第599話 まさかあっちにも問題が出るとはね

 そんな事を考えながらも作業は続く。

 とは言っても大変な作業だ。そろそろ本体の奴が召喚した魂はかなり減ってきたが、普通の召喚者だけでも相当な数がいる。

 なにせ先代の俺とみやで千人以上召喚しやがったからな。

 こんな作業をいつまでも続けていたら、さすがに体がもたないか。

 しかも俺がやっている事はこの世界から魂だけを召喚する作業だ。

 代々の神官長の苦労も少しは分かった気がする。


 こうして100も超えた辺りで、懐かしい人間の魂がやって来た。

 安藤秀夫あんどうひでお。俺と同じ学校から召喚された人間だ。

 少し小太りで黒ぶち眼鏡をかけていたが、さすがに魂では眼鏡は無いか。

 他の魂同様、特に話しかけてくる様子はない。ただ単に漂っているだけだ。

 正直に言えば、消し去ってやりたい。こいつはそれだけの事をした。


 向こうで平穏に生きるならそれも良いが、こういった奴は目の前に好機が来れば後先考えずに罪を犯す。

 だがここで俺が裁いてしまったら、それはただの私刑リンチだ。

 しかし向こうで何かしでかしても、こちらの世界の様に対処することは出来ない。

 多くの事務的な手続きを踏みながら、しかも結果に納得できる保証はない。

 少しもやもやするが、ここは初志貫徹と行こう。

 少々の躊躇いを残しつつ、安藤あんどうの魂は日本へと帰って行った。


「さすがに限界だ。これ以上は俺が耐えられない。それでどんな感じだ?」


「魂が召喚された時、確かに塔が反応していますね。それも、毎回違う反応です」


 塔はちゃんと別人として認識しているという事か。

 なら上手くいきそうだな。


「おそらく上手くいっているだろうと満足しているところ悪いが、少々非常事態だ」


「何が有った?」


「召喚の間に安置している塔も反応を続けている。実際にはこちらの塔で送還だけをやっているだけなわけだが、向こうでは塔が勝手に召喚を始めるのではないかと大騒ぎだ。どうする?」


「どうするもこうするもねえ」


 考えてみれば、塔が反応するのは当たり前の事だった。

 近い方だけが反応するとか誰が決めたよ。

 塔自体は最重要の極秘事項だから普通の信者は知らないが、単純に召喚の間と言っても、実際には召喚の間と目覚めの間がある事は結構な数の人間が知っている。

 その召喚の間で何か反応があるとすれば、当然ながら聖堂庁は大騒ぎだろう。


 塔が長時間勝手に反応するが、ヨルエナが何かしたわけでも召喚が行われるわけではない。

 しかも俺たちの場所はここ。堅固な防御とカモフラージュで守られた一ツ橋ひとつばしの工房だ。

 見つかるわけがない。


「仕方がない。二人はこれまでのデーターを精査していてくれ。どちらにせよ、そっちにも時間はかかるだろう。その間に、俺はヨルエナたちに事情を説明してくるよ」


 長らく待っていた風見かざみから何か一言あると思ったが、目で「さっさと行け」と合図しただけだった。

 考えてみれば、風見かざみ自身も来たら即児玉こだまが復活なんて本当は考えてはいなかったのだろう。

 それは格好という気合だけが空回りして、覚悟がまるで出来ていなかった事でも分かる。

 ただ時間がかかる事が分かっていただけに、早く始めろと思っていたのだろうな。


 黒瀬川くろせがわに関してはあえて言う必要も無い。

 遅れたのはこいつのせいだ。いや、おかげだと言うべきなんだろうな。

 だけどなんだか心に引っ掛かるものがある。何だろう?

 まあ今は分からないのだから感謝しておこう。





 〇     ◇     〇





 皆に後を託し、急ぎ聖堂庁へと向かう。

 まあ距離を外すだけだから簡単なのだが、問題は場所だ。

 とは言っても、さほど悩む事は無い。

 わざわざ混乱の最中に入っても仕方がない。

 おそらくヨルエナが、もうまとめに入っている頃だろう。


 そんな訳で召喚の間――というより目覚めの間へと跳んだ。

 そこには予想通り、他の司祭たちを纏めているヨルエナがいた。

 まあ司祭と言ってもアディン家の血縁たちだ。まだまだ若い子もいる。

 以前斬り殺してしまった子を見て一瞬吐きそうになるが、ここは堪えるしかない。

 意識を切り替えろ。あれはもう、既になかった出来事だ。


「やあ、すまない。混乱させてしまった様だね」


「これはクロ――敬一けいいち様。わざわざのご足労、申し訳ありません。ですがこの速さから考えるに、心当たりがおありという事でしょうか?」


 その迫力に一瞬ちょっと後ずさりそうになる。

 前から思っているが、ヨルエナって今まで出会った神官長の中でもトップクラスだよ。

 案外、俺にとっての初代神官長であるミーネルに匹敵するかもしれない。

 さすがにそれは言い過ぎかもしれないかもしれないが、この状況でも落ち着きと力強さを感じる。

 それだけの対応力とカリスマがあるって事だ。

 って、そんな事を冷静に考えている場合じゃないな。

 あの時は死活問題の大騒動だったわけだし。


「少し召喚に関しての実験をしていたんだ。こちらにも影響が出ると予想するべきだったな。すまなかった」


「いえ、それは良いのですが……召喚の実験? もしやと思いますが、召喚者の方々が新たに召喚するという事ですか?」


「それに関しては不可能だな。俺たち召喚者では、新たな召喚者を呼び出すことは出来ない。そちらに関しては聖堂庁の管轄だ。ただ少し実験したい事があってね。そのデータを取るためにいろいろと試していたんだよ」


「データですか?」


「ああ。今やっていたのは、迷宮ダンジョン彷徨さまよう魂の話さ。そういえばまだ話していなかったな。少し場所を変えよう」


 こうして応接室に移動して、ミーネルに双子から聞いた魂の話をした。もちろん双子から聞いたとは言わなかったが。

 だがさほど驚いた様子はない。全て教義にあったからだ。

 想像で到達できたとは思えない。となると出所は分かるが大変な事だ。

 普通の人間がセーフゾーンの主から話を聞く……普通に考えたら有り得る話では無い。

 だが長い年月と無数の挑戦。それが実を結んだ時が無かったとは断言出来はしないだろうな。

 黒竜だって、会話くらいできるんだ……と思ったけどアレはダメだな。

 もっと温厚なやつがいたのだと思おう。


「そうですか……やはり召喚した方々の魂は、生まれ変わるでもなく、まだこの世界を彷徨さまよっているのですね」


「話が早くて助かるよ。そんな訳で、一ツ橋ひとつばしの工房に古い塔を設置して、この世界で死んだ魂を俺たちの世界に帰していたんだ」


「そうだったのですね。それで、時計は必要無いのですか? 必須だと聞いていたのですが」


「あれは俺たちの世界から召喚するのに必要なキーだよ。こちらから帰す分には必要ない。むしろ、こちらの塔が反応していた事に驚いたよ」


「これは推測ですが、よろしいでしょうか?」


「何でも言ってくれ」


 ただの推測である可能性は低いだろうしな。

 何せ、今現在の召喚に関しては最高のエキスパートだ。彼女より上はいない。


「先ほどの魂を切り離すという件ですが、その時に肉体がこちらに来ようとしているのではないでしょうか?」


 鋭いな。さすがとしか言いようがない。

 召喚する時、こちらに来るのは基本的に魂だけだ。そしてそれに合わせて肉体が構築される。

 これは、実際に魂の抜けた奈々ななや先輩の遺体を見たから間違いない。

 魂の召喚は一度だけだが、肉体は地球にあり続ける。

 その魂を俺が大変動のエネルギーから引き離した時に、その魂に呼応してこちらの塔が反応していたのだろう。

 自分の肉体を求めてな。

 でも残念ながら、俺には肉体を召喚することは出来ないのだ。

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