが、まあ何かあったのは確実だ。それで、ここにいる人間は全員符丁は知っているわけだな? それじゃ行くとしようか」


「君は随分と暢気なのだな。状況としては、最悪すら考えられる緊急招集だぞ」


「ああ、大和だいわは俺を知っていても実情は説明でしか知らないか。というよりも、知っている人間は児玉こだまだけだし、それに最初の内だけだな。言ってしまえば、最悪なんてものは、もう飽きるほど味わって来たんだよ」


「フム。こちらも最悪を味わった末に死んだと思っているが……今度詳しく聞くとしよう。あの頃の様に、じっくりとな」


 なんか腕を組んで堂々と言っているが、ベッドの中でって事だろうな。

 どうやって誤魔化そうかと思うが今はとにかく置いておこう。

 とにかく、これで本当に藤井ふじいの予測通りになったわけだ。全知の一端を知れたな。

 おそらくここからは、死者の蘇生を考えている余裕はなさそうだ。


「俺たちは行く。一ツ橋ひとつばしはここで事後処理を頼む。もう当分蘇生は無いだろう」


「分かりました。片付けが終わったらすぐに行きます」


「よろしくな。じゃあ行こうか」


 俺だけが距離を外して先行しても良いが、状況説明を何度もさせても仕方あるまい。

 ついでにそれぞれがどれだけ動けるかを知るために、呼ばれた全員で召喚庁へと向かった。


 まあ残るのは一ツ橋ひとつばしとヨルエナだけだがね。

 中々豪華なメンバーが揃ったものだ。

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