【 3人で 】

第590話 あいつからもらったチケットか

「用件は分かるよね?」


 奈々ななの言葉は冷静で静かだが、それだけに怖い。

 というか、ここのカモフラージュは完璧だ。しかも俺が来るとは分からない。

 となると、考えられる可能性は極僅かだ。

 最も可能性が高いのは、先輩のエリアサーチで俺の帰還や居場所がばれていた。

 そしてそれが奈々ななに伝わった形だろう。


 もう一つ黒瀬川くろせがわが教えた可能性があるが、今の彼女が俺の邪魔をする理由がない。

 ハッキリとした態度にこそ現わさなかったが、彼女からしても谷山留美たにやまるみ椎名愛しいなあい。同期である他にも平山女子高等学校の仲間たちに会う事は俺で遊ぶよりも重要なはずだ。

 その事は、彼女が大切に飾っていた写真からでも分かる。


「今ちょっといい?」


 良いも何も、ここで奈々ななを放置して一ツ橋ひとつばしの元へ行くという選択肢はない。


「ああ、大丈夫だ。俺も帰るタイミングを見計らっていたところだったしね。一緒に帰ろう」


 奈々ななは暫らくじーっとこちらを見ていたが――、


敬一けいいち君も休む余裕が無くて大変だね。今日はゆっくりしよう」


 どうやら納得してくれたようだ。セーフ。

 塔の件は、残念ながら俺がいないと進まない。

 肝心の魂を特定する手段をまず教えないと、とっかかりが無いからな。

 だけどすまない、みんな。俺も命が惜しい。

 と言うより、実際俺も少し休みたい。

 フランソワとまあ一夜を共にしたが、それだけでは解消できないくらい疲労しているのが分かる。

 何かをしただけではない。ただこうして生きているというだけで、それくらい負担がかかるようになってしまったんだ。

 もう火の付いた導火線が迫っているような状況だろう。決着の時を早めないと、俺の自滅が先になってしまう。





 こうして、久しぶりに自室へと戻った。

 まあ正確には奈々ななたち女性陣の部屋だけどね。

 基本的に、休息や龍平りゅうへいとの話し合いは自室で行うが、団欒はやっぱりこっちだね。

 セポナが加わって部屋を拡張した事もあるが、やはり広い方が見栄えが良い。それに何より賑やかだ。


「よう、戻ったか」


「お前も任務からご帰還か。長かったな」


 部屋には既に龍平りゅうへいもいた。

 本体の襲撃では雑魚や眷族相手にパニックを起こした他の召喚者の面倒を見る羽目になり、結局戻りは俺が出かけた数日後だったらしい。

 こいつも他の召喚者とは一回りも二回りも違う分、便利に使われているね。


「さて、今日の夕飯はあたし特製のフルコースだよー」


 須田亜美すだあみがニッコニコしながら夕飯の盛り付けをするが、既に岸根百合きしねゆりは逃げる準備をしている。

 まあ逃がさないが。


 別に須田すだの料理が激マズと言う訳ではない。

 セポナに料理を教わるうちに、この世界のすっぱ辛い味付けに慣れてしまったのだ。

 そして岸根きしねはすっぱい物も辛い物も苦手である。

 ある意味、この世界で最も生きにくい人間だな。黒瀬川くろせがわが作った砂のおにぎりを食べていた方がマシなんじゃないか?


「こっちは召喚者通りでラーメンでも食べたいんだけどね」


 こっそりと伝えてくるが、残念ながら却下だ。

 食事はみんなで食べないとな。

 それにただの偶然だと思うが、前菜からいきなり一ツ橋ひとつばしの工房で見た鯛の丸焼きである。

 海なんて何処にもない。川で捕ったわけもない。

 ありゃ迷宮ダンジョンのモンスターだよなあ。

 悪いが、地獄は全員で見よう。


 そして全員が地獄を見た。

 まともに食べられたのが、奈々ななが作った塩を振っただけのサラダと言う所がある意味恐ろしい。

 俺もクロノス時代は相当に長い事この世界にいたが、ケーシュとロフレが気を使ってくれたからな。

 最初の頃こそ試行錯誤があったが、後は双方が合わせて行った。

 それだけに、この世界の味付けその物を食べると胃がびっくりしてしまう。


 こうして食事も終わると、後は普通に雑談タイム。

 だがただ無意味な話という訳ではない。俺がいない間、皆がどんな行動をしたか?

 そして何が出来るようになって、今できない事は何か?

 俺にとって、最重要は奈々ななと先輩を守る事だ。

 今はそれに須田すだ岸根きしね。それに他の召喚者のみんなも大切だ。

 黒瀬川くろせがわに言わせれば、やっぱり甘ちゃんなのだろう。

 それでも俺は、今の俺を通したい。

 その為に、塔をあそこまで改良……いや、余計な改良がくっついているんだよな。

 あれどうするよ。


「考え事?」


 無言で考え込んでいたのが気になったのだろう。奈々ななが心配して覗き込んでくる。

 うん、可愛い。これだけで生きていける。


「大丈夫。今のだけでも十分に元気が出たよ」


 とはいっても、現状を考えれば厳しいのは事実。

 既にタイムリミットは迫っている。

 それを解消するにはやっぱり奈々ななか先輩の力が必要だ。

 実は最近、セポナでも何とかなりそうな予感はある。

 やはり、あの最も苦しい時に支えてくれた想いが俺の中で大きいからだ。

 だけどそれをしてしまうと色々とお終いだ。頑張れ俺。


「なら良かった。でも今日はね、サプライズプレゼントもあるの」


「へえ? 意外だな」


 何だろう?

 誕生日とかじゃないし、任務を終えてきたねぎらいだろうか?


「じゃーん。黒瀬川くろせがわさんに貰ったの。特別な人しか使えない、予約制の大浴場のチケットです!」


 チケットは嬉しいのに背筋が凍ったのはなぜだ?

 というか、3枚あるぞ。


「全員分貰ったんだけど、話し合った結果ね、それぞれバラバラに行こうって事になったの。今日は敬一けいいちくんと私とお姉ちゃん。明日は岸根きしねさんと須田すだあみさん。そして明後日が西山にしやまくんだよ」


 そして耳元で小さく――、


「もちろん、泊りだからね」


 と言ってウインクをしたが、いや、それ普通に龍平りゅうへいに聞こえているぞ。

 どう考えても猛反対から殺し合いに発展する流れなんだけど……おかしい。


「俺も馬鹿じゃない。行ってこい」


 なんだと!?

 例え地球が滅びようとも決して言わないこの言葉!

 まさかこれは……龍平りゅうへいの姿をしたクリーチャー?

 いや、姿だけコピーした風見かざみか?


「茫然としてるんじゃねえよ。お前達は今夜だ。さっさと行ってこい」


 気味が悪い。本当に何があったのだろう。

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