第607話 これ毎回やるのかよ

「まあいきなり後味の悪い結果になってしまったが、ここは素直に切り替えよう。それに1回だけとはいえ、本当に魂と肉体とのリンクは出来た。実験は成功だ」


「1回の成功で浮かれてもらっては……その、困ります。もう少し続けて、精度を上げていきませんと」


 一瞬フランソワがジロリと睨んだが、今回の一ツ橋ひとつばしの意見は正しい。

 あれなら攻撃する事はないだろう。

 というか生身なんだから味方を攻撃することは……あるな。

 絶対にやめてくれよ。


「では次を始めよう」


 次に召喚されたのは小瀬ひかりおせひかりという名の女性だった。

 おそらく高校生くらい。左右の三つ編のせいで真面目そうに見える。胸部は並だな。

 衣装はチューブトプのブラにダメージタイプのローカットデニム。

 隙間だらけで、下着を付けていないのが一目でわかる。

 なんかギャップがスゲえな。


「あれ? ここは……え?」


 キョロキョロと周囲を見渡すとが、状況がよく分かっていない様だ。


小瀬ひかりおせひかり。汝はこの世界にてゲームオーバーとなった。故に、これより帰還させる」


「え? 何の事? ゲームオーバーって何? ちゃんとここに立っているじゃない? 他のみんなは何処?」


「これって毎回いちいち説明するの?」


 あ、風見かざみの奴、何の認識疎外もなく素で言いやがった。

 同時に彼女が投げた短剣が、容赦なく小瀬ひかりおせひかりと呼ばれた女性の喉に突き刺さる。

 俺に石を投げた時と同じ、何の躊躇もなくノーモーションかよ!

 しかも今は、彼女からすれば透明だぞ。

 あれじゃ俺でも避けるのは不可能だ。

 当然ながら、ふわーッと光に包まれて俺の所にくる彼女。もちろんすぐに帰したが――、


「やる事がえげつねえ!」


「悠長に説得している暇なんて無いの! 何人再生させると思っているの」


「それにしても……はー、彼女が召喚されるとは少し意外でしたわ」


「何か特別な人間だったのか?」


 だとしたら風見かざみの行為は軽率だぞ。

 だけど今はそれ程強い召喚者は呼び出していないはずだが。


「彼女はウチよりも古株でしてなあ。召喚されたのが大月歴の137年。亡くなったのは大月歴の141年で、丁度ウチが召喚されてから数か月後ですわ」

 

 今が254年だから、100年以上前か。

 外見は変化しないが、それだけ生きると心は変化する。

 黒瀬川くろせがわも当時はきっと初々しく……って俺見てるわ、クロノス時代に召喚されたところ。

 うん、何も変わっていないな。

 少し纏う空気に深みは出ているか、本質は全然変わっていない。

 自分がかなり変わった自覚があるだけに、ある意味凄い。


「それにしても、ちゃんとあんなに以前の人でも呼び出せるんですなあ。少し敬一けいいちさんの事を甘く見過ぎておりましたわ。今度はもう少し本気でサービスしますので、楽しみにしていてくださいな」


「そんな事はどうでも良いから! ほら、さっさと次!」


 確かに、魂は日本へと帰り、死体は例の鍾乳洞だ。

 ここにもう、彼女の痕跡はない。

 本気のサービスとやらに多少は心が引かれるが、今はきちんと集中だ。


「では次だ」


 こうして召喚された3人目は水野王子水野プリンスという少年だった。

 見たところ小学生くらいに見える。

 とおうか、プリンスってどう書くんだ? カタカナか?

 加藤甚内かとうじんないさんと同じ年に別口で召喚されたそうだが、同じ年に2回も召喚なんて何があったのやら。

 といいつつ、俺もこの計画が無ければ同じ年に補充する予定ではあったか。


「なんだ、ここは? 召喚の間か? まあいいや。まだやれるって事だな」


水野王子水野プリンス。汝はこの世界にてゲームオーバーとなった。故に、これより帰還させる」


「はあ? 何を言っているんだ? 大体お前ら誰だよ。関係ない人間が口を出すなよ。そういうルールだろうが」


 認識阻害を見破れないのだろう。

 天井に向かって文句を言っている。


「ええとだな」


「なんだよ! また随分と冴えない奴だな。言いたい事があるならとっとと――」


 そこまで言った時点で、プリンス君の首は宙を舞った。

 壁にはフランソワが射出した円盤型の刃物が綺麗に突き刺さっている。

 そしていつものように魂を日本へと還したわけだが――、


「マジでこれ続けるのかよ」


「やるといったのはアンタでしょう!」


「確かにそうなんだけど、もうちょっとこう、話の通じる奴はいないのかよ。俺は別に殺さなくても日本に帰せるんだぞ」


「その話は聞いているけど、相手が同意しないとダメなんでしょ? 誰か同意した?」


 そこが問題なんだよなー。

 本人が納得すれば楽なんだが、今の所そういった人間はいない。

 死ぬか完全に意識を失えば何とかなるが、普通に意識を失った程度じゃ無意識で抵抗される。

 生かすなら、本当に死ぬ寸前まで追い込まないとダメだ。

 だったら確かにとは思うけど、あまり見ていて気持ちの良い物じゃないぞ。


「それよりヨルエナさん、大丈夫ですか?」


「ええ、一ツ橋ひとつばしさん。大丈夫です。ここはやはり負担が少ないです。それどころかいつもの召喚よりも軽い感じです」


「それは良かったです。くれぐれも無茶はしないで下さいね」


 あの二人、いつからあんなに仲が良くなったんだろう?

 まあ良いけど、本気で恋をしてしまうと別れるのが辛くなるぞ。

 ふとミーネルやケーシュ、ロフレを思い出すが、やっぱり違うか。

 あの二人の間にあるのは、そういった感情じゃない。その程度はさすがに分かる。


 それ以前に、今回は補助の神官は当然ながら無しでやっている。だけど無理をしている様子もない。

 実際に負担はあまり無いのだろう。良い事だ。


「それで、これで3人とも一応は成功となったわけだが、どうだ?」


「はい、敬一けいいち様。それぞれ反応している個所がありました。召喚の痕跡が記録されている事は、もう前提にしてよいと思います」


「それに杖との連動も成功です。まだ3人ですが、数値に揺らぎはありません。100パーセントです。この様子なら、今後も失敗する可能性は低いと思われます」


「可能性は低いって程度じゃ困るのよ」


 それは分かる。この程度で浮かれちゃいけないな。

 ただ精神的に俺の負担が大きい。

 日本に帰すためとはいえ、その前段階がなー。


「そんな事を気にしているのなら、召喚と同時に私が背後から斬り殺すわ」


「物騒な事を言うな」


 でも実際にそれが一番早いんだよな。

 黒瀬川くろせがわの毒は見た目にやさしいが、なんか周りを巻き込みそうで怖いし。


「召喚の位置は同じ様ですので、天井から輪を付けた縄を吊るしておくのはいかがでしょうか?」


 フランソワは名案を閃いた感じで言うが、セルフ絞首刑かよ。

 というか、死に損なって暴れた時の見た目を考えたらかえってヤダ。


「それもダメだな。というか、今やっているのは単なる実験じゃないぞ。精度を上げるためもあるが、当然その過程で重要な人物が召喚されて来る事もある。召喚して即ってのは却下だ」


「それは構いませんけども、毎回あれを言ってあんな物を見せられるのも嫌ですなあ。なんだかウチが死刑宣告をしているみたいじゃありませんかねえ」


 みたいじゃなくてそのままズバリなんだけどね。


「こればっかりは仕方がないと諦めるしかないな。ただヨルエナにあまり召喚者の死を見せたくはない気もある」


「いえ、わたくしは大丈夫です。これでも大神官ですから、真実は分かっております」


 真実か……あ、そうか。あの黒い穴に放逐すればいいんだ。

 と思ったが無理だな。素直に帰ってくれないからこの状態になっているわけだし。

 それに神官は子供の頃から迷宮ダンジョンに入るし人間同士の争いにも必要とあれば介入する。

 この世界の人間は、ある意味死を見慣れているのだよな。


「よし、黒瀬川くろせがわに任せる。結局あれが一番いい」


「嫌ですわあ。宣告だけでなく、実際の死刑もウチがやるんですん?」


「人聞きが悪い。大体、最初にやっているだろう。それに毎度々々スプラッターを見せられたら精神が先にまいる」


「仕方ありませんなあ。ですが必ず、埋め合わせはして頂きますからなあ」


「分かっているよ」


 本気のサービスを思い出して、密かにちょっと期待してしまった自分が罪深い。

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