第608話 一ツ橋はもう大丈夫だ

 そんな訳で実験は続く。

 当然ながらまだ育ち切っていない人間を召喚しているので、顔と名前を判断した時点で向こうが何と言っていようがお構いなしに黒瀬川くろせがわの猛毒でさようならだ。

 ちゃんと魂は帰しているが、あの毒を使われそうになったと考えるとなかなかに怖い。


 こうして11人目を召喚した時、知っている人間が来た。

 とは言っても、俺が知っている人間ではない。


「あ、あれ? 健哉けんや君? なんで……それにここは!?」


 見た所はセミロングで少し垂れ目の大人しそうな女性だ。

 身長は154センチって所か。少し小太りと言う以外は標準的な体形と見た。

 服装は見た事のない制服だが、今までの連中も制服が多かったし俺もそうだ。

 やっぱり学生は、無意識の内に自分の服として制服を選ぶのだな……一ツ橋ひとつばしは最初からあれだったが。


 と言うか様子から大体の関係は分かる。

 ただ確実じゃないから短慮はしない。一ツ橋ひとつばし次第か。


「お久しぶりですね、辻美子つじみこさん」


「ええ、ええ……お久しぶり」


 一ツ橋ひとつばしからは何の威圧も怒りも感じない。だけど彼女は後ずさる。罪の意識がそうさせるのだという事は、簡単に予想出来た。


「残念なお知らせですが、貴方は失格です」


「失格って何よ!? あんたが余計な事を言ったの? 仕方ないじゃない! それにそんなルールは無かったでしょう? ここは何処よ。今どうなっているの?」


 短慮も何も、やっぱりこれしかないよなあ。

 しかし俺は何か言われるまで何もするつもりはない。

 何かあるからこそ一ツ橋ひとつばしは以前の姿に戻ってここに来て、今話しかけているのだ。


黒瀬川くろせがわさん、お願いします」


「なに? どいつよ。そいつ?」


 いや俺じゃねーよ。

 時期的にフランソワの顔は知っているだろう。彼女はこちらの時間軸では、教官組の中で最も古株だし。

 そうなると、この子は黒瀬川くろせがわを認識できていない様だ。

 まさか現地人のヨルエナに頼んだとは思わないだろうしね。

 そうなると、二人の認識阻害は破れない程度か。


 それにしても、彼女に頼んだのか。

 俺に頼むならちゃんと応じるつもりだった。

 それとも自分で始末をつけるか?

 その場合、どうせ死んでも日本に帰る。

 自らの手で復讐を果たせるし、罪の意識も残らないだろう。

 だけど……そうか。


 まだ何かを叫んでいた辻美子つじみこだったが、突然白目を剝きどさりと崩れ落ちた。


「これで良かった? 後悔はしない?」


「わたしはてっきり、貴方が自分でやるものだと思っていたわ」


「もう1度……自分の手で殺していますから」


 そういえばそうだったな。彼を裏切り殺そうとした6人は、全員自らの手で始末したと聞いている。

 復讐は、とっくに果たされている訳か。

 それでも最初は、彼らが生きて日本に帰る事には納得していなかった。

 今までの服装を――いやあれはただの人形だが、あそこから今の姿に戻った時に、色々と区切りは付けたという事か。

 本当に何が有ったのやら。

 そういえば昨夜はヨルエナとお泊りだったようだけど……まさかな、俺じゃあるまいし。


「考えていて虚しくならない?」


「どうでも良いです。さて、続けるか」


 その後も徐々に強くしていきながら召喚と送還の実験は続いた。

 22人目で再び一ツ橋ひとつばしを殺そうとした男。それもチームのリーダーだった木田圭一きだけいいちが召喚された。

 ここまで全員同じだが、召喚された時点では状況が飲み込めていない様だった。

 だが一ツ橋ひとつばしの姿を見たとたん、両手から青い炎を出した。

 明らかに攻撃スキルだが、残念ながらここにあれを見て動じるクラスの人間はいない。


「まだ生きていたとはな!」


 それが彼の最後のセリフであった。

 今回も、黒瀬川くろせがわがやったのだ。


「別に話す事も無かったでありましょう?」


「ええ……ありがとうございます」


 一ツ橋ひとつばしに動じる所は無い。

 きちんと心の整理は付けている。今はそれを、自分自身で試していたのだろう。


「それはともかく、少し休憩にしませんか? これまでのデータも精査しなければいけませんし、ヨルエナさんも休んで頂きませんと」


「いえ、私はまだまだ大丈夫です」


 ヨルエナはやる気マンマンな様だが、ここは一ツ橋ひとつばしが正しい。


「いや、休憩にしよう。俺もここまでの召喚と送還で何か変化があったのかを知りたい」


「そういう事でしたら、皆様がそちらの作業をしている内に、わたくしが少し遅い昼食をお作り致しましょう」


 ヤメロ!


「ふう……ここは私が作って来るわ。さすがにそっちの作業中はいなくても大丈夫でしょう。ヨルエナの分は、信者に作らせるわ」


「あ、それでしたら大丈夫です。わたくし、これでも皆様のお口に合う料理を作れるのですよ」


 とりあえずフランソワを見ると、首を横に振った。

 うん、素直に風見かざみに任せておいた方が良さそうだ。

 シュンとなっているヨルエナには悪いが、実際彼女には休憩してもらった方が良いんだよな。

 まだ予想でしかないが、これから彼女の負担は増える。

 次第に魂から感じる強さを上げて行ったが、微妙に変化があったからな。

 しかもまだ、精々数年の連中だ。本番は10年とか20年とかを生き抜いた連中からになる。

 それでもよほどのスキルを持っていない限りはお帰り頂くんだけどな。

 ただベテランか……。

 長く生きていれば生きているほど、この世界の真実を理解する。そしてスキルも強化され、本人自身が戦い方を熟知する。

 この世界で長く生きるという事はそういう事だ。


 だけどそれでも足りない。

 本当に欲しいのは、一部のスキル持ちと、以前教官を務めていた連中だ。

 教官自体は何度も入れ替わっていると聞いているからな。最有力候補だろう。

 単純な強さだけなら他にもいるかもしれないが、教官にならなかった奴は絶対に何かしらの問題を抱えている可能性が高い。


 ただまあ、それはまだ先の話だ。

 ここまでは失敗数ゼロ。実に順調だ。

 俺と塔と杖の連動もうまくいっているし、ヨルエナの体力も十分だ。

 だが今後負担が出た時にどうなるかを知りたい。

 正直に言えば、どうせ失敗するならここまでで失敗してくれた方が楽なくらいだ。

 悪いデータは早いうちに出てくれた方がいい。

 実際は最後まで失敗しないのが一番なのだけどね。





 〇     ▽     〇





 そして風見かざみが持って来たのは、肉や野菜がゴロゴロ入った真っ赤なスープだった。

 とはいっても、肉は各高層ビルの屋上で生成しているという人工肉。野菜もまた同じくで、あまり風情が無い。

 まあいつも同じ肉と野菜は良いとして、このスープは何だ。

 色だけでなく、なんだかドロッとしているぞ。

 だが目だけで“文句ある!?”と言ってきている。

 それに付け合わせのパンは、俺たち用とヨルエナで違う。

 一応折衷案と言う所だろうか。


 幸いな事に、俺たちのパンの中には辛さを中和するクリームが入っており、それで何とかなった。

 だがしばらく内臓にダメージが残りそうだ。俺は外すけどな。

 一方でヨルエナのパンからは、つんと酢の匂いが立ち込めている。

 辛さもまるで気にしていないのは凄いなと素直に感心するよ。

 世界最高の唐辛子、ドラゴン・ブレス・チリを20倍ぐらいに煮詰めたような味なんだけどな。


 こうして食事が終わり、再び召喚を開始した。

 今回は少し強さを上げた。

 こうやって、少しづつ色々と様子を見ないとな。

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