第571話 今なんつった

 翌日。

 先輩やフランソワと一緒に帰ろうかと思ったが、少し黒瀬川くろせがわから話があるという事で俺だけ残る事になった。

 先輩を一人で帰す事に不安が無いわけでは無かったが、フランソワが同行するという事なので安全だろう。


 今現在、危険がある可能性は確かに少ない。だが少ないだけだ。

 何だかんだでラーセットは狙われている。奴というより、他国からの工作だな。

 経験上、こちらも無視できないくらい怖い。


 基本的には暗殺や破壊工作。

 とは言っても俺がクロノスだった時代には、初期の頃だけですぐに無くなった。

 当然諜報員の類はやたら入り込んでいたし、止む事は無かった。

 でも破壊工作などは北のマージサウルでさえやらなくなった。最後がリカーンを使っての分裂工作であったが、あれは政治的な決着を行って終了だ。


 詳しい事は俺には分からないが、南の圧力に加え、マージサウルを囲む周辺国家からも圧力をかけた結果だと聞いている。

 どれだけの金や物資が動いたのかは分からないが、それだけの物は稼いでいたしな。

 戦争に使うか平和に使うに関しては、俺が口を出さない方が良いだろう。

 武力に訴えようとして、散々説教をくらったし。


 ただ言うだけの能力はあった。実際に、あれ以降は何処の国も武力を行使する片鱗すら見せなかったのだからな。

 ユンスの奴は何度も簀巻きにしようかと思ったが、最後に最高の人材を残してくれた……っていうのも失礼だな。

 あいつも最高の奴だったよ。


 ただ今のラーセットは孤立無援。

 それでも奴が南のイェルクリオを襲った時は、ラーセット全軍で救援に向かった。

 そのせいで勘違いしていたんだよな。

 あれは双方の利害が一致した結果であって、今も工作員は大量に入り込んでいる。

 そして外には、不定期で軍事拠点を作っていたりするそうで、その度にみやや教官組。規模によっては一般の召喚者まで駆り出されて殲滅するそうで。

 この時間軸の連中が――いや一部ではあったが、倫理観が薄いのも頷ける。


 特に今回はラーセットが襲われた。連中の動きも活発化するだろう。

 昨日寝物語に皆で話したが、場合によっては黒瀬川くろせがわやフランソワが討伐に出るかもしれないとの事だった。

 人間相手にその言葉が妥当かは分からないが、襲撃の為に軍事拠点を作ろうっていうのだから構わないだろう。

 さすがに先輩は引いていたが、まだまだ先輩程のド新人に対人戦をさせる事は無いそうだ。

 安心はしたが、理由がな……。


「人を殺せない人が戦場に立つと、召喚者全体が侮られるです」


「そうなると、向こうもこぞって攻めてくるのですわ。ましてや召喚者が傷つけられた、殺されたなんて言う事になりますと、それはもう大軍でやってきますわ」


「だから戦えない新人は、人と戦わせる事は無いです」


「それは、将来は人と戦う事もあるって事よね……」


「その覚悟がきちんと固まっているかは、ウチらが判断します。中途半端が一番厄介ですからなあ。まあこちらが戦わせられると判断した頃には、瑞樹みずきさんの懸念はもう無くなっておりますわ」


「それはそれで複雑な気持ち……」


 などと言う話を布団の中に4人で……それも全裸で話したのだから先輩の順応性は凄い。

 もっとも、元々こちらにいる間だけの関係だ。完全に開き直っているとも言えるな。

 まあ他国に関しては、既にみやたちや軍務庁が動いている。

 それにラーセットの周囲は完全にホームグラウンドだ。負けた時のリスクは比べ物にならない。

 そもそも召喚者という絶対の戦力差があるのに加え、精々一部の将軍級しか迷宮産武具を持って来られない他国と比べてこちらは一般兵士までフル装備だ。勝負にもならん。


 ただ怖いのは、やはり先輩が入り込んでいる敵国の人間に襲われた時だ。

 本気で殺しに来る相手に、おそらく声すら上げられないだろう。

 まあその前にフランソワが何とかしてくれるだろうが。


 そんな状態なので周囲の情勢は予断を許さないが、それでも俺の身内に何かがある事は無いだろうな。

 警備は最優先だろうし、そろそろ龍平りゅうへいも戻るはずだ。

 これなら双子の元へ行き、本体が分身として残したメッセンジャーに話を聞くくらいの時間は十分にあるさ。


 まあそんな社会情勢はともかく――、


「俺に用事っていうのは何だったんだ?」


「フランソワさんも関係している話ではありますが、実は最近になって、一ツ橋ひとつばしさんとよく会うようになっておりましてなあ」


「それはかなりいい事だな」


 元々、それを期待して二人の前であの塔を作ったんだ。

 今の時間軸では互いに険悪な関係だったようだが、やはり二人とも研究者だ。対立より興味が勝ったのだろう。

 まあフランソワがいない時に話したって事は、まだ意気投合というには程遠い状態だろう。

 それでも互いの距離が近づいた点に関しては大きい。

 そう遠くない未来に、奈々ななに聞こえるメッセージの件も相談できるかもしれない。

 そしてなにより、そのことを知っているという事は――、


黒瀬川おまえが二人が協力できるように尽力してくれたんだろう? ありがとう」


「お礼を言われるようなことは何もしておりません。頑張ったのはあの二人ですわ」


 ん? もう何かの改良を施したのか?

 そうでなければ今のセリフは出ないだろう。


「何か手を付けたのか?」


 聞きはするが、全く予想がつかない。

 何せ完全なブラックボックスだ。この世界の人間がずっと研究を続け――いや、それは無いか。

 この世界ではある意味神聖不可侵か、もしくは禁忌の品だ。気楽に触れるのは召喚者くらいだろうさ。

 というか、もう仕組みが分かったのなら凄い。

 是非とも奈々ななの問題を解決してあげたいな。


「手を付けたと言いましても、実際に試せたわけでは無いんです。理論上は出来るようになったというは無いですなぁ」


「勿体ぶらずに教えてくれよ」


「ふふ、勿体ぶったつもりはありませんでしたが、せっかちですなあ。単純に、こちらでの記憶を持ったまま日本に帰還出来るようになったかもしれないという事ですわ」


 いやちょっと待て。


「実際に可能になっていれば、凄い事ですわぁ。クロノス……ではありませんでしたな。敬一けいいちさんの話ではスキルは使えなかったという事ですが、記憶があったらどうでしょうか。それに例え使えなくても、ラーセットの事。そしてアレの事を知っていれば、多くの対策が立てられましょう。最初は周りが信じてくれなくても、被害が出始めたら絶対に信じるでしょうしなあ」


 いや問題なのはそこじゃない。

 それが本当に実現したとしたら、先輩は日本に帰っても――いや奈々ななもだ。全部覚えている事になる。

 それにたとえ記憶があったとしても、黒瀬川くろせがわには悪いが向こうじゃスキルは使えない。

 使えたとしても、制御アイテムが無い。

 死に方が少し変わる程度だ。

 奈々ななの包丁も避けられないだろう。


 ……塔を壊すか。


 いやいや、ダメに決まっているだろう。

 以前の塔とすり替えるのもダメだ。そんな物、改良した人間が見たら一発で分かる。

 折角あの二人の距離が近づいて、これから多くの対策が出来るようになる。

 その最初の一歩を俺が引っ張ってどうするよ。

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