第616話 次の候補はもう決まっている

「彼女は最初からあんな感じだったのか?」


「どうかしらね。彼女が召喚された時は、もっと大きな子に紛れたお人形のようだったわ。でも元々武術は習っていたみたい。師匠は加藤甚内かとうじんないの様だけど」


 なる程ね。その位の年齢差なら、武芸もそれなりに教える程度は出来そうだ。でもそれは子供の鍛錬程度だろう。

 だけど彼女のアレはそんな次元じゃない。

 本格的にはこちらで修練を積んだのだろうけど、普通ならあれほど強力なスキルがあったらそれに甘んじてしまう。

 だけどそれでは満足しなかった。より上を目指し、記憶にある技をひたすら修練したってとこかな。

 その後、甚内じんないさんと合流した事も影響したのだろうけど。


「孤児院の他の人は?」


「はい、全員召喚されましたが……その……」


「分かった。それは今度全員日本へ帰そう」


「それは助かるわ。わざわざ交渉しなくてもいいみたい。やっぱりクロノスは良い人ね。それにあなたは先代よりも優しいし、激しかった。やっぱり若さ? それとも経験かな?」


「このロリコ……」


 俺は咄嗟に風見かざみへの距離を外し、両肩を掴んで黒瀬川くろせがわに言った事と同じ内容を言い聞かせた。3回くらい。大事な事だからな。


 その後は丁度戻って来たヨルエナや一ツ橋ひとつばしらと共に夕食を取ったが、まだ蘇生は続けることになった。

 ヨルエナの体調に問題が無かった事もあるし、壬生梨々香みぶりりかだけという訳にもいかなかったしな。

 彼女を本当の意味で安心させるには、実際に彼女の仲間を何人か召喚しておく必要がある。

 休むのはそれからだ。





 ◆     □     ◆





「取り敢えず話は付けた。反乱に参加した中で、教官組は岩瀬純一いわせじゅんいち藤井つぐみふじいつぐみを紹介されたが」


「二人とも実力は確か。それに梨々香りりかが説明すれば協力してくれると思うから」


「それはありがたいな」


 これから召喚する人間とは出来る限り戦いたくはない。

 貴重な戦力であるのもそうだが、こちらに犠牲が出てもおかしくいない連中が来そうだからな」


「それでもう一人の指導者っていう岩瀬純一いわせじゅんいちってのはどんな感じだったんだ?」


「本当に何も聞いて来なかったのね」


「彼の身の上話を聞いた後は、ひたすら……ね。こちらの話をする余裕はなかったかな」


「ケダモノ」


「これまでの状況説明を話し終えたら、後は一方的に襲われたんだよ」


「最初だけね。すぐに逆転されて、梨々香りりかは何も出来なかったわ」


真理まり、警察呼んで」


「まあ落ちつきましょ。敬一けいいちさんの話では、以前の風見あなたも相当に――」


「私の知らない私の話は良いわ。それより岩瀬純一いわせじゅんいちね。スキルは“地形変動”。実際には違うけど、見た目は小規模な大変動ね。迷宮ダンジョンでは絶対に戦ってはいけない相手よ。以前は建物の中だから何とかなったわ」


 俺も迷宮ダンジョンに穴を開けたりはするが、今の話を聞く限り埋めたり壁で挟んだりと色々出来そうだ。要は地形を利用した土魔術みたいなものだろうが、小規模な大変動という以上、防ぐ手段は無いのだろうな。


「どの位こっちにいたんだ?」


「34年です。一ツ橋ひとつばしの一件があってから2年後に召喚されました」


「……すみません、私はもうその頃には」


「気にするな。誰かが知っていればいいんだ。それに、だからこそ今この研究があると言える。嫌な出来事だった事は確かだが、今回は良い方向に転がったと考えよう」


「ふうん。一ツ橋ひとつばしが素直なのも意外だけど、フランソワも随分と懐いている様子ね。どうして?」


 そういえば、その辺りの事情を知らない。

 ダークネスさんと彼女の間に、何が有ったのだろう?


「わたしの初めての人だからです! 召喚されたばかりで右も左も分からなかった私に、色々な事を教えてくれました」


「ロリコン」


「それは俺じゃねーだろ!」


 今でこそ82歳だが、召喚された時は13歳だぞ。

 節操が無さすぎる。

 いや、今クロノス時代の俺に跳ね返って来た。この話は忘れよう。


「性格的には?」


「基本的には誰とも話さないかな。最低限の返事をする程度」


 どうやって教官なんてやっていたんだ。

 しかもその頃は、まだまともに育てて居た頃だろうに。


「フランソワ、一ツ橋ひとつばし、特定は?」


「残念ですが、同期の人は誰も送還も蘇生も出来ていなくて」


「今の段階では無理です」


「まあ数が多いからな。じゃあこうしよう」


「え?」


 一瞬だけ塔が光り、そして消える。


「塔に反応が出ました。この痕跡で良いのですか? それに、今いったい何を?」


「まあ何度も話していた事の応用だよ。魂だけ召喚して、また大変動の奔流に戻した」


「凄い事をしますね。それ以前に特定はどうやったんですか? 面識は無いですよね?」


「面識はないが特徴は分かったし、ここにリストもある。だからさっきから。ずっと対象外を外していったんだ」


「それでスキルの紋章が出ていたんですね」


「まあ敬一けいいちさんの場合、ほぼ出っ放しですからなあ」


「なんとなくの習慣だな」


「それで出来てしまうのが凄いです! わたしのスキルは使い続けるのは無理ですので」


 あんな物騒なスキルを使い続けられたら地形すら変わりそうだ。


「その点は風見もだな。アイテムで隠している様だが、ずっとスキルを使いっぱなしだ」


 クロノス時代も使っていたトレードマークとも言える丸眼鏡。

 だけど当時は、すぐ複製品に変えた。

 その点はひたちさんも言っていたが、日本から持ち込んだものは大切に残しておくんだ。

 当時も色々と改良したレプリカを使っていたが、今のも別の改良が施してある。スキルを隠すのもそうだな。

 俺がクロノスの頃は無かった機能だ。

 まあ認識阻害と同じで、俺や育った召喚者にはあまり意味はないけどね。


「……まあ、コピーを解くわけにはいかないのよ」


「そういえば聞いたことがありませんでしたが、大丈夫なんですか? 私の腐敗もある程度は持続できますが、それでも3時間程度が限度です。お二人はどうやって24時間ずっと使い続けていられるんですか?」


「その辺りは特性と考えて貰えば良いさ。真似はするなよ、精神がいかれるからな」


「そんな人を沢山見て来ましたが……」


 だろうな。迷宮ダンジョン探索自体が厳しいのに、対人戦まである。

 そこで制御アイテムを失って地上に戻れなかったら、その後は悲惨だろう。

 まあ俺と風見はね……条件さえ満たせばケアは楽な方ではある。

 それに性質だろうか、他のスキルとはタイプが違う。


 今この場だと、俺と風見以外がスキルを使うという事は、先ず水道の蛇口を全力で開くようなものなんだ。

 スキルを使用するとなった時点で、もう全力が出せる支度が整うって事だな。

 その後調節もできるが、最初の時点でどうしても大きな負担が出てしまう。しかも制御が出来なければそのまま全開で止まらない。

 俺も初めての時はそうだったよ。


 だけど俺たちのスキルは事情が少し異なる。

 俺は基本的に、ほんの少しだが常時発動している。そうでないと、このスキルは意味が無い。

 風見かざみはコピーの瞬間はスキルが全開になるが、その後は俺と同じように微弱な発動状態になる。

 こうなると、他の連中と違って常時発動状態をキープできるわけだ。

 ただやっぱり、派手に使わないと成長も微々たるもの……というより無いに等しいのだけどな。

 この辺りは、元々特殊なスキルだという事も関係しているんだろうとは思う。

 或いは特殊なケアだったからこんなスキルに対応できたのか。

 まあ卵が先かなんて話はどうでもいいか。


 ただ当然ながらケアは必要だ。だがそれに合わせるかのように、条件はある意味難しく、ある意味簡単となっている。

 たまにそのせいで地獄を見るけどな。


 そんな訳で、俺たちはある意味似た者同士と言えるんだよな……なんて考えると風見かざみに嫌な顔をされそうだが、そうでは無かった。

 なんだか壬生梨々香みぶりりかの方を気にしている様だ。

 やはりそれだけ激しい戦闘だったのだろうし、彼女たちにとっては、今この瞬間も戦闘中の記憶がある。

 忘れられず、時間の感覚も無い俺たちにとっては、この復活は必ずしも福音ではないって訳だ。

 今更やめないけどな。


「ふうん……じゃあもう純一じゅんいち君を復活させられるんだ」


「ああ、早速やる。分かっていると思うが」


梨々香りりかが話を付けるんでしょう? 良いよ。今更続ける必要も無いしみたいだし」


 それは反乱をって事だろうな。

 やはり彼女を最初に召喚して良かった。

 それに昨夜はものすご……っと、気を付けよう。迂闊に思い出してはいけない。


「では再生を始めよう」


 こうして壬生梨々香みぶりりかと共に反乱を起こした岩瀬純一いわせじゅんいちを復活させた――のだが……。

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