第586話 状況が目に浮かぶ

「それに関しては、私が話した方が良いでしょう」


絵里奈えりなちゃんはもう無理をしなくてええですわ。ウチが話します」


「実際はそう呼んでいたのか。ちょっと意外だったな」


「公私混同はしない主義ではありますが、今の状況を見てしまいますとなあ」


 本質的に、つかみどころがない人間な事に変わりは無いな。

 真面目ではあるが、とんでもない所で常識を超えた不真面目さがある。

 そして普段は意外なほどに無口だが、大人しい訳ではない。

 ただ一つ、面倒見が良い事は確実だ。

 あの4人でいた姿がまぶたに浮かぶよ。


「いいから聞きなさい。公私混同をしない主義なのは私も同じ。あの日、クロノスが消えた日に作戦を立てたのは私で間違いないわ。その前に主力を張っていたみんなは全滅して、初めて前線じゃなく後方での指揮を任されたの」


 そもそも風見かざみを前線に立てるのもどうかと思うが、数は力だしな。参謀が他にいるなら数合わせに前線に立たされてもおかしくはない。


「初めてだったし、それはもう入念に準備をして、奴のこれまでの動きを考えて、何とかこれ以上無いって作戦を立てたの」


「……やめてくれ……やめろ、やめろ、やめろ! もうたくさんだ。その話はもう終わったんだ! 今は俺がクロノスで、全部の指揮は俺が行っている! それで良いんだ!」


みや……?」


「今度こそお前は追放とする。だが今更意味がない事も分かっている。ダークネスの元へ行け。必要な事は追って連絡する」


「落ち着いて……お願い……」


 両手の拳を握り、プルプルと震えている。

 ああ、そうだ。失敗した。

 移動中も考えていたし、大事だったから気がはやっていた。

 今までまともだったから油断もあった。

 誰もが疲れ切っている……みや自身が言っていた言葉だ。

 俺が目覚めた事に気が付いていない時、みやはこんな感じだった。だからあれは演技じゃない。

 だけどその後が普通だったし、それだけに演技も雑だった。だから油断していたよ。

 あの後落ち着いたのは、俺が本当に成瀬敬一なるせけいいちだと知って肩の荷が下りたからなんだろうな。

 それまでおかしかった原因はやはりクロノスの死と……風見かざみそろった時か。


「今は静かにしてやりたいところだが、鎖で縛ってでも聞いてもらうし話してもらう」


「きっつい言葉ですなあ。でも、さっきとは少し違いますな。棘があまりありませんわ」


「どうしても知らなきゃいけない事に変わりはないけどな」


「クロノス、落ち着いて。ここから先は、私自身との戦いよ」


「そうもいくまい――」


「動かないで! このままじゃ、私は里莉さとりに合わせる顔が無いの」


 その言葉はみやにも届いたのだろう。

 知り合いだったのか、それとも風見かざみの覚悟に飲まれたのか。

 力無く椅子に座り、下を向いたまま動かなくなった。

 ちょっと心配にもなるが、とにかくもう邪魔は入らない様だ。


「待たせて悪かったわね」


「どうでもいいさ」


「そう……なら構わないわね」


 こいつは変わらないな……。


「さっきの通り、私は作戦を立てて奴との決戦に挑んだ」


「双子は何処に配置した」


「やっぱり知っているのね。当然、クロノスの横に配置したわ。決して死ぬ事の無い最大戦力。使わない方がおかしいし、使う以上は最前線よ」


 確かにその通りだ。

 今更嘘はつかないと思うが、ここからどう繋がるのか。


「そしてそのまま戦闘に入った。とはいっても、本体を見つけるのは容易ではないわ。迷宮ダンジョンの地図は不完全だし、相手は何処にいるかもわからない。向こうは僅かの危険も回避するから、追い詰めない限り自分から姿を見せる事もないし」


「どうやって対処したんだ?」


「いつもの様に、人海戦術よ。ラーセットの人々や富に魅かれた流れ者。それらを召喚者が率いて目標の周辺から進軍するの。今回はこちらもセーフゾーンは把握していた地形だったわ。迷宮ダンジョンがどう繋がっているかは分からないけど、とにかくセーフゾーンを押さえて……それに抜けられた時のために探知機も大量に配備したわ」


 相変わらず入念に準備していたんだな。


「こうやって周辺を囲って、奴に同化される前に片を付ける予定だったの。その時に里莉さとりもいたわ」


「そこらで良いでしょう。事情はウチも知っております。後はこちらで――」


「いいの、黙っていて! これはけじめよ」


「なら、そう致しましょうか」


 黒瀬川くろせがわは、諦めたように煙を吐いた。

 ここまで聞く限り、他に手が無いなら俺でもそうしたかもしれない。

 だけどやる勇気はなかなか無いな。


 最初の本体の時点で、戦闘力はもう相当なものだった。

 俺がクロノス時代のトップエースだった千鳥ちどりのチームでも歯が立たなかった程に。

 それを俺と龍平りゅうへいが協力してようやく何とかなったんだ。


 二人はスキルの差の違いだけで、千鳥ちどりの能力はあの龍平りゅうへいと比べても遜色のないものではあった。

 ただ違った点は、龍平りゅうへいのスキルが戦闘に特化したものだったという事だろうな。

 まあとにかく、千鳥ちどりの場合は本人に他と比べても稀な才能があった事が大きい。

 そして龍平りゅうへいは一度自分を壊してまで手に入れた力だ。

 そう考えると、その頃のメンバーに龍平りゅうへい千鳥ちどりに匹敵する人間は何人いるよ。

 せいぜい最古の4人にフランソワがギリギリか。

 その中でも、奴と戦えるスキルと考えると緑川みどりかわとフランソワ。

 みやは俺や普通の人間には強いが、防御は並だ。触れた瞬間に衝撃波を受けたらひとたまりもないだろう。

 当時は他にも戦える奴がいたかもしれないが、主力が全滅した後の戦いか……。


 やはりだめだな。

 よほどの切り札が無いと勝ち目はない。このままでは、壊滅確定の玉砕戦だ。

 それを覆す為の双子だったのだろうが……。


「作戦は最初の内は予想通りだった。でもすぐに崩れて、後はただひたすら混乱の中にあったわ。本体は見つからず、押さえていたセーフゾーンは幾つも落とされ、情報も錯綜したし、何より私が誰からも信じられていなかった。ううん、それは少し違うわね。クロノスと里莉さとりだけが私を信じてくれた。でも、私はその期待に応えることは出来なかったのよ。時間が経てば経つほど戦況は、悪化して、もう誰も私の言う事なんて聞かなかった。入ってくる情報もどんどん支離滅裂なモノになって来て、今どの地点に誰がいるかもわからなくなっていた」


「クロノスはどうしたんだ?」


「双子と共に眷族を掃討しながら本体探しよ。それはいつもの事。でもアイツは逃げる。人間が――それも召喚者がどんな力を持っているか分からないから、絶対に自分では戦わない。だから戦いながら、次第にクロノスと双子は離れていった。探す為にね。そんな時に、多分出会ったんだわ。死にかけの本体と、彼にね」

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