第625話 教官たちの蘇生を始めるか

「知りたくもない事を知れて良かったのか悪かったのか分からないが、明確な日取りはまだ伏せておこう」


 実際には決まっていないし。


「ただ始めると同時に総力戦だ。僅かの余裕も与えないし、こちらにも無い。奴を倒すまでノンストップで駆け抜ける。だけどな――」


「言われるまでもない。我に帰る世界など、もはやありはしない。そもそもそう長くはない身である。余計な気遣いは無用であると心得よ」


「そうだな」


 本当に今更な話だ。自分が覚悟を決めていないわけがない。

 これは余計な事だったな。


「では最後に確認だが、双子は戦ってくれるで良いんだな?」


「それは当然でございます」


「あれを見せられた以上、協力しないわけにはいきませんので」


 既にメッセンジャーと引き合わせていて正解だった。こちらも既に問題なしだな。

 だけど確認しておくことは大切だ。

 いざ開始と同時にちゃぶ台をひっくり返されたら、立て直す前に壊滅する恐れだってある。

 それ程の綱渡りだ。確実な勝算なんて何もない。


「それが聞けて安心した。じゃあその日に」


「全てを終わらせるための始まりの夜明けbreaking dawnか……クク、悪くない」


「いや、真夜中に始める事もあるけどな」


「これは定例文の様なものだ。学ぶが良い」


「一生知らないままでいるわ」


 しかし普段は言葉の端に滲ませる程度なのに、今日はやけに激しいな。それだけ興奮しているという事か。

 確かにこれは代々の俺たち全員の悲願だからな。必ず成功させるさ。

 こうして、俺はそのままラーセットに帰った。


 樋室ひむろさんや雅臣まさおみ君にも挨拶したかったが、今日は良いだろう。

 ちゃんとダークネスさんが説明してくれるし、その方が良い。

 ひたちさんにも会いたかったけど、これは未練だな。

 お幸せに……。





 ◆     ◇     ◆





 その後もこちらは準備、準備にまた準備。

 当然夜は奈々ななや先輩との生活がある。

 しかも黒瀬川くろせがわやフランソワ、それに今では壬生梨々香みぶりりかも加わった。

 当たり前だが、全員一緒とはいかないぞ。だから本当に忙しいんだ。

 何の話だって? 当然、奴と戦うための準備の為だ。


 それに衝突の危険があったから分けたが、中野円環なかのリング苅沢和代かるさわかずよの温泉の手配。

 というか男女一緒はどうなのだろうと思ったら、当たり前のように断られた。

 仕事が増える……。


 そして正式な住処の選定。

 決める事は山ほどある。

 他の教官組にも紹介すべきだが、情勢が安定したからみやが戻って来ていただけで、他の連中はまだ外だった。

 人間同士の争いなどいい加減にして欲しいが、召喚者の存在がそれを許さないか。

 全てが終わっても、周辺国との関係改善を済ませておかないと帰れないな。


 こうしてあれから10日の休息を経て、俺たちは再び真召喚の間へと集まった。

 万が一を考えて中は全部片づけてあったが、昨日のうちに一ツ橋ひとつばしとフランソワが準備を完了している。

 ヨルエナの体調確認も済んでおり、こちらも問題なしだ。


「では、先ず予定の3人を蘇生させたい。あれから異論が出た奴はいるか? やっちゃってからやっぱ無しってのは無理だ。些細な事でも、反対意見があったら教えてくれ」


「無いわね」


「今更ありませんなあ」


「わたしはも異論ありません」


「私は知らない人もいますが、知っている人は大丈夫だと思います」


梨々香りりかは反対しないよ」


「反乱を起こしたとかで遠慮する事は無いぞ。今は事実以外何もいらん」


「それでも反対する必要は無いと思うよ。ただ――」


 そう言った時には、もう密着する程近くに移動していた。

 俺のスキルとは違う。人間がスキルを使わなくても可能な動き。だがそれをするには生半可な鍛錬じゃ無理だろう。

 とういか、胸のあたりから下半身まで人差し指をつつーと動かして、


「あまり女を増やすと、収拾がつかなくなるよ」


 甘く囁くようにそう言った。

 だが――、


「お前は俺をどんな目で見ているんだ。これでも分別はある方でな」


「ふふ……梨々香りりかをあんなにしておいて?」


「アンタ、自己評価が甘すぎるんじゃないの?」


「よくある『俺はやってねえ』とかと同じ感じでしょうかなあ」


「お前が言うな!」


 集まったのは前回のメンバーである風見かざみ黒瀬川くろせがわ、フランソワに一ツ橋ひとつばし

 加えて壬生梨々香みぶりりか岩瀬純一いわせじゅんいちがいるが、岩瀬いわせは口を開けたまま虚ろな視線を彷徨わせている。意見はなさそうだ。

 もう一人ヨルエナが居るが、彼女は召喚者の決めごとに口は出さない。

 というよりも今回蘇生させる3人は、全員彼女が生まれる前に死んでいる。

 意見も何も無いな。


「では最初は推薦にもあった海野ひしおうんのひしおから行こう。魂の制定は終わっているので、ホイと」


 塔の一か所の傷が光る。


「そこだな」


「相変わらず凄いですね。本当に敬一けいいちさんのスキルは便利です」


「使ってみたいか? 使い物になるまでには相当な地獄を見るけどな」


「遠慮しておきます。話には聞いていますので」


 だよなあ。

 このスキルに助けられている事も多いが、全部このスキルを持たされたから起きた問題だ。

 複雑な感じはあるが、今はそれなりに感謝している。

 他の強力だったり便利なスキルに憧れもしたが、やはり色々出来る汎用性は魅力だ。

 いざという時、運命を他人に委ねなくて良いからな。

 地球が亡びる時は全てが他人任せで……それでダメだったんだ。


「それでは肉体の召喚を行います。敬一けいいち様、準備はよろしいでしょうか?」


「こちらの支度はもう完全だよ」


「それでは」


 傷――というより痕跡に合わせてヨルエナが肉体を召喚し、俺が魂を呼び寄せ、再びヨルエナが目の前にある魂の無い肉体――ぶっちゃけ遺体だな――を再召喚する。

 こうして魂は吸い込まれるように肉体に結合される。

 もう何回か試したが、この間の猶予は3秒程度。何度やっても緊張する。

 だが失敗は無い。ヨルエナの上手さもあるが、なかなか相性が良い様だ。


「いたた……」


 やはり他の連中と同じように、即目覚めるな。

 それに新人と違い、目覚めた瞬間には戦闘状態に入っている。

 だが自分が目覚めたというワンクッションと、周囲の敵意の無さ。それに最初に状況観察をするという周到さのおかげで戦闘が避けられているのはありがたい。

 最初の連中とは即戦闘になったからな。


 召喚された海野ひしおうんのひしおは、写真で見る限りでは大学生くらいだった。

 実際、見た目は19か20。少なくとも高校は卒業した表情がある。

 しかしまあ、思っていたのとは少し違っていたな。

 大人びてはいないが子供では無い表情。肩まで程のストレートな黒髪だが、両耳の左右手前に一束ずつくらいブルーのメッシュを入れている。

 そこまでは、写真で分かっていた。

 身長は162センチって所か。痩せ型だが案外胸は大きいな。


 ただ服装がなんとも個性的だ。

 ライトブルーのタンクトップに黄色く『Hamburgerハンバーガー』の文字と、その下に重なる黒いシルエットのカバのマーク。

 それ本当に食べ物のイラストなのかとツッコミを入れたくなる。

 その上にはタンクトップと同じノースリーブの黒いレザージャケット。

 まだ座っているのと寝ている状態の中間くらいの姿勢だが、俺の目だと背中も見える。

 ジャケットには光の加減で見える程度に薄く『I want to be a hamわたしはハムになりたい』と刻まれている。

 おしゃれなのか無頓着なのかよくわからん。何処で買うんだこんな服。

 というかタンクトップの下はノーブラか。服装からしてわざとなのかどうか判断が難しいが、とりあえず突起は見える。


 そして下は黒のスパイダースカート。

 それもそれっぽく見せたタイプではなく、床に置くとちゃんと蜘蛛の巣のような形に平置きできるタイプ。しかも短い。

 つまりはこの体制でちょっと膝を上げると黒いレースの――ゴッ!


 あまりの痛さに声も出ねえ。飛んできたのはボーリングの玉ほどある金属級だ。しかもチタンより遥かに硬い迷宮産。

 何度目だこれ。

 もう絶対に風見かざみに後ろは取らせないようにしよう。

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