第610話 そろそろ本題に入りたいが

 翌日。


「さあ、今日もさっさと始めるわよ。時間と里莉さとりは待ってはくれないのだからね」


 微妙に合っているようで合っていない言葉を吐きながら風見かざみがせかしてくるが――、


「今は昨日の結果を精査中だ。ちょっと待って」


 昨日のレベルで更に上げて行ったら、さすがに話にならん。

 そうなったらもうみや緑川みどりかわといった戦闘メインの人間がいないと手に負えなくなる可能性も出てくる。


 ここまで生き延びただけあって、戦闘がメインではなかった黒瀬川くろせがわもそんじょそこらの召喚者より強い。

 神罰をコピーしている風見かざみも別格クラスだ。

 そして戦闘向きのフランソワと一ツ橋ひとつばしも、厳密に言えば戦闘メインと言う訳ではない。

 一方で、本当の意味で戦闘特化の連中はシャレにならない。

 それでも召喚されて間が無ければどうにでもなるが、10年クラスでもう厳しくなってくる。


 前葉優姫まえばゆうきの様に30年クラスになると、もはや同様に戦闘がメインの奴がいないと厳しい事は目に見えている。

 彼女はまだスキルの相性が悪くは無かった。ちゃんとハズレで防御を剥がせたしな。

 だがもしもっと成長していて、スキルで幕を外せなかったらと考えるとゾッとする。

 副産物のカウンターがあるとはいえ、俺のスキルは外すスキル。どちらかといわれれば生存系――いや、生存特化だな。

 攻撃面は現地の人やモンスターには有効だが、召喚者を相手にするには分が悪すぎる。

 しかもそれさえ通用しなかったらお手上げである。

 そんな訳で、戦闘の専門家が相手では分が悪すぎだ。


 それ以前にだな、本当に『人の話を聞け』と思う。

 この時間軸で生き延びてきた連中はああでなければいけなかったのだろうが、今は違うんだよ。

 だけど復活したばかりの連中はそうはいかない。何せ殺されたばかりの記憶のまま来ているからな。

 彼らからすれば、まだ戦闘の途中という訳だ。

 それでも怪物モンスター戦で命を落とした連中は話を聞いてくれたし、その後の処置も楽だった。


 やっぱり状況かと思うが、最初にガチで戦闘に入った臼井興毅うすいこうきって奴は別だ。

 アイツが死んだのは、風見かざみの指揮で本体と戦っていた時。つまりは先代クロノス最後の戦闘に参加していたと聞いた。さすがに人間同士で争っていられる状況じゃないだろう。

 だが結果はアレだ。性格は人それぞれだろうが、このまま進めて行って大丈夫なのだろうか?

 教官組クラス級の敵対者とか出てきたら対処できる自信がない。


 それでも何とかなっているのは、相手が非武装でこちらの数が多いからだ。

 だがそのアドバンテージを崩すスキル持ちが今後出てこない保証はない。

 更には目的である最古の4人にも匹敵する攻撃系のメンバーなんてのが暴れ出した日には、このビルが倒壊しかねない。

 本当に、今のまま召喚するのはリスクが大きすぎる。


「何か分かった事はあったか?」


 俺が考え事をしながら休憩している間にも二人の精査は続いている。

 その間に黒瀬川くろせがわが出してくれたお茶を飲んだが、ハーブのさわやかな香りと少し効いた酸味で心が落ち着いて行く。

 こいつ味なんて付けられるようになったのか……と思ったら、一ツ橋ひとつばしが用意した瓶入りの一つ目タコのエキスじゃねーか。

 ヨルエナも飲んでいたから大丈夫だと思うが、普通に置いてあったら絶対に飲まないぞ。

 というか、なぜおまえは普通のお茶を飲んでいる。


敬一けいいち様、幾つか分かった点が纏まりました」


「そうか、聞かせてくれ」


「はい。先ず塔の傷ですが、一度の召喚の傷は纏まって付くようです」


「それは良いヒントになりそうな気もするが、重なってしまったらダメじゃないのか?」


 と言うか、あれだけの人数を召喚したんだ。重なっていない方がおかしい。


「いえ。それぞれ特徴がありますし、それにきちんと確認すれば傷は付いた順番が分かるんです」


 確かにそうだな。俺は生物系が専門だったが、鑑識をすればそのくらい分かる。

 研究所には別の分野の専門家も沢山いたが、その中の一人が無機物でもちゃんと出来ると言っていたっけ。

 それに今の話からすると、召喚は一塊がドンと来るが、実際には短時間で一人ずつ召喚されているって事か。

 それなら召喚者のリストと照らし合わせれば、ある程度の絞り込みは可能か。ただ問題は――、


「それで、そろそろ選別自体は出来そうなのか?」


「傷の位置から逆算して召喚する事は、もう可能だと思います。その……試してみますか?」


 おずおずと一ツ橋ひとつばしが手を上げる。

 しかしいきなりこちらの姿になると、どうしても昔を思い出してしまうな。

 あの頃と女装は変わらないが、今よりももっとハキハキしていた。

 ただこれに関しては、環境の問題だから仕方ないか。


「試すのは良いが、俺には判別は付かないからな。実験の間の人選は任せるとして、手順が逆転するがそれは大丈夫なのか?」


「それに関しては……その……作ってはあったのですが……今考えると使うべきではないかなとか思ったりです……」


「歯切れが悪いな。取り敢えず見せてもらえるか?」


「こ、これです……」


 それは金属のヘルメットであった。

 ただ頭頂部からは無数のコードが伸び、内側には何本もの細い針が付きだしている。


「一応聞いておこう」


「これを接続する事で、敬一けいいちさんの脳と塔と杖を連結させる仕組みです。えと、一応死ぬようなことはありません。そんな事をしたら全てが台無しですので。ただおそらく元には戻らないかなと――ご、ごめんなさい、どうかしていたんです!」


 頭を下げて謝罪するが、謝る相手が違う。

 今一瞬部屋の空気が揺らいだ。フランソワがスキルを使ったんだ。

 ただ一ツ橋ひとつばしに何かあったら、それはそれで計画はお終いだ。

 それで自重したのだろうが……取り敢えずあっちに謝っておこうね。


「どちらにしたって、こんなもの見せられても”はいそうですか”なんて被りはしないよ。無意味な事に対する謝罪は不要だ」


「い、いえ……黒瀬川くろせがわさんと風見かざみさんが協力する事になっていて」


「お前ら全員そこに座れ!」


「嫌ですわあ、冗談に決まっているじゃないですか」


 コイツはしっかりと誤魔化したな。


「それが一番確実だと聞いたからよ」


「お前は本気でやるつもりだったのかよ!」


 黒瀬川くろせがわもどこまで本気か分かったものじゃないが。


「仕方ないでしょう。万が一の失敗すら許されない事なのよ! 貴方は自分の意識と世界の命運、どっちが大切なの!」


「お前の言う世界の命運は児玉里莉こだまさとりだけかよ!」


「他に何があるって言うのよ!」


 だめだ、コイツは本気で言ってやがる。

 とにかく失敗は絶対になし。

 これは別に、風見かざみがどうこうって問題じゃない。

 この成否にこれからの全てが掛かっているんだ。


「報告が途中だったな。それで出来るのか? ヘルメットは無しで!」


「これまでの再生と送還が出来た人たちのグループ位置は分かりました。ただ残りの痕跡が誰を指しているかは分かりませんが――」


「一人の人間としては特定は出来ると。具体的にはどうすればいい?」


「手順が逆になるだけですが、ヘルメットを使わないなら難易度はかなり上がります」


「生涯使わないから安心しろ」


 というか粉々に砕いておきたい。


「ではヨルエナさんに遺体を召喚して頂きます」


 確かに出来てはいるんだよな。しかし言われてみれば酷い話だ。


「その後、敬一けいいちさんに魂を召喚して入れて貰います」


「無理だ」


 さすがにそれは即答であった。

 外す事なら得意なんだけどな。

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