第579話 奇妙な事をしたものだ

「では話を戻そう。俺はこの時代に来るのは2度目だ。勘違いや、とても似た世界というわけでも無い。本当にそのものだ。だけど、それはさっきの話と矛盾する。この世界は消え去ったはずだ。地球――俺たちの世界に奴が現れた事で、それは確実と言えるだろう。なぜだ?」


 奴が俺を取り込んでいるのなら、ハズレのスキルを使えば何か手はあったのかもしれない。

 けれど、今まで2回出会ったが、どちらも使っては来なかった。

 戦闘系ではないにせよ、俺がここまで生き延びているんだ。使えばそれだけ有利に戦えただろうに。

 やはり完璧ではない。

 自らの生存に徹底して執着する奴だ。使えるならもっと派手に使いまくるだろう。

 やはり制御アイテムの無さが響いているのだろうし、使い方も不完全にしか理解できない。

 しかし反面、力はどんどん強大になるし……何より解消法を知ってしまったら大変な事に事になる。

 とても口には出せないような惨劇が始まるぞ。

 まあ、アイツの場合は人である必要なないと考えたいな。

 エロゲーじゃないんだし。


「考えられる可能性は幾つかあるそうですが」


「最も可能性が高い理由としては、もう一つ時計を手に入れた可能性です」


「ですが、本体が持っている程度の品では意味がありません」


「この時間を留め残すほどの力を秘めた時計となると、この世界に初めて登場し」


「その後数多くの召喚を正しく行った、大いなる力を蓄えた時計かその一部でしょう」


 すみません、俺時計を持ち帰る時に、一部を無くしました。

 それも最重要アイテムである、時計の針です。


「今の話で大体分かった……」


「つまりやらかしたのですね」


「何で分かるんだよ!」


 何て言うだけ無駄か。

 本当に隠し事が出来ないこの性格が恨めしい。


「つまりは成瀬敬一なるせけいいち様が最重要アイテムを失うという前代未聞の失態をしたため」


「本体がそれを入手して、この今が残ったわけですね。これを”せい”と言うのか”おかげ”というのかは分かりかねますが」


 まあね。

 しかし複雑な感じだ。

 あそこで俺が時計の針をなくしていなければ、この今は無かった。

 代わりに奴への復讐を果たし、全てが終わっていたのだろう。

 俺の人生への希望も含めてな。


 だが、今ここには奈々なながいて、先輩もいる。

 絶対に叶わなかった夢がある一方で、絶対に敵いそうに無いほどに成長してしまった奴がいる。

 けれど、どちらがいいかと問われれば答えは1つしかない。

 希望がある今だ。


「まあそんな訳で」


「何がそんな訳なのかはわかりかねますが」


「予想は付きます。それに関してはダークネス様の判断を仰いでからとなりますね」


 やはり協力の要請は見抜かれているか。

 しかしよくよく考えると、分体とは言えセーフゾーンの主。それをここまで調教するとは、やはりダークネスさんは凄かったのではないか?

 俺にも同じ事が出来たのだろうかと考えると、やはり難しいのではないかと思う。

 というか、そんな様子を誰かに見られたら吊るわ。

 つかダークネスさんの死因って、それ関係していないよな!?

 日本なら逮捕待ったなしな話だぞ。

 いや、その前にこれも確認しておかないとだな。


「どうして今の時間が残ったと思う?」


「わざわざ先ほどと同じ質問をするという事は、意図は大きく違うという事ですね」


「その内容も分かります。おそらく、現在よりもさらに過去。ラーセットという国を襲撃する以前の歴史をエネルギーにしたのでしょう」


「そんな事が出来るのか?」


「理論上は可能ですが、自らの過去を大幅に失う事になります」


「既にこの時代にいるわたくしたちの記憶に変化はありませんし、作られた物、書かれた物なども残ります」


「歴史自体を改変する力はありません。ただエネルギーとして消費しただけです」


「それが過去だとしてもか? と言うか過去改編どころか過去が丸々消滅だぞ? 歴史に影響は出ないのか?」


「映像の最初を切り取っても、後ろに変化はございません」


「アレの力とは、そのくらいのものです。過ぎ去った事実を後から消し去ったとしても、残った現実に変わりはございません」


 いや、十分すぎるほどの力だけどな。

 でも確かに時間が消えても記憶は継承され続けてきた。

 そうなっているのだから、そうなのだで構わない。

 奴を倒す事自体に影響がなければそれで良いんだ。


「通常、時間の途中が抜けるなどという事は有り得ないのですが」


「実際にそれをやったのだと考えられます」


「何処まで固定されていたかは不明ですが、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様が関わっているとしたら、おそらくラーセットという国が襲われたあたりからだと思われます」


 どのみち、俺がこの世界に召喚された所までしか戻れない事実は変わらない。だからそこまでの時代があったとしても意味はない。けどそれは結果論だ。

 なぜだ? そんな事をするメリットが何一つない。

 今までは消してきたんだろう?

 中間ではなく、戻るまでの時間軸全てを消してきた。だから未来はまた新しく広がっていたし、逆に奴には過去という逃げ道が常にあった。

 だがこれでは背水の陣だ。

 しかも奴が神罰によって地球に行った時点で、未来の俺は確定していなかった。

 当然こんな状況になるなんて、奴は知らない。俺だった分からなかったし、当然誰一人として考えもしなかったろうさ。


 ……もし好意的に解釈するのなら……いや、今はそれ以外にあり得ないが、やったのは奴に取り込まれたダークネスさんか。

 肉体しかないと思っていたが、もし少しでも意識というものがあったとしたら?

 もちろんここで奴を倒すためとは思わない。

 ただ何とかして止めたかったのか? 神罰からの離脱を。


 ……いやいや、だけどそれは難しい。失敗しているが、そういう事じゃない。

 実行するためには、本体がそれを納得しなければいけないだろう。

 たとえ取り込まれた時に意識があったとしても、奴自身を操れるとは思えないからな。

 やはりただの偶然か? それとも、そもそもそんな事は起きていなくて、別の理由と考えて方がいいのか。


 だが現実に、この時間は残っている。

 残っている以上、メッセンジャーの言葉は正しいと考えて良い。

 俺が召喚された時点までにしか戻れない事に変わりはないが、仮に俺が倒されて繋がりが切れたとしても、その先にまた限界地点がある事になる。

 一度今の状況で奴を過去まで戻してみたいが、自分自身で消し去ったんだ。絶対に戻れない事くらい知っているよな。

 当然やりもしないし出来もしない。

 奴自身の制約は、そのままこちらが付け入る隙だ。

 ここに来た甲斐もあったって事だ。

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