第597話 やっぱり怖いから予定変更

 確かに研究内容は分からない。

 だけど、俺の指示を可能な限り形にした事は間違いない。

 本人は否定しているが、理論の方は大筋で出来てはいるだろう。

 だけどまだ話をしただけで、実証がない。

 考えてみれば、この状態での本番は危なくないか?

 今までの改良は出来ている事柄を拡張する方向だったが、考えてみればこれはまるで違う。


 まあ失敗しても魂は消えない。また大変動のエネルギーに戻るか、最悪日本に帰るだけだ。

 やるだけはやってみよう。

 ただ最初に児玉こだまで試して失敗したらどうなるだろう?

 ちょっと考えたくも無いな。


 それに谷山留美たにやまるみ椎名愛しいなあいといった平山女子高等学校組もダメだ。

 黒瀬川くろせがわは大人しく見ているが、こいつらで試して失敗したら何をしでかすか分からない。


 そうすると、まあ失敗しても良い人間で試すのが一番だな。

 だが”人の命の価値に差を付けるのか!?”などと言われそうだけど、俺は無条件な博愛主義者ではない。

 むしろ命の選別を行ってきた側の人間だ。

 今更な話だろう。


「記憶を保持できる塔は一度撤去だ。召喚に成功したら、全部忘れて帰ってもらう」


「どういうことです?」


「召喚対象を変える」


「今更何を言っているの!? そのために今まで待ったのよ!」


 風見かざみは血相を変えて怒りを顕わにするが、失敗したらこんなもんじゃ済まない事は明白だよな。


「確かに俺の方は出来るが、やはり塔の方は何度かテストした方が良いだろう。お前も、いきなり児玉こだまで試して失敗するよりはいいだろ」


「……それはそうよ。それで――」


「誰を召喚するのですか?」


 話を遮られて怒るかと思ったが、そんなことは無い。

 ちゃんと現場優先か。


みやがさっさと処分した吉川昇きっかわのぼる他8人が一番の候補だな。逆恨みを考えたら記憶を残したまま日本に帰すには不安が大きい連中だから、万が一の事を考えて消しておく。だが、こちらが一方的に召喚したことは事実だ。勝手に裁く権利もないだろう」


「なるほど! 了解いたしました」


 まあ当初の予定通りなら、失敗して黒瀬川くろせがわが言う様に得体のしれないクリーチャーになる可能性はある。

 案外、最悪魂が消滅する可能性も捨てきれない。

 でもまあ、あの連中なら心は痛まないし。俺自身が裁くわけでもないしな。

 何と言っても散々悪事を働いたことは事実。

 それに無かった事になったとはいえ、先輩を苦しめた事を俺はしっかりと覚えているからな。

 むしろ魂ごと消滅させてやりたいところだ。本来ならね。

 だけど今回はそこまでやる必要もあるまい。


「それでどうやって行うのですか?」


「先ずは俺が召喚者の魂を選別する。目的以外を外す作業だから、俺なら出来る」


「それは無茶ではないんですか? 待っている間にも一ツ橋ひとつばしからは聞いておりますが、大変動を起こす力として流れている魂はこの世界全ての魂でありましょう? そこから一人を抜き出すなど、到底叶う事ではないと思うのですがなあ」


 まあそう思うよな。

 だけど可能なんだよこれが。


「召喚者の魂を選別する事自体はさほど難しくないんだ。連中からすれば、召喚者の魂は異物中の異物。セーフゾーンの主の様に本人である事を保ちつつ、外に出た連中のように異物でもある。更には別世界の存在ともなると、切り離すのは容易だ。知っている人間であれば、判別も容易い。実はこの話を聞いた時の帰りに、色々感じながら戻って来たんだよ。当然確信という形の成果はあった。俺が根拠もなしに出来るとか言うと思ったか?」


「クロノスはそんな奴だったわ」


「クロノスさんはまあ、出来もしない事をよく言っておられましたなあ」


 ダークネスさーん!

 いや、だけど今までの話を総合すればリーダーシップがあったのは事実だ。

 だけど女癖も悪かった……いやまあこれは仕方ないのだが、そんな訳でちょっときつく言われているだけだろう。

 俺は俺を信じるよ! 多分……。

 いや、やっぱり全く信じられないけどこの際どうでもいいや。


「それで、ここからが最大の問題だ。今までは肉体と魂が一つだから、代々の神官長が1回の工程で召喚出来た。だけど今回は違う。そちらが選んだ魂に合わせた肉体を召喚しなければならない。実は一番のネックは今のところそれでね。俺が魂を召喚した時に、肉体が来る保証がないんだ。そこをどうやってリンクするかがネックだな。本当は俺のスキルで魂の入れ物になりそうなものをここではない何処からか外して持ってこようと思っていたのだが」


「それ、絶対にクリーチャーになりますなあ」


里莉さとりがそうなったら、迷わずあんたに神罰を撃ち込むわ」


「そうならないように、神官長のヨルエナに頼もうと思う。だけどその為にどうしたらいいか知らないとな」


「肉体的に繋がれば多分どうにかなるとか、先代のクロノスさんでしたら言いそうですなあ。別に大神官は生娘でなければいけないという訳ではないそうでありますし」


 俺のクソやろう!

 記憶が完璧ならマジで説教してやりたい。


「そういた俗物的なのはいいよ。取り敢えず1つ前の塔に戻してもらえるか?」


「記憶が残らない塔ですね。それでしたらヨルエナさんが以前の塔と一緒に安置いたしましたので、ここに――」


 そう言って袋から古い塔を取り出す。

 小さい袋だが、普通にあの塔がにょきッと出てくるのは凄い。

 国民的アニメのポケットの様だ。


「予備を持ってきて正解でしたね」


「さすがだ。助かる」


「じゃあ時計を付け替えるわけだな。しかしヨルエナが素直に渡すかね」


「いや、先ずは無しでやる」


「意味が分からないわね。時計も無し、神官長も不在。そもそも、ここは召喚の間とはかけ離れた薄汚い施設よ」


「薄汚くて悪かったですね」


 まあかなりの部分を腐敗させて壊したのはお前だから、今回は何も言わん。


「今やるのは迷宮ダンジョンの外でも魂を呼び出せるかのテストだよ。実際、召喚の間で行うのは代々の神官長が負う負担を軽減するためだ。かなりきついらしく、若い内しか出来ないのは知っているだろう?」


「それがどうかしましたか?」


 何を言いたいのか分からないといった顔をして、黒瀬川くろせがわが煙を吐き出した。

 普段も使うが、基本的にあれは精神を安定させるものだ。

 見た目は静かだが、彼女も彼女でやきもきしている感じか。


「だけど本体は塔も無しにどこででも召喚している。それに以前召喚された場所も違う。その時の状況から考えても、塔は召喚範囲を狭めるためだろう。考え方によってはマイナス面だが。日本限定というのは実際にはありがたい」


「それで?」


 風見かざみはそう問いながらイライラしているが、いつものお前らしく察して欲しいものだ。


「余計な話が混ざったな。要は、召喚自体はどこででも出来るって事だ。ただ俺には正しい召喚は出来ない。日本と線を結び、引っ張って来る手段が分からないからな。聞いても、おそらく習得は難しいだろう」


「でもこちらの魂だけであれば召喚は出来そうという事ですね?」


「ああ。ただやっぱりこれが必要なようでな。俺一人だけだと引っ張って来る事が出来ない。だから予定を変更して、肉体の召喚は保留する。二人は塔を計測する準備をしてくれ。日本では魂なんてオカルトだが、こちらでは実際に存在している。何かしらの反応が観測できるはずだ」


「それを新しい塔に応用するわけですね」


「やりたい事とやる事は理解したが、ヨルエナは呼ばなくて良いのか?」


「この場に居て何か役に立つかな?」


「失言した。さっさと始めてくれ」

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