第583話 頼むから協力してくれよ
「いや、殺すなって」
とは言いつつも、迫りくる腐敗の気配を感じている。
いつもは赤や黒、紫に緑に青と、様々な色が混じり合った霧によって、同じ様な色に腐敗して溶ける。
しかし今ゆっくりとこの研究室自体を腐敗させているのは、無色透明にして無味無臭。
こいつめ、奥の手をしっかりと隠していやがったな。
しかも今回は、ガチで殺す気だ。
大事な研究室まで巻き込んでいるのだから、相応の覚悟なのだろう。
「これは命れ――」
と、言いかけたとたんに入口からノックの音が小さく響く。
ここはあの
今の戦闘の音が、僅かでも外に漏れたとは思えない。
となると――、
「命ぜられるまでも無かったな。我々教官組は、指定された処罰対象以外には手を出せない。これは純然たるルールだ。お前でも分かっているだろう」
「元々
というかしっかりと俺を巻き込んでいたぞと抗議したい所だ。
それにそんなルールがあるのに喧嘩は良いんだな。
まあ
「よく言う……まあいい、アンタに客だ」
そう言うと、入り口が音も無く開く、
そこに居たのは、予想通り先輩だった。
「あの……お邪魔します。あ、いた。
さすがに昨夜はフランソワの所にいたとは言えない。
バレているだろうけど口には出せない。
ダークネスさん……アンタはやっぱり俺だよ。
「迷惑なんてとんでもない。逆に助かったよ」
「そう――なら良かった」
巨大な胸を撫でおろして心底安心そうな顔する。
なんだか申し訳なくなるよ。
これからは、もっと心配をかけないように注意しなくっちゃな。
一方でフランソワと
「それで何をしていたの?」
「ああ。ちょっと召喚に関して相談していたんだ。色々と専門的な話になるから、技術者だけでね」
「そうなんだ……本当にごめんね、邪魔をしちゃって」
「いや、丁度休憩にしようと思っていたんだ。瑞……先輩もどう?」
「ううん、邪魔しちゃ悪いし。無事な顔も見られて安心した。お仕事頑張ってね」
「ああ。ありがとう」
〇 ▽ 〇
……研究って、随分激しいのね。
音もなく扉が閉まった後、
〇 ▽ 〇
「それで、まさか続きを始めるとか言わないよな」
「命令は確認したと言っただろう。そこのバーサーカーが手を出さない限り、こちらも手は出さない」
相変わらず床に落ちた不気味なタイの死体がしゃべるが、直上から射出された鉈が容赦なく首を刎ねる。
「こちらも
説得力の欠片も無いなー。
だけど実際に、
そんな事を考えている内に、再び車椅子で
相変わらず全身紫色の包帯で、あれが本体か分からない。
というか、俺が判別できないって相当だぞ。
スキルじゃないだろうし、そうするとアイテムか。
掘り出し物か改良か……どちらにしてもたいしたものだ。
最古の4人が使っている
「それより、さっきはなぜ攻撃されたんだ?」
「空気を読めない。ただそれだけ」
「そんな事で殺されてはたまらないな。もう少しきちんとしつけておいて欲しいものだ」
それに関しては俺の不手際だな。
ただフランソワが攻撃に入るまでの時間が短くて、なかなか制止している暇がないんだよな。
もうちょっと素人っぽく躊躇してくれるなら良いんだけど、プロの殺し屋並みに決断と行動が速い。
気が付いた時にはもう攻撃を済ませているからなぁ。
俺ももう少しなんとかしないと。
「それで先ほどの塔の話だが、理論的には可能だ。別の方向性だが、考え自体はあったし不完全だが理論も構築してある」
「早いな」
「元々、塔を改良する計画自体はあったんだよ。
「わたしには無かった……」
「当然だろ。いつ周りをぶっ壊すか分からない危険人物に、そんな大切な物を触らせるかよ」
フランソワの殺気が膨れ上がるが、肩に手を置いて落ち着かせる。
というか、さっきの様子を見るかぎり似た者同士だろうが。
ただまあ、いきなり攻撃するフランソワと身を護るためなら周囲全てを巻き込むこいつだとタイプはまるで違う。
フランソワの場合、逆に自分の
「そんな訳で、例の塔の改良に関してはクロノスに許可を取ったんだよ。自由に触らせろとな」
「よく許可が下りたな……って言うまでもない事か」
「とっくにお前が改良済みの塔だしな。そういう訳だ」
あの塔はフランソワとお前が改良したんだよとは言ったが、まあ実感がある訳も無し。その点は仕方がないか。
元々俺が召喚された時点で、本来ならすぐに
目的は言うまでもなく、あの時の俺と同じ。日本への帰還に間違いはない。
当時は数か月で俺が時計を盗んだのでほとんど進まなかったろうが、改良のヒントとさえあれば僅かな時間でそこまで出来るのか。
さすがは技術屋だな。
まだむくれているフランソワに話を付けなかったのは……今のやり取りを見れば馬鹿でもわかるか。
どちらにやらせても何かしらの成果は上がると思うが……
とはいえ、基本引き籠りの
「それで最初に考えたのは、召喚する人間を選べないかと言う事だった」
「それ自体はあたしも考えた。だけど実現は不可能。そもそも“誰か”を特定する基準が無かった」
そうだな。この点はしっかりと方向性を定めておいた方が良いか。
「……だった、だろ。今はある程度まで絞り込める。先ずは塔の召喚システムから手を加えるか」
「どのような方向に変更する予定ですか?」
「今更だけど、50人制限があるよな?」
「はい、それはあります」
「なのに死人が召喚されてきたり、人数が不足する事は無い。それに今まで老人や赤子が召喚された事も無い。何らかの基準で選別しているわけだが、おそらく条件に合致する人間を探す為に何度もリトライして人数を合わせているか、一度召喚している人間を外しているか……まあ色々と考えられる。だけど、戻した人間は召喚される。なら塔がしている事はリトライだな。それも短時間で相当試しているだろう」
「そこまで識別しているのなら簡単だ。座標をこの世界にすれば、今まで死んだ人間だけが召喚される事になる。ただ問題は――」
「肉体の方ですね。魂はこちらに呼んでしまったので、日本には死体だけが残っている状態です。そうなると、こちらにあるのはこの世界の法則から外れた残像のようなものですから、今まで1つの手順で済んだものが2つを組み合わせる必要が出て来ますね」
死んだ人間をどうにか日本に帰せないか?
クロノス時代、どんなに考えてもダメだった。
だけど今、もっと上の事を検討している。
やはり一人では限界がある。確実な情報と、俺よりも優れた専門家の力は大きいな。
「別にそれでも構わないが、結局は魂と肉体がリンクしていなければ確実に問題が起きる。やはり肉体は魂と同じ器が必要になるだろう。もっとも、そいつの話が事実ならな」
「
真っ直ぐな目をして
「だとさ。まるで教祖様だな。それであんたの意見としては?」
「俺が得た情報に、間違いはないと考えてもらって大丈夫だ」
「大した自信だな」
あのメッセンジャーと、かなり強力なセーフゾーンの主が使っている端末である双子。
連中が本気で奴を滅ぼしたいのであれば、そこから出た情報に嘘はない。
ここで俺を
「自信じゃない。確信だ。後は君たち次第だな」
「そこまで言うのならやるしかないさ」
「絶対に成功させます!
これでこの件は二人に任せておけば大丈夫だろう。
さてここからが問題だが……いや、時は金なりだ。ギャンブルをしている暇はないさ。
「これから何が有っても、必ず研究は続けてくれよ」
「は、はい! お任せください。それで……
「ちょっと正しい情報を得るためにね」
少し不安を与えてしまったが仕方がない。
俺だって不安なんだ。色々とな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます