第606話 いよいよ復活の始まりだ

 昨日の内に塔も杖も本当の召喚の間に運び込んでおいた。

 ここは一般の司祭などは入っては来ない。

 入れるのは最古の4人と大神官だけだ。

 正確に言えば、召喚する時には将来の大神官であるアディンの血族も入るし、目覚める前の召喚者を運び出す時だけは一般信者も入るけどな。

 ただその時は、塔には認識阻害をかけてある。当然最古の4人も同様だ。

 ここは普通の人間にとっては最も神聖な場所で、同時に未知の場所でもある。

 ただ今は本来の召喚の時ではない。だから誰も来ないというだけだ。


 実際の所、大事な塔と大神官の杖に穴をあけて何本ものコードが繋がっている様子など誰にも見せられはしないしな。

 うん、絶対に悲鳴を上げて人を呼ばれる。


「不吉な事を考えているんじゃないわよ」


 意外な事に、最初に入って来たのは風見かざみだった。

 認識阻害はかけてあるが俺にとっては無いに等しい。

 まだ当分の間、児玉こだまを召喚する事は無いと思うが、しっかりといつもの黒マントに黒ビキニ、それに魔女帽子の出で立ちだ。

 昨日の今日でそんな事は分かっているだろうが、やはり万々が一に備えての準備か。

 さすがに、気合の入り方が凄いな。


「と言うか、お前複数のスキルをコピーできるんじゃないだろうな」


 まあ言っていて虚しいけどね。召喚者に精神系のスキルは聞かない。もう今更だよな。

 ましてや心を読むなんて完全に不可能。


「よく分かっているじゃない。心配しなくても、スキルのコピーは一つだけよ。強弱に関係なくね」


 つまりは内心が筒抜けなのはスキルでも何でもなくこいつの特技みたいなものか。

 絶対に浮気なんて出来ないな。


「アンタとそんな関係に……変な事を想像しないで」


 露骨に嫌な顔をされたぞオイ。

 ついついクロノス時代を思い出してしまったが、そんな細かい所までどうやって読んでいるのやら。

 スキルとは関係なしにエスパーと言われても信じちゃうぞ。

 まあ実際のカラクリはもう分かっているけどね。


 こいつのスキルはコピー。人間も可能だ。

 それをより正確にするには、内面まで正確に把握しなければならない。

 だけど召喚者に精神系のスキルは通用しない。

 そこで僅かな挙動、発汗、体温、視線、声のトーン。様々な角度から、より正確にその人物の思考までをも細かく見抜く能力がスキルに付属しているのだろう。


「あら、もう皆様来ていらっしゃったのですか」


 少し驚いた感じでヨルエナが入って来た。

 彼女はかなり早い時間から修行をしてから来る。大神官は皆そうだが、彼女は特に早い。

 今は通常なら明け方の5時頃。さすがに普通の人間は寝ている頃合いだ。


「わたくしが最初だと思っていただけに、少し驚きです」


 そりゃ彼女がいなければ始まらないしな。

 だけどどうせ暇なんだ。今日やる以上はさっさと来るに限る。


「もう集まっていたのですね。もうすぐ支度が終わりますからお茶でも飲んでお待ち下さい」


 そう言いながら入って来たのは、可愛らしいフリルの付いたブルーのミニスカワンピースを着た一ツ橋ひとつばしだ。

 やはり俺には、こちらの姿の方が見慣れているな。

 ただ風見かざみにとってはミイラ男であの口調であった時期の方が長い。

 昨日も思ったが、こいつの性格ならもう少し何か言いそうだったんだけどな。

 だけど言葉にしたのは一言だけ。それ以上は一切口を出さない点は意外だった。

 まあ彼女からすれば、ミイラ男の先にいる人間を見抜くなど造作も無い事か。

 などと考えてみたが、召喚されたのは風見かざみの方が早いし事情も知っているわ。

 深く考え過ぎてもダメだな。


 というか、言いながらもコードの接続やら塔の周囲に見た事も無い小型の塔を設置したりと、着々と準備を進めている。

 入ってきた状況を考えると、元々一ツ橋ひとつばしが最初に来て始めていたのだろうな。

 こちらも今までの怠惰な様子と違って、この姿に戻ってからは気合の入り方が違う。

 何かあったのだろうか?

 やはり以前の裏切り者共に会う事で緊張しているのだろうか?


 だがそんな考えも、巨大なガラス瓶に蛇口と言ういつもの一ツ橋ひとつばしの茶を見れば霞んで消える。

 何せ今回入っているのは巨大な一つ目のタコだ。1メートルくらいで吸盤もまた全て目玉。

 揃っているからメスかなとか思うが、地球の常識は通用しないし。

 大体目玉なのだから、吸盤の意味はないだろう。

 しかもヨルエナが既に座って飲んでいる。

 いきなり倒れたりしないかが心配でたまらない。


 そんな事をしている間に、車なので俺より遅れて来たフランソワと黒瀬川くろせがわも合流し、いよいよ本格的な死者の召喚――いや、復活を試す時が来た。


「先ずは指定しないで何人かやろう。力加減は低いがそこそこってラインだな」


「畏まりました。それでは」


 そう言って、少し抵抗感がある様子でヨルエナが杖を握る。


「タイミングは一瞬だ。塔が反応したら召喚してくれ」


「普通に召喚する手順と同じでよろしいのですよね」


「は、はい。その辺りは杖と塔がリンクしていますので大丈夫です。日本から新しい人を召喚したりはしません」


「では始めるぞ。3…2…1…ゼロ!」


 同時に魂を身近に感じ、塔が反応して光る。

 召喚の様子はクロノス時代に見ているが、何か呪文の詠唱や神への祈りなどは無い。

 ただ杖と彼女の体が光り、ドスンと言う音と主に大男が俺の目の前に落ちて来た。


「な、あ、え?」


 召喚された方は全く理解していない様だ。

 とにかく周りを見渡しているが、風見かざみ黒瀬川くろせがわは二人とも最初から認識阻害をしている。

 いや今はいらないだろ。残すに価するような力を持っていない事は俺でも分かるぞ。


播摩卿弥はんまきょうや。汝はこの世界にてゲームオーバーとなった。故に、これより帰還させる」


 抑揚のない低い男性の声。だけど言っているのは黒瀬川くろせがわだ。

 声も認識阻害によるものだが、こんなしゃべり方も出来たんだな。なかなかの演技派だ。

 でもまあ、何十年も生きて最古の4人なんてやっているのだから、この位は出来るか。

 ただこの部屋全体に響く不気味な声だけというのが、なかなかに迫力のある演出だ。

 もっとも、床中に張り巡らされたコードだの、男の娘だの、俺だの、色々と台無しだが。


「い、いや待ってくれよ。俺はまだやれるって。なんか死んだような気もしたけど、今こうして生きているしな。あの時はたまたま運が無かっただけだ」


 やっぱり死ぬと、”死んだ”って感覚が残るのか。

 気にしても仕方ないけどな。


「残念だがそれを説明している余裕はない。これまでご苦労であった」


「おい待てよ!」


 そう言って、播摩はんまと呼ばれた男はパタリと倒れた。

 そして俺の近くにぽわわーと光って現れる。

 待てコラ!

 まあすぐに日本へと帰したが――、


「いきなり殺す事は無いだろう!」


「どうせ帰すのなら同じ事ですわ。どうせ何かそれなりのアイテムを渡して満足げに帰してやるつもりだったのでしょう。ですがなあ、そんな程度で満足する人間なんて一握りですわ。後は本人から聞いた通り、もう一度迷宮ダンジョンに挑戦させろとなるに決まっております」


「そうね。確かに彼にはどんな説得も聞かなかったわ。それにラーセットには、さすがに何百も無駄に消費できるほどのアイテムは無いのよ」


 それはそうなんだろうけどね。

 実際にメインはやはり鉱物などで、アイテムの出土は少ないからな。

 それでもその数十倍くらいはありそうだが、本当に力を秘めたアイテムは少ない。

 それにある程度の強弱は何となく分かるからな。ガラクタを渡してお帰り下さいでは、確かに納得できないだろう。

 とは言っても、俺が帰した時は迷宮産の道具を使っていた訳だが、力が失われた形跡は無かった。

 普通に最高級でも良いんじゃないのか?

 ……なんて思うが、先ずその前に話をする事が難しそうだ。

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