【 奴を知るために 】

第573話 自分を相手にするのはなかなかに大変だ

 何はともあれ、記憶を日本に持ち帰る話は保留だ。

 100パーセントの保証もないのに、不安がらせてどうするよ。

 今考えるべきは、日本で奈々ななの包丁をどうかわすか……じゃねーよ。


 とにかくダークネスさんと双子に関してだな。

 ダークネスさんの住処は、以前にも来た質素な家だ。

 自分の家にいる自分を訪ねる時、一体何と言って挨拶すればいいのだろう?

 等と考えたが、そんな心配は稀有であった。

 考えてみれば、前回も到着と同時に察知されていたっけ。


 ノックをするまでも無く、双子の片方が扉を開ける。


「どうぞお入りください。ご主人様がお待ちです」


 さすが俺だ!

 教育は完璧。龍平りゅうへいが教え込んだ似非メイド喫茶の店員のような不自然さは無い。

 服もあの時と同じ。白い下着が透けている黒い霧のようなゴシックドレス。

 うん、こちらの方が、双子に対する俺のイメージにピッタリだ。

 人ならざるものを強調しながらも可愛らしさとフェチズムを忘れない。

 さすがは俺と言いたいが、コホン……とにかく平常心で向き合おう。

 というか、俺ってこんな性格だったか?

 なんだか色々と毒されているような気もする。


 案内されて家に入るが、ここはどこも構造はほぼ同じ。

 ダークネスさんの家も玄関から短い廊下を経てリビング。

 その奥は寝室がある普通の造りだ。


 既にダークネスさんは奥のリビングにあるテーブルにこちらを向いて座っており、双子の片方は横に控えている。


 何も言わずに先に進むと、案内していた方の双子の片割れが無言で対面の椅子を引く。

 しかも、同時に控えていたもう片方が茶を淹れ始めた。

 実に流れるような動き。改めて、龍平りゅうへいではなく自分で教育した方が良かったんじゃないかと思ってしまうね。


「先ほどから視線が怪しいが、やらぬぞ」


「いや、そういった意味じゃないんだ」


 というよりも、僅かだがセポナよりも更に背が低い。

 幾らなんでも手を出す事なんてないぞ。俺はノーマルなんだ。


「いや、お前は女なら誰でも良いドスケベであり変態だ」


「だから人の心の声を勝手に読むんじゃねえよ、俺」


「それで、そんな話をしに来たのか?」


「そんな訳がないだろう。結構真面目な話をしに来たんだよ。奴を倒すヒントを得るためには、絶対に必要な情報だ」


 見た目に変化はないが、さすがに感情が揺らいだような気がした。

 そりゃそうか。これは俺達共通の悲願でもある。

 特にダークネスさん――先代の俺は、こんな状況になってもまだ戦っているんだ。


「それで、何を求めてきたのだ。そのヒントとやらを得るには何をすればいい」


「話が早くて助かるよ。早速だが、双子を貸して欲しい」


「……」


「どうした?」


「我は情けない。奴を理由にして幼女に悪戯しようとは。言い訳としてはあまりにも荒唐無稽。同じ俺なのに、何処でこのような差がついてしまったのか!」


「ちげーよ。というか、今の言い方だとお前、もう手を出したな!?」


「肉体があった頃の話である」


「その方が千倍ヤバいわ。色々と話には聞いてきたが、節操なさ過ぎだろ、俺!」


「だが我は敬一けいいちと呼ばれていた頃、先輩には手を出さなかったのである。さてどちらが問題かな? 俺よ」


 くっ! こちらの情報は筒抜けという事か。

 そういえばひたちさんもラーセットに協力者がいると言っていたな。

 かなりの情報通の様だ。


「とにかくだ、本体のメッセンジャーに関して知っているか?」


「知らぬな」


 やはりか。

 双子は教えなかった。ダークネスさんとこうして生活していながらも、お眼鏡には叶わなかったという事か。

 しかしそうすると、どうして一緒に暮らしているのやら。


「それは楽しいからでございますわ」


 その言葉と同時に、突然横から茶が差し出された。

 しかしそうか……スキル、人柄、色々あるだろうが、やはり共に暮らすにはそれが一番大切だ。

 ただそんな事よりも、


「そのメッセンジャーの所に行くのに必要なんだよ。奴の本体は、自分が異物になる前に、そうなった時に自分を処分するようにメッセージを残した。俺が掘り出してもいいが、おそらく双子がいなければ話は通じない。だから来たんだよ」


「初耳であるな。ルサリア、アリサル、聞いておるか?」


「いいえ、存じ上げておりません」


「今初めて知りました」


 上から読んでも下から読んで持って感じのネーミングだな。

 やっぱり名付け親が違うと変わるのか。当たり前だが。

 というか、双子が教えなかったので吐く双子自体がそもそも知らないのか。

 だけど不思議さはない。それもまた、予想の範疇だ。


「とにかくそこへ行くので借りたいだけだ」


「そう言いながら……」


「しつこい。俺にそっちの趣味はねえ」


「ふむ……それはどうかな? クロノスとして初めて戦った頃、同じ事が言えたかな?」


「あ、あれはそもそも人が足りな過ぎたし、残っていた神官関係者が――いや、もう不毛だ。この話は止めよう。それよりも一つ気になっている事があるのだが」


「なんだ?」


「もう蔵屋敷里香くらやしきりから4人の話は知っているな?」


「その事か。当然だ。中々に大事になっていたからな」


 やっぱり相当目立ってしまったか。

 まあ強力な眷属を3体も倒せばそうなるか。


「それで気になっているのだが、あの4人は以前のラーセットでの記憶を持っている。力もだ。なのになんで俺は持ってないんだよ。何度も地球に戻ってはループしているんだろ?」


「その程度の話であったか。答えは簡単だ。きちんと記憶も持っていただろう。だがそこから先は無い。我らが代々こちらに持ってきて、それ以降は戻っていないからだ」


 時間軸の違いか。

 俺の場合、時間は動いてしまっている。そして日本ではラーセットでの記憶はない。

 だがこちらに戻った時、初めてその記憶は蘇る。

 つまり日本に戻ってはいるが、その記憶を継いでいるのはクロノス。

 そしてそれぞれの時間軸で消費されている。

 俺には……というか代々のクロノスには、結局1世代前の記憶しか無い訳か。


 だけど、例えば蔵屋敷くらやしきをもう一度日本に帰して再召喚すれば、今の記憶も残っているはずだ。

 それなのに俺の記憶は何度戻っても重ならない。今の自分――成瀬敬一なるせけいいちは何度も戻っているはずなのにな。

 帰し方の違いとかもあるのかもしれない。考えてみれば、俺が戻される時間は時が動き始めてだ。

 時計の針で戻ると、そうなってしまうのだろう。


「大体分かった。では双子は借りていくぞ、これはマジで大切な事なのだからな。変な風に考えるなよ」


「まあ良かろう。それが事実でなかったとしたら、成瀬敬一なるせけいいちという人間の株が落ちるだけだ」


「死んでもダークネスさんには言われたくない言葉だ。いったい何人に手を出したんだよ」


「お前は今までに食ったパンの――」


「ラーセットに来てからなら全部覚えているよ。というか、それと比較になる数って時点で凄いわ」


「まあ良かろう。だがどちらにせよ、地上にいるルサリアとアリサルは迷宮ダンジョンへは行けぬ。異物として攻撃されるからな。なので既に、セーフゾーンの入り口に待機している。名前は同じだ」


「そういや分裂するんだった」


「ちゃんと知っていたのか。双子と言っているから、知らぬと思っておったが」


「いつも二人セットで行動しているから、そう呼んでいただけだよ」

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