第598話 段々と調べていくしかないな

 こうして召喚者の魂の切り離しを始めたのだが、思ったよりも難しい。

 取り敢えず3人切り離して地球へと帰したが、感覚からして全員外国人だな。

 クロノス時代はあまり試せなかった送還の塔だが、こうしてちゃんと使えると安心する。

 一番の問題は、やはり本当に死んだ状態でも日本に帰れているかを観測できない事か。

 これに関しては、当時と今の二人を信じる他ないな。


 実際にクロノス時代に塔を使って送還できたのは3人だけ。

 他にも何人か日本へと帰したが、それまでは生きている人間しか帰すことが出来なかった。

 やはり死者を帰せるこの塔の存在は大きい。


「それでどんな感じだ?」


「これではまだちょっと」


「ハッキリ言った方が良いだろう。まるで足りない」


 だろうね。

 こうして黙々と大変動を起こす力の流れから魂を切り離しては地球へと帰す。

 傍から見たら俺はずっと立っているだけだが、フランソワと一ツ橋ひとつばしは計測している。

 そして――、


「今のは加瀬洋二かせようじさんですなあ」


「召喚者って事は分かったけど、そこまでわかるの? わたしには判別できなかったわ」


風見かざみさんはあまり他の人との交流は無かったですからなあ。ウチはなんとなく空気で分かりましたわ」


「知り合いだったのか? 確かに日本人的な雰囲気はあったが」


「32年前に召喚された人ですわ。2週間ほどで亡くなってしまいましたが、なかなか明るい人でしたなあ」


 相変わらず死ぬまでが早すぎる。

 魂の間に育ってなければ――いや、考えるまでも無く育ってはいないか。

 スキルも何も無い訳だしな。

 そう考えると、まあ素直に帰して良かったといえるだろう。


 その後も地球への送還は続き、30人ほど帰したところで休憩となった。


「結局、日本人は一人だけでしたなあ。予定とはずいぶん変わってしまいましたが」


「本当にこれで出来るんでしょうね?」


 黒瀬川くろせがわは少し落胆した風に煙を吹き、風見かざみは少しお怒りだ。

 だが――、


「あれはわざとだよ。むしろ日本人が混ざっていた事自体が予定外だ」


「どういう事よ」


「実際、俺も児玉こだまを召喚したい。それに谷山留美たにやまるみもだな。磯野輝澄いそのてるずみがこの時代に召喚されていなかったのは意外だし痛手だが、とにかくこの二人は今後の本体戦で欠かせない存在になるだろう。だけどいきなりメインからやるには、今回はデーターが不足し過ぎている事が分かった」


「それで例の人達を召喚する事にしたのですよね?」


「ああ、そうなんだがね。俺は吉川昇きっかわのぼるとか、あの連中名前しか知らなかったんだわ」


 頭に石が直撃する。

 いてえ! 風見かざみの奴、無言で、しかもノーモーションで石を投げつけやがった。

 というかそれ元々一ツ橋ひとつばしの研究室の床だぞ。

 普通の石とは桁違いに硬くて高質量。痛みも数段上だ。


「話を最後まで聞け。とにかくこれは実験だ。失敗したら俺が心を痛めればいいが、まあ基本的に本体が召喚した人間を主体に選んだんだよ」


「どうやって判別を――あ」


「簡単だろ? 奴は召喚したら、すぐに同類にするか殺す。厄介なスキルを持っていたら怖いからな。だから地中を流れるエネルギーの中で、最も弱い異質な魂が奴の召喚した人間だ。まあそのレベルの召喚者も入るとは思ってはいたけどな」


「確かに、長くこちらに留まっていた魂はそれだけ強くなりますものね。でもそんな事まで判別できるなんてさすがです!」


 フランソワは素直に褒めてくれるが、ちょっとくすぐったいな。

 一応は風見かざみも納得してくれたようだ。

 後は――、


「それでフランソワと一ツ橋ひとつばしの方はどうだ? 何か分かったか?」


加瀬洋二かせようじの時に少し反応があった。だがそれだけだな」


「残念ですが、他の方々に関しては何の反応もありません」


「いや、それはそうなると思っていたよ」


「それは一体、どういうことです?」


 黒瀬川くろせがわは疑問が残るようだが、他3人はもう分かっている感じだな。


「この塔は日本からしか召喚しない。と言うかできない。日本人限定ではなさそうだが、場所は限定されている。今までの召喚リストから考えれば、大体そうだな……東京か神奈川を中心に半径500キロメートルって所か」


「そこが中心になって理由は何でありましょう?」


「さあな。正確な地点は分からないが、多分だが最初にクロノスを召喚した辺りが基点じゃないかな。代々のクロノスが何処にいたかは分からないが、同じ状況で同じ立場になっていれば、自然と同じような位置になるだろう。その周辺に俺が務めていた検疫センターがあったんだ」


 元人間だけじゃない。奴に同化された様々な動物。中にはまだ動いている者も居た。

 職員も次々と感染したが、それは外も同じだった。この世の地獄だったな。


「確かに北海道や九州の人が召喚されたという例は聞きませんね」


 まあこっちの人間が知らないというだけで、向こうでは死者がいた。

 おそらく本体が呼び出したのだろう。

 アイツは世界中から無差別に召喚するからな。

 そしてそれは今も続いている。


「それに大体が関東近辺に集中している。大方その辺から塔が選んでいるのだろう。そんな訳で、そこ以外から召喚した人間がどうなったかは俺にも分からない。逆に反応があったという事は、やはり魂と肉体は何らかの形でリンクできていると考えて良いだろう」


「それって、日本以外から召喚された人は大丈夫なの?」


「保証はない。ただ戻ってくれることに期待するだけだ」


「随分と割り切りましたなあ。少し意外でしたわ」


 黒瀬川くろせがわは少し驚いたように煙を吐くが――、


「奴が召喚した人間に関しては、申し訳ないが手が出せない。だけど魂がこちらにある事が良い事だとは思えない。せめて帰してあげたいし、後は天運に任せるしかないさ」


 今のバージョンの塔は、死者が光に包まれて消えるまでの僅かなタイムラグを利用して、本当に死ぬ前に俺の所へ引っ張ってくるものだ。日本へ送り帰す事自体は、生きている人間にやるのと変わらない。

 ただ今回は完全に死んでいるからな。その時点で召喚者すら保証は出来ようもない。


「そうですなあ……ところで敬一けいいちさんの運のほどは?」


「ハズレスキルを押し付けられた時点で察してくれ」


「ダメじゃないの」


 確かにダメだ。だけど同時にそれが本音であり、それしかない。

 亡くなった方には申し訳ないが、ご冥福を乗りつつ奇跡に期待するしかないわけだ。

 さて、休憩はもう良いだろう。


「基準は分からないが、そんな所だ。ではそろそろ再開しよう。今度は少し反応の強さを引き上げる。いつまでも塔に反応のない魂を戻し続けても仕方ないからな。当然日本からの召喚者も含まれて来るとは思うのだが、その前に確認だ。黒瀬川くろせがわ


「何でございましょう」


「お前の友人たちを即時日本に帰す可能性がある。実際、どのくらい成長しているんだ?」


「先ほどの話であれば問題ないでしょう。ウチが召喚されたのは初期も初期。これでも、現存する召喚者の中では一番の古株でしてなあ。あの頃はまだ余裕がありましたから、十分に成長していたと思いますわ」


「なら問題は無いな」


 児玉こだまに関しては聞くまでも無いし。

 こうして、少し特殊な反応がある魂の選別が始まった。


 最初の実験では、完全に異質だが成長が感じられない魂は予想通り海外の人間だった。

 一部日本人も含んでいたが、残念ながらこの塔が召喚した人間では無かったところを見ると、やっぱり奴が召喚した人間だろう。

 そして当初の予定通り、この世界独自の魂は一つも引っ張って来る事は無かった。

 これに関しては完全に区別出来ていると考えて良いだろう。


 後はこのまま次第に目標の反応を強くしていけばいい。

 そうすれば、次第にこの塔が召喚した人間ばかりになるはずだ。


 記憶が残らない古い塔にしたのも正解だと思う。

 別の世界があるなんて分かったら――まあ科学者たちに新たな道は示せるかもしれないが、同時に絶対にトラウマものの体験だしな。忘れた方が良いだろう。

 他のみんなを送還する時もこの塔を使いたいが、多分フランソワが拒否するな。

 難しい所だ。

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