第620話 見た目は普通の子なのだけど

「確かに強そうではあるが、三浦凪みうらなぎのスキルが未来予知みたいなものだったな。あれとは違うのか?」


なぎさんのスキルは“虫の知らせ”でありますわ。確かに未来予知と言えばそうですが、死ぬ事が分かるスキルです。目の前で普通の人がこのビルの屋上から飛び降りたら死ぬ事は誰でも分かりますでしょう?


「まあ流石に止めるがな」


「そうすると、死は回避されるわけですわ。なぎさんのスキルはそれをもっとずっと前から感知するスキルですなあ。それこそ、ビルに向かおうとした瞬間に死が分かるという感じですわ」


「それもまた確かに便利なスキルなんだが、藤井つぐみふじいつぐみは? 生半可なスキルじゃベテランには勝てない。しかも話だと、お前も戦ったら負けるんだろ?」


「彼女の場合、知った情報を元に未来を組み立てて、自分で作るのよ。理想の完成系をね」


「そんなことが出来るのか?」


「もちろん限界はあるわ。だから倒せた……というより、彼女の場合は自殺ね。散々に暴れた後、『そうか……ならいいね』って言って、緑川みどりかわに倒されたの」


「その時には梨々香りりかはもう殺されていたから知らなかったけど、ふうん……あの子、その彼に何を見たのかしらね」


 そうか。全知で緑川みどりかわを見た。その結果、その子は理想とする未来を構築した。

 そしてその為には、そこで死ぬ必要があったと……。


「よし、確定だ。首輪が必要なら俺が付けよう」


「また女を増やす気?」


「その人聞きの悪い言葉は止めろ。俺はダークネスさん――先代より分別はあるつもりだ。そんなに大勢と関係を持ったわけでもないし、そのつもりはない。それに多分、その子ってそっち系は疎いだろう?」


「何で分かったんです?」


「今聞いた話から予想出来た性格の面もあるが、男でも女でも首輪を付ける事に成功した人間はいなかったんだろう?」


「あ、確かにそうですね」


「では早速蘇生させよう。ただもう戦闘は絶対にパスだ。話し合い。いいか、話し合いだ」


「それは相手に言って欲しいですなあ。無理だったらウチは逃げますわ」


「本気のあれを相手に逃げられればね」


 そんな訳で、最悪の三人と呼ばれた最後の一人、藤井つぐみふじいつぐみを蘇生させた。





「……ふう」


 蘇生させてすぐ、まるでたった今まで寝ていたかのように自然と目覚めた。

 この辺りは前の2人もそうだったが、この時点で既に戦闘に入れる状況に体が整っているのだろう。

 だがワンクッションがある事で、実際かなり助かっている。

 一応は、いきなり飛び掛かって来る事への警戒も忘れちゃいけないけどね。


 今度はさすがに入念に資料を確認したが、話に聞いた事件以外に――いや、それも含めて問題というような行動は起こしていない。

 だが協調性があるという訳でもないところが難しい。


 かなり色素の薄い茶色いショートボブ。背は162センチって所か。美人というより童顔だが、それは表情筋によるところが大きいな。

 子供の頃からいつも笑う子だったのだろう。見ただけで性格が分かる。

 少しスレンダー気味だが胸まで含めて無駄な脂肪が無い。一言でいえばアスリートだ。

 服は普通の夏用の白いシャツに紺のスカート。一般的な高校生の夏服だが、なんか新鮮だな。他は皆冬服だったし。


 だけど考えてみれば、俺たちが召喚されたのはゴールデンウイーク間近。こちらはまだだったが、早い所はもう衣替えを済ませていてもおかしくはない。

 ただ本人が考える自分のイメージで来るから、まだ時期的に殆どの人間が冬服の自分を深く印象付けているのだろう。

 そう考えるとよほど早く衣替えを押したか、もしくは自分自身への客観的な認識がかなり高いかだ。


「今は254年ね。やっぱり時間が過ぎたって感覚は無いなー。もう少しこう、ああ死んじゃったーみたいに彷徨ったり出来るかなとは期待したんだけどね」


「ええと」


「やっほ、敬一けいいち君。会うのは初めてだね。やっぱりあたしを蘇らせるのは君か。会いたかったよ。というか、もう分かっていたんだけどね」


 これが全知か!?

 彼女が死ぬ時に何を見たのかは分からない。だけどこうなる事はもうその時点で知っていたのか……じゃないな。もうこうなるという結果を作っていた訳か。

 そしてその結果があったからこそ、緑川みどりかわの邪魔をしないために殺された……そう考えればつじつまが合う――が、


「いったいどこまで見えているんだ?」


 彼女が死んでから今に至るまで、本来起こり得ないようなイレギュラーの連続でここまでやって来た。

 もう奇跡の大盤振る舞いだ。

 神がいるとしたら、過労死するんじゃないかって位に働いたはずだぞ。


「んー、見えた所まで? なんて言っても分からないか。ただ君が見えたよ。そこまでは何ていうか、退屈しか無かったな。だから時間を飛ばしたんだよ。面倒くさかったからね」


 やはり蘇生される事はもう決まっていたのか。相当に強力なスキルだな。


「もう目覚めない可能性は無かったのか?」


「あ、かなり正確に見えていると思っているでしょ。ないない、あはは。点みたいな可能性だよ。砂で作ったような未来と言った方がいいかな。でもあったから良いかなって」


「そんな事で死んだのかよ」


 万能なのかそうでないのか分からなくなってきたな。


「確かにちっちゃな可能性だったけど、だからどうすると言われてもねー。あそこで緑川みどりかわさんや風見かざみさんを殺しちゃうと、それも無くなっちゃうんだよね。だから仕方ないかなって」


「よくそんな曖昧な状況で反乱なんて起こしたな」


「聞いてないの? あたしは巻き込まれただけ。その場のノリって言った方がいいかな。梨々香りりかちゃんが反乱を起こした時の事は聞いているでしょ? あたしをこうして蘇生させたんだし」


「聞いたけど、詳細は知らないな」


「失敗した反乱の話なんて、面白い物じゃないもの。同情されるのは梨々香りりかの趣味じゃないかな」


 言うまでも無く、そこで全員殺されたわけだしな。

 どんなふうに殺されたかなんて聞いたところでしょうがない。

 だけど彼女が巻き込まれた辺りは知りたいところだ。

 今までの話からして、彼女に手を出すという事は素手で野生のヒグマに喧嘩を売るようなものだ。

 敵対していないのなら、あえて火中の栗を拾う必要があるか?


「反乱と言っても、梨々香りりかちゃんたちは召喚庁にクロノスの始末に行っただけだよね」


 いやそれを“だけ”とは言わない。


「でもクロノスの方も迎撃の準備はしていたよね。それもかなり入念に」


梨々香りりかたちの行動は全部読まれていたって事よね。外の騒ぎなんて無視して全戦力を集めていたんだから」


「外の騒ぎ?」


「元々クロノスのやり方に反感を持っていたのは多かったから。彼らに加えてゴロツキや他国の諜報員を雇ってロンダピアザ各所で暴れさせたわけ。まあ基本的な陽動ね」


 さらりと酷い事を言うが、賭かっていたのは自分たちの未来だけじゃない。

 今後の召喚のやり方。ラーセットの方向性。本体や俺をどうするか。決めるべき様々な問題があるし、話し合いもあったはずだ。だがみやが一度決めた事を変えるはずがない。

 だからこそ力づくで変える道を選び、決めた以上は失敗するわけにはいかなかった。

 非難する事は簡単だが、俺にその資格はない。俺も立場が同じなら同じことをするからだ。


 それにまあ、それは予想していたよ。

 だがそんな状況を放置していたのは予想外だった。召喚者同士の争いは、現地人との軋轢を生むだけだしな。だから俺は禁止していた。

 やはり事前に完璧な情報があった。だけど味方のスキルを考えると、諜報系に特化した者はいない。

 この反乱は、みやが組織を改革する為にあえて起こさせたというのがやはり妥当か。

 だから事前に迎撃準備を整える所までは出来た。

 だが相手が相手だからな。それに人望も無いし。都市の被害に割ける人手は無かったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る