第596話 それでは早速始めるか

 言った時から分かっていたが、フランソワの支度とは彼女が集めた鉱石などの素材と開発道具。

 ノミやハンマー、鉈やのこぎりといった大雑把な物から、ピンセットや計量スプーン、それに秤などの細かなものまで色々だ。

 フランソワのスキルであれば大抵のものは持ち運ぶ必要は無いが、やはりこういったデリケートなものはスキルで射出するわけにもいかないか。

 大抵は一部の召喚者しか持っていない貴重な収納袋に入れているが、入りきらない量はリュックに背負っている。

 それも彼女の身長よりもでかい。

 あの大剣を両手に持っている時から分かってはいたが、相当な怪力だな。


「では行きましょうか」


「そうだな。だけどその前に、それは俺が持つよ」


「この程度問題ありません。でも、気を使っていただいてありがとうございます」


 まるで花が咲いたかのような笑顔だ。

 実際、可愛いんだよなあ。


 外に転がっていた甚内じんないさんなどいなかったかのように、俺たちは一ツ橋ひとつばしの工房へと向かった。


 ……すみません。





 □     △     □





 一ツ橋ひとつばしの工房はいつものように閉まっていたが、俺たちの到着と同時に音も無く開いた。

 そこはいつもと変わらない。ただ大きく違うのは、車椅子に座って全身紫の包帯で身を包んだ一ツ橋ひとつばしの左右に、認識阻害をしない状態の風見かざみ黒瀬川くろせがわが立っている事くらいだろうか。

 というか、これは怖いな。真面目に帰りたい。


「どうして真っ直ぐこちらに来なかったの?」


「大変申し訳ございません。支度に手間取ってしまいましたもので」


 フランソワは平然と答えるが、俺からすればこの状況が予想出来ていたからだよ……とは言えないな。


「随分と遅かったですなあ。この子がどうなっても、責任は取れませんわなあ」


 いや、それ悪役のセリフだし。というか、俺が遅れた最大の要因はお前だ!

 まあ恩義しか感じていないのでそのツッコミはしないが。

 しかしさすがの一ツ橋ひとつばしも、最古の4人の2人を相手にしたらどうにもならないか。

 抵抗した形跡も無いしな。


敬一けいいち様はわたしを迎えに来てくださっただけです。他意はありません」


「まあそういう事にしておきますわ」


 とか言っているが、温泉の時点からコイツの仕込みだ。

 フランソワを強制的に召喚しなかったのも、俺が呼びに行った方が楽だと思ったのだろう。

 そうせ全員揃わないと始まらないのだし。

 風見かざみは待ちきれずに甚内じんないさんを派遣したが、当然知っているだろう。

 そう考えると、よくもまあ平然と言ってのける。

 これで敵意があるのならこちらにも考えがあるが、こいつ敵意どころか悪意もないんだよな。


「こちらは出来得る限りの支度はした。後はそちら次第だ。さっさとこちらに来て始めろ!」


 他人事で申し訳ないが、一ツ橋ひとつばしは必死だなー。

 ただこちらに矛先が向くのは避けたいところだ。

 あの二人に口で勝てるとは思えない。


「いつまでかかっていたの? 何をしていたの? いえ、そんな事はどうでも良いわ。さっさと働きなさい」


 こっちは完全に復活しているし。

 というか、服装がいつもの黒ビキニに黒マント。そこまでは同じだけど、やっぱり持っていたか、魔女帽子。

 ちゃんとフル装備しているって事は、児玉こだまに会う気マンマンだな。


 だけど虚勢でもある。

 いざとなったらこうも堂々としてはいられないだろう。

 しかし事情を知らない一ツ橋ひとつばしは小さくなっているし、フランソワも直立不動で待機している。

 俺はあまり区別していなかったが、やはり最古の4人と教官組の間には大きな差があるんだな。


「その件に関しては、これから詰める所だ」


「そんないい加減な! 召喚の制限とかを知らないはずがないでしょう!」


「安心しろ。最初に召喚されるのは児玉里莉こだまさとりだ。俺の方は、もうそれが出来る。後はそうやって塔と連動させるかを詰めるだけさ」


 あ、虚勢がしおしおとしなびて行くのが分かる。

 会いたいけど怖いという言葉に嘘はないだろう。

 まあ、俺は児玉こだまを知っている。

 あの時のままであれば笑って流すだろう。ただ問題は、こちらの世界で性格が変わっている場合だな。一ツ橋ひとつばしの様に……。


「それで、どのようにして行うのですか?」


「今までの召喚は完全にランダムだっただろう?」


「ええ、その通りです。こちらから誰かを指定することは出来ませんでしたから」


 そうでなければ、ダークネスさんもみやもあんな事にはなっていないよな。


「ただ今回は、魂は俺が引っ張って来る。まあ精度に関しては段々と落ちてくるが、最初が児玉こだまなのは確実だ」


「何故そう言い切れるのよ」


「まあそれなりの付き合いがあってね」


 今まで大変動が近くなると聞こえて来た俺を呼ぶ声。

 あれは児玉里莉こだまさとりに間違いはない。

 俺をクロノスと呼ぶのは、一度日本に帰した彼女だけだ。

 多分だが、第14期生の4人と同じ。俺がこの時間に戻ってきた事で、俺がクロノス時代の記憶が融合したんだ。

 となると、彼女の記憶は反乱し、和解した所までだな。

 今の風見かざみを見てどう思うか……それは召喚してからか。


児玉あいつの魂は判別しやすいんだよ。それだけに、やるならあいつからだ」


「それで失敗したら、先は無いという事ですなあ」


 う……今度は俺の決意がしおしおとしぼんでいく。


「な、無いとは言わないが、以前黒瀬川おまえが言ったようにかなり困難になるだろうな。ただ児玉こだまだけじゃなく、知っている人間はそれなりに分かるんだよ。これも一度はこの世界から消えかけたおかげだな」


 そうでなければ、大変動を起こす力の話を聞かされても理解できなかっただろう。

 彼らと近い存在になったからこそ、状況を知ることが出来た。

 だがもう少し進んでいたら、もうこちらの世界の存在ですらない所まで踏み込んでしまった。

 本当にギリギリのタイミングだったな。

 その時点で俺を留めてくれたみんなには感謝しかない。


「そんな訳で魂は俺がこちらに固定するが、問題は日本にある魂が抜けた肉体を召喚できるかなんだよな。今まで死んだ人間は召喚出来なかったわけだし」


 まあ召喚されても困るが。


「それに関しては甘く見ないでもらいたい。こちらに召喚した人間であるなら、多くの記録を取ってある。後はそれを生かせるかどうかだが」


「そのためのわたしです。材料は持ってきました。後は……」


「理論は出来ていると言っただろう。設計図の基礎はこれだ。どう思う?」


「うーん……」


 フランソワは見入っているが、俺にはさっぱり分からん。

 俺が出来る事は、手順を完璧に覚える事だ。それこそ材料の軽装から加工の方法、更に塔を形成するために使う製作機の作り方まで全部だ。

 覚えたことを忘れないって便利だ。

 受験の時も、この能力があればもっと他の事に時間を使えたのにな。

 ただゼロから物を作ることは出来ない。どれほど完璧なコピーが出来ても、オリジナルが無ければ意味はない。その点は人任せだなー。


「これではダメ。ボツ。今のままだと不確定要素が多すぎる。このままでは使い物にはならない。敬一けいいち様に失敗させるわけにはいかない」


「当たり前だ。何度実験したと思っている。ゼロだぞ、ゼロ。ましてや、この世界から召喚者を呼び出し、尚且つ肉体は日本からなどという召喚をやった奴はいない。これはここまでの記録から算出した概算がいさんでしかないんだよ。後は……」


「俺次第という事だな」


 聞いて胃が痛くなってきた。

 これは……うーん。

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