第589話 今は先にこちらからですね

「事情は分かった。幾つか分からなかった点もつながったよ」


「それにしても、本気でウチらを処分するつもりだったのでありましたか? 傷つきますわなあ」


「それに関しては間違っていたとは思わんよ。俺だけに真実を伝える機会がいくらでもあったからな」


「布団の中とかですか?」


「まあそれも有るが、生々しい事は言うな。二人っきりで話す機会なんて幾らでもあっただろう。どんな盗聴器も記録装置も、外せば一発だしな」


「それを怠ったからだと?」


「それも有るが、信用性の問題だな。俺はずっと、この時代の人間は嘘にまみれていると思っていた。それは先ほども言った通り、目覚めてからずっとだ。正直に言えば、今でも100パーセントの信頼を置けるかと言えば無い」


「きっぱり言いますなあ」


「その辺りは自分の胸に聞いてみろ。だがそれでも協力は必要だ。それも、後ろから刺してこない味方のな」


「その点に関しては、言い訳もしようが無いですなあ」


「だから真実を話してくれる時を待った。だが結局、俺に真実を教えたのはお前たちでは無かったというだけの話だ。それで、他に隠している事は?」


「そうですなあ……ウチからはもう言う事はありませんなあ。聞きたい事はあるかもしれませんが、どれか分からなければ語り尽くせませんわ」


 こいつは間違いなくそうだな。今まで一体、どれほどやらかしてきたのか。


「無いわ。でも、もう未来も無いと思っていた。だからどうでも良かった。でも……」


「こちらとしても、もう何も無い――と言いたいところだが、実際聞かれないと何を答えて良いのか分からんな」


 その点は黒瀬川くろせがわとはまた別のベクトルで色々やっているだろうしな。

 今更善悪を問う気はない。だが聞くべきことが分からなければ、答えられないのもまた事実か。

 実際、俺だってそうだ。

 人に言えないような事、彼らに言っていない事は山ほどある。

 聞かれれば答えるだろうが……聞かれなければ何を話していいのかすら分からないか。

 だけどな……いや、今ここで論じても仕方あるまい。


「分かった。この件は一旦終わりだ。児玉こだまに関しては風見おまえの力も必要になるかもしれない。場所は一ツ橋ひとつばしの工房だ。行ってくると良い」


 それだけ聞くと、風見かざみは何も言わずに急いで執務室を出て行った。

 そして――、


黒瀬川くろせがわは良いのか?」」


「こういうのは大抵、出て来たモンは得体のしれないクリーチャーと相場が決まっておりますからなあ。最悪の結果を見る前に、少し様子見させていただきますわ」


 正直にストレートに言ったな。

 もう少し穏便に言うかと思ったが、まあ黒瀬川こいつらしい。


「その話に関しては、こちらも疑心暗鬼だな。本当に出来るのであれば、なぜブラッディ・オブ・ザ・ダークネスでやらない。戦力で考えるのなら、それが一番だろう」


「不可能だからだよ。今ある塔は同じ時間からしか召喚出来ない。だけどダークネスさんの肉体は、それよりずっと先にあるんだ」


 本人の時計があれば俺がクロノス時代だった頃の龍平りゅうへいのように、あの時代から呼び出せるかもしれない。

 だけどその時計は普通の召喚に使ってしまっている。

 それになにより、肉体をこちらに呼ぶには更に先代のクロノスに刺された時計の針が必須だ。

 そしてそれは、もうこちらの世界にある。

 本来なら、俺を日本に帰す為に使う用にな。

 そんな訳で、ダークネスさんの肉体を召喚することは不可能だ。

 まあそんなに複雑に考えなくても、例え向こうの時が止まっていようが魂がこっちにある以上は普通の召喚と同じなわけだし。


 召喚出来るのは――まあまだ確実に出来ると決まったわけでは無いが、とにかく今の時代に召喚され、大変動のエネルギーとして彷徨っている魂だ。

 その中で日本に帰したのは児玉こだまのみ。

 他にも俺がクロノス時代に召喚した人間はいるが、残念ながら日本に帰した人間はいない。間違いなく、あの頃の記憶はないだろう。

 後はこちらの世界でどれだけ強くなっているかに期待だろうな。


其方そちらの言い分は理解した。だがどこまで信じられるかは様子を見させてもらう」


「好きにするがいい。こちらはもう、お前がやりたいようにやらせると決めた。その事自体に嘘はない」


「ウチは今の内に、絵里奈えりなちゃんをどう慰めるか考えておきますわ」


「失敗前提かよ」


「どう考えても、難易度が高すぎますからなあ。今まで散々に心を痛めてやった事を、またやる訳でありましょう? 神官長の体力を考えれば、果たしてそれが上手くいったとしても、目的の人物が召喚されるのは何代先になるかですねえ」


 確かにその点は気にしてはいた。

 今まで俺を召喚するために消費した膨大な人命。更にはその何倍――いや何十倍か何百倍か分からない本体が召喚した人間。ランダムであれば、確かに児玉こだまが召喚されて来るのがいつになるかは分からない。

 だけど――、


「その心配は、多分無用だ。さて、俺も一ツ橋ひとつばしの工房に行くとしよう。今回は俺が必要になるだろうからな」


「それは面白そうですなあ。それにしても、もう一ツ橋健哉ひとつばしけんやの工房に普通に入っているんですなあ。ウチ的には、そちらの方が驚きですわ」


 クロノス時代に色々と話して内面を知っているからな。

 確かに筆舌に尽くしがたいほどの苦しみを味わった話は聞いた。

 だけどあいつの本質は、やっぱり変わっていない。

 そう信じられたし、それを前提に接してきた結果だ。

 もしこれが通用しなかったら――あいつはもう、別人になったのだと考えるしかなかったな。

 ただ今回は犬猿の仲であるフランソワも連れて行かなければならない。胃が痛い。


「普通に行こうとしているが、結局どうするつもりだ?」


「それは召喚の件か」


「そうだ。待てというなら待つが、お前にそれ程の時間は残されているのか?」


 見抜かれていたか。

 まあそりゃそうだ。知らない人間はいなかったしな。みやだって気が付かないはずがない。


「現状キープなら、意外と何とかなるもんだよ。それに、今の状態になったからこそさっき言った事が出来るんだよ。まあしばらく様子を見ていてくれ。今一番重要なのは、一ツ橋ひとつばしとどう折り合いを付けるかだ」





 こうして一ツ橋ひとつばしの工房の前まで行くと、奈々ななが腕を組んで仁王立ちして立っていた。

 はい、今一番重要なのはこちらでしたね。なんとか誤魔化さないと命の危険が満載だ。


 それに、今の話で大体の真実は分かった。

 問題なのは一人だけか。

 ただあの状況で踏み込んだら、どうなるか分からない。そんな空気を作ってしまった俺の失態だ。

 だけど、そもそもこれ以上の決着をつける必要はあるのか?

 そう考えれば、多分無い。その辺りの事は、もう危害がない限り気にしても仕方がないのかもな。

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