第617話 こいつは化け物か
いやまあ、資料では顔は分かっていたよ。
一本も頭髪の無い頭。異常に長い顔。ぎょろりとした丸い生気のない目。低い鼻に、小さい口に似合わない分厚い唇。その下顎から伸びる2本の牙。
そして額から顎まで続くピアスの列。
ハッキリ言おう。俺はこれでも真面目で通っていたし、通していたんだ。
そういう意味では、日本で会っても絶対に関わり合いにならないタイプだと断言しよう。
見たところ、身長は192センチ。
ただバスケでもやれば活躍できるかもとは思わない。そう感じられるほど、案山子の様に細い手足が特徴だ。しかも普通の人よりも少しだが短いか?
上半身は裸で、下半身には老人が履くような真っ白な綿のブリーフを履いている。
その下は裸足だ。
だがそんな事は些細な事だ。
そう、些細で気にするような事じゃない。
問題なのは、皮膚が緑色であることだ。
「なあ
早速話しかけにいった
「何です?」
彼女もまた、俺に合わせて小声て話す。
「あれは何処の異世界から召喚された人間だ?」
「いやですわあ、日本人でありますよ」
「確かに
「
「心底どうでも良いから今度話す。それはともかく、俺も日本には人類最後の寸前まで向こうにいたが、緑色の肌をした人間とか見た事は無いし聞いた事も無いぞ」
「ああ、あれは――」
「話は付いたかな。貴方が真のクロノスであるのなら、協力は惜しまないって。だけど、偽りだったら容赦はしないって言っているかな」
俺が聞いた言葉はよだれを流しながら『ああ……うう……』だけだったぞ。
本当に人類なんだろうな!?
そんな事を考えている間に、のっしのっしと近づいてくる。
ゆっくりに見えるが、背が高いだけあって一歩一歩のリーチが長い。
見た目以上に早いが、この錯覚は厄介だな。
これで手足のリーチまで長かったら、完全に距離感が狂う。
身長差は僅か20センチ。それより遥かに巨大な
しかし同じ人間だと勝手が違う。
僅かの感覚差が致命傷になる兼ねない召喚者戦。しかも相手は対人戦慣れしている奴だ。
スキルは――の前に、もう右ストレートが飛んできた。
まだ届かないと思って油断した。リーチ以前に踏み込み幅が長すぎる。
両腕をクロスしてガードするが、まるで鉄塊で殴られたような衝撃だ。
骨にヒビでも入ったかのような痛みが走る。
こちらも召喚者としてはそれなりにベテランという自信はあるが、対人戦には疎い。
なにより、この肉体がクロノスでは無く脆弱な
こちらの世界に来た時に召喚者としての成長を補正する感じで強化を実感したが、やはり29歳の成長した肉体の感覚が抜け切れていない。
今までスキルに頼り過ぎていたせいもあるか。
そう、こいつはスキルを使っていない。
召喚者として成長した肉体と経験のみで戦っている。
スキルは“地形変動”だそうだが、使う気配が無いな。
元々相手がスキルを使っていないならカウンターは効かない。
使ってくれた方がカウンターが出来て楽なのだが、なんか様子見って感じなんだよな。
その配慮はいらないからとっとと使えと思うが――、
頭上を振り抜いたフックをしゃがんで躱すと、もう目の前には奴の緑色をした足がある。
避けきれない!
直撃し、前歯を折られ鼻も潰される。
そのまま壁に叩きつけられて後頭部の骨が割れたが、ここでこの体は外す。
「たいしたものだな。これでスキルまで使われたらお前に勝てる奴はいないだろう」
「う……ああああああああ……」
「……翻訳してくれ」
「それでも体術では
挑発してスキルを使わせようと思ったのに、思いっきり手の内がばれているじゃねーか!
今までの連中は緊急だと感じてきたのだろう。制御アイテムが無くてもスキルを使ってきた。
というか、そもそも俺がクロノスなんて知らないし。
だけどこいつは使わない。相手がクロノスと知っているのだから、カウンターも知っている。
これじゃ扱う訳がないよね。
とは言っても話を聞く限りでは、こいつのスキルにカウンターは効果が薄いだろう。
まあ効かない訳ではないから、持久戦になれば回復が無い向こうが不利な事は事実。
しかしこちらも精神がゴリゴリ削られる事に変わりはない。
かつて
見た目によらず、慎重な奴なのかもしれない。
「だからその力を示せって言っているよ」
「って待てコラ! 今そいつ、自分で言っていた事の矛盾に気が付いていないのか?」
「まあ、
その通りだ。床に穴を開けて決着とはならないだろう。
第一その程度でどうにかなる相手じゃないし、こちらが上だという力を示さない限り逃げても意味はない。
「ごおおおお、あああああ!」
両手を合わせて振り下ろした拳が床を砕く。
ここ、一応神聖不可侵の場所なんだけどね。後でなんて言い訳するんだ。
しかも塔から延びたコードに小さな塔。そしてヨルエナの杖に付いた穴。
見られるわけにはいかない!
さらにその勢いを利用した突然の逆立ち――と思ったら、足での攻撃がガードした右腕の骨を砕く。
そんなものはすぐ外せばいいが、コイツはカポエラまで使うのかよ。
傷も痛みも外したが、心の中には焦りと恐怖が残る。
だけどこれまで外したら戦えない。
嫌な汗が流れるが、ここはなんとかして勝機を見つかるしかない。
「武術使いのオークとか聞いてないぞ」
「失礼ですなあ」
「それどころじゃねえ!」
嵐のような攻撃が止まない。
流れる様な連続攻撃は技を見た時に想定したが、だからといって止める術がない。
だがこれ以上の騒ぎになる前に!
まるで腕立て伏せのような体制から振り下ろされる右足の脛を、あえて右肩で受ける。
当然骨は砕けるが、今は外さない。
外したら新しい体に変わってしまう。そうなれば、結局はただの仕切り直しだ。
だけど、俺にだって武器が無い訳じゃない。
痛みだけを外し、肩にめり込んだ右足を掴む。
「これでどうだ!」
考えてみれば、向こうもスキルは使えない。
これは召喚者としての、単純な成長比べだ。
確かに全盛期に比べれば心もとないが、これでも並み以上だと自負しているさ。
足を掴んだまま、全身で転して捻る。
人間には到底できない動きだが、向こうも手を地面から浮かせると、こちらの力を利用してくるりと180度回る。
筋肉をねじ切ってやろうと思ったが、さすがにそう簡単にはいかないか。
だが――、
「同じ事だ」
態勢がくるりと変わって向こうは仰向けに。だがこちらは一回転した分体勢は変わらない。
当然ながらまだ足は捻じれている。もう半回転しないと思うようには動けないだろうが、そんな余裕は与えない。
膝を足でロックして、めり込んだ肩ごと前に押し込む。
「がああ! がああああ!」
鉄を曲げようとしている様な強固な抵抗があったが、ついにはボキリと鈍い音がして膝の皿が割れた。
これでも人体を解体したのは100や200じゃ済まないんでね。
激痛に悶絶し、体が海老反りになる。
「ふんぐ!」
骨を砕いた痛みで海老反りになった――誰もがそう思った。
だがそれは攻撃の前振り。反動を利用して俺を掴もうと迫りくる大きな手。
だが、こちとら医者でね。
痛みによる反射か自分で動いたかなんてのは、見ただけで分かるんだよ。
迫ってくる腕より先に足から両肩に飛びついて、そのまま両腕をロックする。
丁度こいつの両腕を挟んで正座している様な状態だな。いわゆる馬乗りの体制というか、マウントポジションだ。
こうなったらもうお終いだな。
いくら足掻こうとも腕のロックは外さない。
片足の膝が砕けているから、いくらなんでも立てまいよ。
「ぐお! おおおがああああ!」
「では決着を付けさせてもらおう」
ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ!
血が飛び散り砕けた牙が拳に刺さる。鼻が砕け、眼窩も割れたろう。
だが止まらない。なぜなら、こいつはまだまだ抵抗を止めないからだ。
ようやく決着がついたのは、1000発は殴った後だった。
向こうも酷いが、こちらの指も親指以外全部折れている。
今は気を失っているが、こいつ今の内にとどめを刺しておいた方が良いんじゃないのか?
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