第600話 塔の違いを考えていなかった

 肉体が地球にあるのは確定ではある。こちらの世界の体は複製品だ。

 だけど、俺には肉体を構成して魂を入れるような手段はない。

 それが出来るのは、現在はヨルエナだけだ。


「よく聞いてくれ、ヨルエナ。今俺たちは、こちらの世界に召喚された人間の魂を召喚して、地球に帰す作業をしている。その時に塔が反応して、肉体を呼んでいるのだろう。だが俺にそれは出来ないし、呼んだ魂は直ぐに故郷に帰している。それと本体の奴が呼び出した人間と、こちらが呼んだけどあまり成長しなかった召喚者が混在していてね。変な反応はそのせいだから気にしないでくれ。これはあくまで、実験のためだよ」


「実験ですか?」


「そうだ。今、召喚した魂と肉体を連動させるテストをしている」


「ええと、理由を聞いて良いですか?」


「簡単な事だよ。失――」


 いやあぶねえ。失敗してもさほど痛くないとか言いそうになった。

 俺の人間性も、もういい加減おかしくなっているな。

 全てが終わったら無事戻ると良いのだけれど、それだけの経験と決断をしてしまったしな。


「とにかく、最終的には召喚者として成長しながらも命を落とした者達を受肉される事が目的だ。今の戦力では、どう足掻いても奴には勝てないからな。これは時間との勝負だ」


 そう。再び山ほど召喚して戦力を整えてから出て来られたら、その対処に追われてなにも出来ない可能性がある。そうなってからでは遅いんだ。

 大切なのは、こちらの刃を奴に届かせるだけの戦力差。そして奴を倒すだけの鋭さだ。

 そう考えると、こちらも悠長に新規の召喚者など呼び出している余裕はない。


「そんな訳で、実験はもうしばらく続く。その度に塔はやってきた魂に呼応して肉体を召喚しようとするだろう。まだしばらく塔の異常は続くが、まあそんな訳で壊れたわけではないのだよ。だから無視してくれて構わない」


「畏まりました。敬一けいいち様に従います」


 そう言って、彼女ら神官の行う両手を握りしめて跪く姿勢を取る。

 やばいクナーユの事にも知っていたが、さすがに正面から見たのは初めてだ。

 何と言うか、谷間がこれでもかと強調され、片膝立ちなので下着が見えそうである。

 ここまで凶悪なものだとは思わなかった。

 いや、普通の人がやれば普通に敬虔なポーズなのだと思うよ。

 だけどやる人間が問題だ。

 というかこぼれる、こぼれてしまう。


「あー、コホン。そんな訳なので、しばらく塔に関して気にしなくても大丈夫だ。それよりこれから先が大変でな。全部の用意が終わったら、いよいよこちらにある魂と、俺たちの世界に在る肉体を融合させないといけない。想像はつくか?」


「うーん……正直に言えば難しいです。でもわたくし達神官長は、代々魂を感じ取れるように修行を積んでまいりました。ですから、決して不可能ではないと思います」


 その言葉に、俺は十分満足していた。

 多分出来そうだと確信できたからだ。

 案外、今やっている実験すら不要かもしれないが、『間違えて別の肉体に魂を入れてしまいました』とかやりかねない。

 真面目で優秀なら完璧かと言うと、そうでもないしな。


「とにかく準備をする間、こっちの騒ぎの方は任せていいな?」


「お任せください。理由さえ判れば、特に騒ぎ立てる事ではございませんので」


「ではよろしく頼む」





 ※     ▼     ※





 そんな訳で一ツ橋ひとつばしの工房に戻って参りました。


「早かったじゃない」


 風見かざみは腕を組んで仁王立ちだ。

 言葉と裏腹に、少しお怒りの様だ。まあ期待が大きかっただけに、ここまで待たされるとは思っていなかったのだろう。

 でもこの段階では、児玉こだまに会うのはまだ早い。


 しかしアレだな。

 ヨルエナを見てしまうと、せっかくのビキニなのに腕を組んだだけでほぼ隠れてしまうこの体格は――

 などと余計な事を考えた俺の股の間を、一条の光が貫いて行った。


「今度そんな失礼な事を考えたら、アンタの存在意義をこの世から消し去ってやるわ!」


 いや俺の価値はそっちじゃねーし!

 だがここで迂闊に口答えをしても仕方あるまい。


「それでフランソワ、一ツ橋ひとつばし、そっちの方はどうだ?」


「そうですね。塔に記録されている情報と、魂が呼び出された時の反応位置が一致しています」


 二人はブラウン管のようなモニターに映し出された波長の連なりをペンで刺して確認しているところだった。

 あれコンピューターか? こんな世界で自作できるんだ。

 などという感心はまあ置いておこう。


「そんなデータが記録されているとは少し驚きだな。何か意味があるものなのか?」


「おそらく、召喚した時の跡だと思います。何らかの記録が残されているという訳では無く、召喚した時の塔の負担でしょうか」


「それが傷になると思えばよいだろうな。ただ同じ傷は付かない。だから判別できるわけだ」


 なるほど。

 だけど数が多すぎて確認出来ていないだけで、児玉こだまの分はどうなっているのだろうか?

 同じ傷だとしたら意味がある事になるが、まあこれはむしろ違っている方がありがたい。

 まあ彼女が特殊過ぎるだけだし、そこまでの召喚で見えてくればいいが。


 それとこの塔は複製品だが、召喚出来なくなったら元も子もない。

 だから初代の塔を完璧にコピーしながら改良したのが幸いだな……って、そうすると途中が!?

 と思ったが、この塔は決戦の寸前に作られた塔だ。召喚した人間は全部記録されている。

 当然、その後作った記憶が残る塔も……いや違う。おかしい。


 この塔は俺がクロノス時代に使われていた塔からの派生だ。

 当然ながら、この時代に召喚されていた人間の記録など残っているわけがない。


「確認したいが、この塔に何かの改良は施したのか?」


「言いたい事は分かる。どうせそんな事だろうと思って、最初に安置された塔を使った。指定は“記憶が残らない塔”だったからな。こちらで召喚に使っていた塔の方が良いだろう。複製の作り方はもうこちらに教えただろう? それで何かに使えるかもと思って、フランソワと送還できる型も作っておいたんだ」


 一ツ橋ひとつばしぃぃぃ! ああ、抱きしめてキスしたくなっちゃったよ。男だけどな。

 と言うか今はミイラ男だけどな。

 一瞬変な不安が頭をよぎったが、問題無くてセーフ。それなら十分に納得できる。

 この世界で使われていた塔なら、この世界で召喚された全員が記録されていて当然だ。


 だけど、それはそれで俺がクロノスだった頃に召喚した傷は無い訳か。

 どっちにしろ磯野いそのは……って、それより児玉こだまが召喚された傷はやっぱり一つしかないのだろうな。

 分かりやすくなって良い事だが、果たして召喚された当時と今とでどう変化してしまったのか。

 変な事が起きなければいいけど。


「しかしよく二人ともそんな物をコピーしていたな」


 まあ今回持って来たのはフランソワだが、本物はヨルエナたち神官たちが大切に安置している。

 よく持ち出して複製できたものだと思ったが、この二人なら造作もないか。


「改良できると最初に聞いた時に思い付いたのが、こちらの塔との違いでした。今まで見る事も出来なかったのですが、交換した後で見た時に違和感があったんです。そこで敬一けいいち様に作っていただいた塔をベースにして、今はこちらの塔を基本に改良しています。やはり違いがあった以上、こちらの世界の塔を優先した方が良いと思いましたので」


 流石すぎる。俺にはその考えはなかった。

 違和感といのは、召喚した時に着いた小さなキズのようなものだろう。

 俺はとにかく記憶にある塔を完コピする事だけに注視して、こちらの塔との差異まで気にしていなかった。

 ただ俺がクロノスとして召喚されてからの年月が違うから、少し古くなっているな程度の認識だったよ。

 もし俺が作った塔をそのまま二人が使っていたら、今回の実験は最初から失敗していただろうな。


 というか、蚊帳の外の風見かざみ黒瀬川くろせがわは何のことか分からないといった顔をしているな。

 たださっさとしろと言う感じは伝わってくるな。

 とばっちりを受ける前に、さっさと話しを進めるとしよう。

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