第575話 懐かしの対面というべきだろうか

 そんな話をしながら、目的の場所に到着した。

 懐かしいレンガの入り口だ。

 実際には単純なレンガの壁に見える何か。例えつるはしでどれほど叩いても傷さえつかないだろう。

 セーフゾーンってのは、大抵そんなものだ。

 この壁のパズルは全部覚えているが――、


「この中でよろしいのですか?」


「ああ、開けてくれ」


「それでは失礼して」


 と言いつつスカートの端をつまむと、下着が見えるギリギリまで上げて一礼する。

 まあ黒い霧のようなドレスのような衣装のせいで透けて見えてはいるが、生で見えそうになってちょっとドキッとする。

 いやいや、しちゃいけないだろ。見た目はセポナよりさらに年下だぞ。


 そんなセルフツッコミをしていている間に、レンガのパズルは簡単にクリアされていった。

 見た目に反し、音もなくレンガの扉が不規則に開く。

 そしてその先に居たモノ――ではないな、あったモノはあの時と同じ、奴の分身……というよりメッセンジャーであった。

 無事でよかったよ。奈々ななの攻撃に巻き込まれていたら予定が全部飛ぶところだった。


 姿はクロノス時代に会った奴と同じ。

 二つの巨大な麦わら帽子をくっつけたような、いわば土星の輪がくっついたような球形の青白いゼリー状の物体だ。

 ようは本当の姿だな。今の奴とは大違いだ。

 当時から話は通じている様で通じていなかった。

 詳しい事は、双子に聞いた方が良いだろう。


「これはこれは、こんな所に珍しいものが転がっているとは思いませんでした」


「ただ転がしておくと外に出てしまうかもしれません。ここは埋めておくのがよろしいかと存じ上げます」


 ……そういえば仲は良くなかったんだっけ。

 初めて出会った時も、『いつも偉そうにしていたこいつが、こんな姿になっていたのがたまらなく面白くてな』と言っていたしな。

 それにやっぱりなんだけど、今のやり取りだと今の時間軸では出会ったのは今回が初めてか。


 本来なら、過去は同じはずだ。だが違う。

 クロノスとしての俺の行動が、あの時代の双子の行動を変えさせた。

 そもそも、当時はなぜこいつを見つけたんだ――って、ただの偶然だった。

 たまたまここを通った時にだったな。

 しかしこの時代だと、ここを通らなかった。

 いや、それはちょっと違うが、今はまずそれでいいか。

 取り敢えず考えられる可能性としては……。


「この辺りにも、召喚者は来ていたのか?」


「確かにこの近辺に召喚者が来た事は何度かございます」


 メッセンジャーを踏んだり蹴ったりしながら口調だけは厳かに答える所が何と言うか。

 でも壊してしまうつもりはなさそうだ。遊んでいるだけだろう。


 しかし何から聞いたものか。

 強化した理由なんて知っていたら、以前クロノス時代に出会った奴も積極的に自分を強化したはずだ。

 だがしなかった以上は――うーん、一応は聞いてみるか。


「今のこいつの本体がどんな姿かは知っているか?」


「確かに存じ上げております」


「これでも何度か戦っておりますので」


 マジかよ。俺と双子でもダメだったのか!?

 もう詰んでないか?

 なんて諦めるわけにもいかないか。


「その前の形状――今のそれだな。その状態と戦った事は?」


「あるにはありますが、全て逃げられました」


「全力なら或いはとも思ったのですが、わたくしたちの全能力は秘匿されていましたので」


「それになによりも――」


「いえ、その話は順番に致しましょう」


 少し気になるが、説明してくれるのなら今は脱線せずに素直に聞くとしよう。

 どんな経緯かは知らないが、一応双子が人間でない事や強力な事などは周知の事実か。

 ただ切り札的な感じでもあったのだろう。

 ここぞという必殺の場面で使いたかったのだろうな。

 そして使い処が見つからないまま今に至ると。

 ちょっと情けないな、俺。


 ……と言ってしまうのは簡単だが、その辺りは似たようなモノというかなんというか。

 同じ立場なら、多分同じ状況になったんじゃないかな。

 俺がかつてクロノスとしてやって来られたのは、事情の全てを知る風見かざみというブレーンがいてこそだった。

 能力を秘匿していたのなら、彼女には頼れない。

 それに話を聞く限り児玉里莉こだまさとりの問題もある。

 双子と協力関係になったのがいつでどんな理由かは分からないが、最後は既に決まっているわけだ。

 というかさ――、


「君たちはどうしてダークネスさんと行動を共にする事になったんだ?」


「いつもの様に迷宮ダンジョンを探索していたら、獣のように襲われたからでございます」


「獣というよりケダモノでございますね。あれに人としての知性があったとは思えません」


 聞かなきゃよかった。

 ダークネスさーん!

 勘弁してください本当にマジで。

 というか――、


「よく素直に……なんというか……アレだな。まともにやり合ったら、君たちの方が強いだろう」


 よくそこを生き延びたな俺。

 つか双子に襲い掛かるとかどんな状況だよ。

 一目見れば、力の差が分かりそうなものだが。


「一応何度も倒したのでございますが」


「しぶといと言いますか……この点はご本人が一番詳しいかと。ただ――」


「理性を無くした召喚者というものに興味もあったからでございます」


「それに実際に接してみますと、色々と面白い点もございましたので」


 もう簡単に状況が想像つくわ。

 それならまあ納得だ。そのまま放置すれば、最期は影となって消える。

 しかしまあ……女性なら何でもいいというか、もうちょっと何とかならなかったのか。

 セポナに手を出した俺が言うのもなんだが、こいつら強化される前の本体より強い正真正銘の化け物だぞ。

 そりゃまあ……可愛いけどな。

 ただ俺の姿ではやらないで欲しかった。


「その後はブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様と行動を共にしておりましたが、ここにこんなものがあったとは思いもよりませんでした」


「もっと早く知っていれば、他にも色々と使い道もあったのでしょうが」


 そういいながら分身体を天井まで蹴り上げる。

 お願いだからやめてください。それにはまだ聞きたい事が山ほど残っているんです。


「と言うより一つ気になっていたんだがいいか?」


「なんなりと」


「いや、君たちは知らないと思うけど、何だか口調が俺が知っている君たちよりも丁寧でな」


 そう、龍平りゅうへいが変な言葉を押せる前は――と言うかその後も、双子の口調は事務的な感じだった。

 そしてダークネスさんと一緒にいた双子はそこそこ丁寧だったが、ここまで丁重では無かった。

 実は時間軸が前と違うとかは勘弁してほしい。


「それは単純に、そこまでの価値が無かったからと思われますわ」


「わたくしたちも、相手は選びますので」


 なんか酷い事を言われた気がするが、今の俺はそれに値すると考えても良いんだろうと思っておこう。

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