第588話 余裕ゆえの甘さか

「ちょっと今の状況になる前に聞いておきたい事があるのだが」


「この際何でも。まあ信じるかどうかはお任せしますが」


「その辺は聞いて判断する。今までは、実際にはどうやって奴を地球に送っていた。クロノスが健在なら、奈々ななに神罰を使わせるわけがない。風見かざみ奈々ななをコピーして使うという手段を認めるとは思えない。この時代は、たまたま様々な要因が重なって風見かざみが使う気だったようだ。だがそれ以外はどうしていたんだ? 伝承は残っているはずだろう」


「はあ……まあ神罰を使えるのは、奈々ななさんだけではありませんですのでなあ」


 それは意外すぎるレベルではある。

 しかし、風見かざみのコピーの話を含んでいるとは考え難い。

 とうか、話を聞く限りだと風見かざみもいつ死んでもおかしくない戦場で戦っていた。切り札の一枚にすら入れていなかったはずだ。


「それで、今まで何人くらい召喚できたんだ? それに、他にいるなら奈々ななにこだわる理由は何だ」


「少し誤解させてしまいましたなあ。先に言いますと、今使えるのは奈々ななさんだけですわ。と言いますか、基本はやはり奈々ななさんだけと言いますか」


「歯切れが悪いな」


「まあ答えを聞かなければ、この話は終わりなどしませんでしょう。仕方ありませんなあ。神罰持ちなんていうレアスキルは、それこそ何代に一人呼ばれるか否かという数ですわ。まあ、今いてくれたら……いえまあ、これは話してからでいいですわな。自分に万が一の事があった時のために話してくれた事は2つ。いや3つですか。1つが、奈々ななさんの神罰は決して使わない」


 当たり前だな。


「そして、他に神罰が使える者が召喚されたら――まあ今まで奈々ななさんほど強力だった者はいなかったと聞いておりますが、まあ彼らにやらせるという事です。もちろん、威力は弱くとも神罰は神罰。アレは消滅させられますが、使った人間もまた消滅します。彼女を守りたいから、他の人間を犠牲にしたわけですなあ」


 ぐ……。


「聞いて後悔しましたでしょう」


「もう一つは」


「一番簡単ですわ。神罰よりももっと多く現れますが、神罰に匹敵する力を秘めたスキル。もっとも、その領域にまで達するには相当な修練が必要ですがなあ」


「それは?」


「言うまでもないでしょ。コピーよ。そしてその域にまで達した人間は、今は私しかいない。だから私がその立場になった。ただそれだけの事だったのよ」


 まだ立てないようだが、絞り出すように風見かざみはそう言った。


「今の敬一けいいちさんであれば、風見かざみさんに使わせる事は無いと思ったでしょうなあ。ですが、これが現実ですわ。最前線に放り込んで成長に期待する。失敗したら次の誰かに期待する。そうして残ったのが風見かざみさんという訳すわなあ」


 そうか……非道だな。

 どんな罪も被る覚悟だなんて言っておきながら、いざこれを聞かされるとまだまだ甘ちゃんだったと思い知らされる。

 俺はまだ、人を大切にするだけの良識を持っていたわけか。


 だが先代以前は違った。

 奈々ななは必ず守る。それはクロノスとして絶対に譲れないラインなのだろう。

 だが逆に、そこから先には踏み出した。

 躊躇いが無かったとは言わない。迷いも有ったろうし、他にも様々な手段を考えたのだろう。

 しかし結論は聞いた通りだ。

 だけど俺にはまだ、そこに踏み出す勇気は無い。


風見かざみに神罰を使わせると決めたのは誰だ」


「言うまでもありませんな。今あなたがダークネスと呼んでいる男ですわ。もし自分がこの世界から消滅したら、後は敬一けいいちさんを鍛え、日本に送り帰した後は風見かざみさんの神罰で本体を消滅させる。全て最初から決まっていた事ですわ。それで――それを聞いて、今の敬一けいいちさんなら実行できますか?」


「俺には出来ないと言いたそうだな」


「出来ないでしょうなあ。今の敬一けいいちさんは余裕があり過ぎますわ。風見かざみさんに神罰を使わせるという発想自体無かったでしょう。先代は――と言うより以前のみやさんは、よほど上手くやったのでしょうなあ。生かさず殺さず、先代の計画を忠実に実行してこれほどまでに育て上げた。見事と思います。ただそのせいですかなあ、先代に比べて、随分と甘ちゃんですわ」


 キツイいなあ……何も言い返せない。

 そもそも向こうのカラクリが分かっている今、神罰は選択肢にすら入らない。

 だけどこれはそういう話じゃない。彼らの嘘を暴こうとして、蜂の巣を突いた俺に対してどう思うか聞いているんだ。


 十分な覚悟をして来たはずなのに、俺はまだ話し合いと言う手段を最初に選んだ。

 だが決裂した場合を考えるのなら、不意打ちでもなんでもみやら4人を日本に送ってしまうのが正解だ。

 本気で敵対された時の事を甘く見過ぎていた。

 戦力外と見ていた黒瀬川くろせがわにすら勝てなかったかもしれない。

 しかも風見かざみには神罰があるんだ。全力のアレに俺が耐えられる保証がない。

 そして、俺が死んでしまった場合にどうするかの実例がある。彼らは、必要とあれば俺を排除する事だってできるのだ。

 なのに生かした。

 本当に、口だけの甘ちゃんだ。


「結局、お前が聞きたい事に応えていなかったな。もう分かっているんじゃないのか? 真実を話せば、計画を邪魔される恐れがあったからだ」


 全員が神ではない。

 みやは先代クロノス――要はダークネスさんの計画を忠実に実行することが何より大切だった。

 それは決着が付いてはいたが、それこそがより大きな計画を隠す為のカモフラージュだった。


 俺は風見かざみが壊れていると思っていた。

 それは別の意味で、今も変わってはいない。

 児玉こだまがいない事で――そして彼女の作戦でダークネスさんを始めとした多くの召喚者を失った事で、彼女から生きるべき意義が失われた。俺が奈々ななと先輩を失ったように。

 彼女が神罰を使う事は、確かにダークネスさんの命令だったのかもしれない。

 けれど、果たしてその時に受けただろうか?

 まあ無いな。こいつはそんなヤワなタマじゃない。二つ返事で断ったはずだ。

 けれどその時の戦いの結果、彼女はそうする事を選んだ。

 そして、そうなるようにみやと仕組んだのだ。


 みやが不慣れな悪口を言ってまで黒瀬川くろせがわとの距離を取らせようとしたのも、結局はこの件が露見する事を恐れたからか。

 黒瀬川こいつ信用されていないよな。分かるけど。


緑川みどりかわに真相を伝えようとは思わなかったのか?」


「言えるわけがないだろう」


 当然だな。

 あの忠誠心と、風見かざみへの恨みは本物だ。

 この嘘だらけの中で、あれだけは真実だと思える。

 それだけに、事実を知れば緑川みどりかわは自ら消えるだろう。

 わざわざ最強の札を自ら破り捨てる意味はない……か。


 そしてダークネスさんが復活して4年後。

 大規模な反乱がおきたそうだが、その時点ではもうまともなベテランなど残ってはいなかったのだろう。

 結果は言うまでもない。全員で束になってかかっても、フランソワ一人にすら勝てないだろうな。

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