第627話 先入観はダメだな

 こちらも聞きたい事は山ほどあるだろう。

 顔見知りで今は手も空いているという事で、今度はフランソワに説明を頼んだ。

 後は東雲充しののめみつるだけだな。

 いや本当はもう3人いるが、先ずはこっちから。

 順番にやって行かないと、また脱線してしまう。


 では早速……ん?

 ……あれ?


「どうかしましたか? 痕跡が分からないと、ヨルエナさんに情報を送れないのですが」


「いや、やっているんだよ。だけど魂が見つからないんだ」


 最悪の可能性。それは奴に魂を喰われたパターンだ。

 だがこれは既に否定されている。大変動の元となるこの世界に住む者達の魂。

 それを食い荒せば、もはや単なる異物としての処理では済まない。

 迷宮ダンジョンは俺たちにとっては危険な宝箱だが、彼らにとっては存在意義そのものだ。

 それを根底から破壊するものを許しはしないだろう。


 ただもし奴がダークネスさんから取り込んだハズレスキルを使いこなしているとしたら?

 俺と同じように召喚者の魂を選別して、捕食している可能性は十分にあり得る。

 さすがに召喚者の魂まで面倒を見てくれるほど、迷宮ダンジョンの連中は慈善家じゃないからな。


 いや、落ち着け俺。それは無い。

 もしそれが出来るのであれば、奴はもう自給自足できる状態だ。

 この世界を支配したいとか破壊したいとかの欲求が無い限り、もはや動く必要は無い。

 確かに勝手に感染して同類は増えていくだろうが、そいつらは適当に放浪させて迷宮ダンジョン怪物モンスターに始末させればいいだけだ。

 だが奴は、最初に俺がこの世界に来た時にハスマタンを襲った。

 理由は間違いなく同類や眷族が飽和したからだが、それ以上に食事が必要だった。

 それはハズレスキルを完全には使えない事を示している。


 奴は基本的に、外で異物となった魂しか食べるわけにはいかない。

 だがそれとて大変動のエネルギーに手を出している事には変わりはない。

 ただ影響が少ないし、異物になってまで外まで追いかける奴がいないから成り立っているだけだ。

 どのみち迷宮ダンジョンの連中からは駆逐対象であることは変わらないしな。


 そんな訳で、アイツは地上に出なければならない。

 だが野生化した動物を追いかけて捕食する事は効率が悪すぎる。

 それにこれは以前にも予測したが、飛んでいる奴に同類が捕食されて数を減らす危険もある。

 地球ではやりたい放題だったが、こちらの世界では天敵が多数いるわけだ。

 だから普段は迷宮ダンジョンのセーフゾーンで息を潜めながら同類や眷族を増やしていく。

 そして飽和したら、その大軍で最も効率よく魂を捕食できるところ――人間の国を襲う訳だ。

 世界を滅ぼす怪物と言われる所以ゆえんだな。


 まあそんな訳で、仮にハズレスキルを使えるようになったとしても、大変動のエネルギーに手を出す事は無い。

 迷宮ダンジョン内での捕食は、精々地球から召喚した直後の人間くらいだろう。


 しかしそう考えると変だ。なぜいない?

 実は死んでいない……は絶対にない。何せ50人ルールに変化はない。

 生き残っていたら、なぜか何処かのタイミングで51人になった事になる。

 俺がクロノスだった頃を考えても、それは無いな。

 俺だって上限を増やす方法は考えたし、何より今の使い捨て体制を取っているみやが考えないはずがない。

 だが出来てはいない。それは不可能だろうし、生きている可能性も無い。

 もう一度、最初から考えてみるか。


 東雲充しののめみつる。記録だと大月歴の154年に召喚されている。

 記録を見る限り、まだ少年といった感じだ。少しきつそうな所がありそうな感じもするが、攻撃的とも違う。単に記録を取った時に、周りを信用していなかったんだろうな。

 スキルは“重力操作”とある。なかなか便利そうだ。


 その後、海野ひしおうんのひしお宮神明みやしんめい中野円環なかのリングやフランソワが召喚された頃には教官となり、220年に戦死。後任の教官が荒木幸次郎あらきこうじろうか。

 その間に召喚されたのは前記の他に、壬生梨々香みぶりりか木谷敬きたにけい加藤甚内かとうじんない藤井つぐみふじいつぐみ一ツ橋健哉ひとつばしけんや岩瀬純一いわせじゅんいちが召喚され、皆が彼の指導を受けている。

 かなりの経歴だ。


 教官は基本的に地上での教練を行い、ベテラン勢が本体戦に挑んだという。

 だがそれでも海野ひしおうんのひしおが17年。大和武蔵だいわむさしが38年。

 決して安全な仕事という訳でもない。

 実際、教練ではド素人を守りながら迷宮ダンジョンに行かなければいけない訳だしな。

 そんな中、76年間生き続けたというのはかなり凄い。


 男女差別をするつもりはないが、結局のところ迷宮ダンジョン探索は力仕事だ。

 戦闘、移動、運搬。スキルでどれかは何とかなっても、他はどうしても体力勝負になる。

 生物としての根本的な差が出てしまうのは仕方のない所か。

 ただ男だって、迷宮ダンジョンに入って1日で死ぬ奴だっている。

 そもそも風見かざみ黒瀬川くろせがわだって生き残っているのだから単純な性別差など意味がない事くらい分かるが、この二人はスキル的に色々と特殊な立ち位置だ。

 緊急の時以外に最前線に立つことは無いし、記録でも平均的に見れば男性の方が長生きしている。


「なあ、彼はどんな人間だったんだ? どうにも魂が見つからなくてな。何か特徴があると助かる」


「え、”彼”ですか?」


「先入観というの怖いですなあ」


 ん?

 記憶のページをめくり、もう一度資料を確認する。

 とはいっても大した情報はない。召喚された年号や日付、バストアップの写真、それにスキルと名前に……後は死亡日だけだ。

 いや待てよ――”クロノスのお手付き”


「これかー!」


「よく分かりませんが、何か見つけたようでありますなあ」


「というより、何を見つけたかもう分かっちゃいました」


 完全に意識の中から外していた。

 俺は風見かざみと違って同性NGだからな。

 手っ取り早く探す為に、先ず性別で分けたのが失敗だったか。


 改めて女性で探す。

 というか区切ってしまえば消去法。

 片っ端から外していけば……。


「反応が出ました」


「それでは召喚いたします」


「ああ、始めよう」





 □     ▲     □





「いたたたたたたた」


 さっきの大和武蔵だいわむさしと違って頭から降って来た。

 長生きしてきたわりに運はなさそうだ。

 スキルの重力操作も使わなかったところを見ると、覚醒も他より遅いな。

 数秒の差だが。


 高校の制服だが、夏服の上からフード付きのパーカーを羽織っている。

 写真だと判らなかったが、下はジャージだ。

 ただ境目のくびれを含め、下半身は確かに女子だな。

 フードで隠れているが、髪は比較的短くすっきりしている。

 そして胸は無い。

 これでは突然長髪になって胸がばいんと出で『お、お前女だったのか―』的な展開は全く起きないな。


「本当ならお久しぶりというべきところですなあ、みつるさん」


「お会いしたかったです、東雲しののめ教官」


「……黒瀬川くろせがわさんに、そっちは――そうか、一ツ橋ひとつばしか。オレがいない間に色々とあったみたいだな」


 一人称はオレかー。

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