第576話 勝てるかもしれない
まあそちらの方は建設的に考えておくとしてだ――、
「取り敢えず、それには聞きたい事が色々とあるんだ。悪いが翻訳してくれないか?」
「その前に2つお尋ねいたしますが、なぜこれをご存じなのですか?」
「それと翻訳が必要な事も疑問です」
「諸所の事情でそいつの事は知っていたんだよ。だけどこいつは色々と情報を知っている割に、『そのとおりだ、しょうかんしゃよ』としか言わないからな」
「そうでございましたか。確かにこれは所詮本体から切り離された分身体。相手に合わせて言語を選ぶだけの応用力も知性も持ち合わせてはおりませんね」
なんだかすごく毒を含んでいるなー。
「それで何をお聞きしたいのでしょうか?」
「山ほどあり過ぎるんだが、どうして今あんな姿になっているのかを教えてくれ。戦ったのなら、今の姿は知っているのだろう?」
軽く頷くと、人の耳には聞こえないような音を発する。
それと同時にメッセンジャーも同じような音を発した。
時間としては、コンマ数秒程度だろう。
「姿が変わったのは、取り込むという事を学習したからだと言っておりますわ」
「話の流れからして、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様を取り込んだ事で覚えたと言っています」
「今の短いやり取りだけでそんな事を話したのか?」
というか、そんな事に驚いている場合じゃない。
じゃあ今までのメッセジャーと同じ形状の奴には双子の力を温存した結果逃げられ、最期は負けて取り込まれたのか?
ダークネスさんの株が急降下なのだがどうにかしてくれ。
俺の株でもあるんだぞ!
「その時の状況に関して、君たちは何か知っていなかったのか?」
「わたくしたちは別行動をしておりまして」
「合流する頃には既にクロノスという存在は消滅しておりました」
双子無しで戦闘に行くほどの余裕があったとは思えないから、何らかの理由で何処かへ派遣した。しかしその間にって所か。
ただそれは仕方がない。俺たちは神じゃないんだ。しかし――、
「ダークネスさんを取り込んだってどういう事だ?」
相変わらず1秒にも満たない短いやり取りの後――、
「そのままの意味でございます。おそらく相当な窮地に追い込まれたと思われます」
「その状態ですと奴は消滅を待つばかりでしたが、そこで生きてはいないけど死んでもいない、奇妙の状態の物を見つけたのだろうと」
「それを取り込む事で」
「急激な強化に至ったと考えられると言っております」
「あの短いやり取りでそこまで伝わっているものなのか?」
「信じるかどうかはお任せしますが」
「やはりわたくし達の言語は理解していないのですね」
あの超音波みたいなやつだよなあ。
理解する以前に聞き取り事も出来んわ。
それにしても、確かに何となくわかった。
元々、他の生物を取り込む能力自体はあったのだろう。
だが使わなかっただけだな。自分より弱いものを取り込んでも、それはただ肥大化するだけでしかない。
奴にとって、
なら眷属は?
後で聞いてもいいが予想はつく。不可能だ。
あれはもう死んでいる。ただ本体によって動かされているだけだ。
”生きてはいないけど死んでもいない、奇妙の状態の物”
それが取り込む条件だとしたら、状況としては限られる。単純に言えば
だがそれ以外でも、そんな状況になれる奴がいる――俺だ。
以前は肉体をバラバラに吹き飛ばされて
あの時も、俺の肉片は残っていた。丸々残っていても、何ら不思議ではない。
初めてダークネスさんが俺のスキルの説明をしてくれた時に言った言葉。
"誰も貴様を認識しない。貴様もこの世界を認識しない。世界にありながら存在しない影法師。幽霊よりもなお希薄な存在。例えば今貴様がこの地で滑らないのは、体の一部をこことは違う、別の世界の法則に置いてあるからだ。その分だけ足元は安定はする。この世界の影響が薄れるのだからな。だが当然、それだけ貴様の体はそちらの世界。つまり理外だ。
当時はまるで理解できなかったが、今となっては十分すぎるほどわかっている。
おそらく、俺は戻れないところまで行ってしまった。
より世界から離れて行けば、いずれ死体もタダの肉塊になるだろう。
しかしその時はまだ、精神と肉体はまだリンクしていた。
まだ肉体に戻れる可能性はあった。
だが――取り込まれて消えたのか?
だとしたら……。
「顔色がすぐれないようですが」
「大丈夫ですか?」
「まあ……ね。ちょっと解決しないといけない問題が1つ増えただけだ。それより君たちは知っていたのか?」
「肉体が取り込まれた件に関しては存じ上げております」
「先ほど少し言いかけたのがそれでございます」
確かにショックだが、大丈夫と言えば大丈夫だ。
今の話で結構な事が分かった。
今のあの姿……俺以外にも様々なものを取り込んだのだろう。
そんなに沢山”生きてはいないけど死んでもいない、奇妙の状態の物”があるのかといえば……ある。
だけど力加減が非常に難しい。まさに生と死の天秤の中間地点。そんな状況、普通は1秒だって無い。
けど不可能ではない。例えば、俺ならこのスキルでその生物をその状態にすることは可能だ。
命を外したとき、少しだけこちらに残す。
もう肉体も精神も死んだ状態。けれど正確には死んではいない状態と言えるだろう。
それともう一つ、奴はクロノスでありダークネスさん。つまりは先代の俺を取り込んだ。
だがそれだけか?
あのグロテスクな見た目を考えれば、もっと沢山取り込んだに違いない。
けどいいのか? そんなに無分別に取り込んで。
肥大化して、逆に弱くなってしまうのではないのか?
しかしこれも解決できる。
両方とも、ただ一つ、共通した手段でだ。
奴は、”ハズレ”スキルを習得している。
邪魔な部分があったり、根本的に不要だったら外してしまえば良いだけだ。
だが完全ではない。使うべきところで使えていない。
俺を追いかけた時なんかだな。あいつは普通に走って来やがった。
使い方をまだ把握できていないだけかもしれないから、完全な油断はできないけどね。
考えると気が重いが、こちらにとって都合の悪い事は、本当に相手にとって都合の良い事か?
クロノス時代、
それから考えれば、必ずしもそうでは無い。
こちらで初めて奴に会った時、明らかにおかしかった。
次に会った時は少し冷静にも見えたが、俺からすればかえって不気味だった。
悪影響が進行していると考えれば、納得も行く。
そしてラーセット襲撃。
確かに驚いたが、あまりにも稚拙な襲撃だ。
配下の数も少なかった。見つからないように慎重に移動させたから、それだけ制限されたのだろう。
そして神罰を知らなかった点から見て、クロノスの記憶はない。それはダークネスさんが持っている。薄れつつあるけどな。
それに何より、ダークネスさんもまたハズレスキルを持っている。
精神と肉体、どちらにスキルがあるかは不明だったが、結論は両方か。
だが確実にダークネスさんの方が使いこなしている。
奴はただ、制御アイテムもケアする事も出来ず、狂いながら力をばらまいているだけだ。
今現在知性があるのは、スキル自体が弱いからと新たな精神がここに来たからだろう。
となると、あいつは俺と共にここに来た本来の奴と、壊れた意識との狭間で揺れ動いている事になる。
確かに強い。けれど、どうやら付け入る隙は色々とありそうだ。
「随分と悪い顔をしておられますね」
「まるで女性を襲う前のブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様のようでございます」
「ほっとけ!」
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