【 白か黒か 】

第570話 予想外過ぎて思考が止まったぞ

 だが確かに使いどころによっては恐ろしいスキルだし、出会った頃の彼女であれば相当に恐怖しただろう。

 だけど今の彼女からは、そういったイメージがない。

 どちらかといえばいたずらっ子的な……そういえば。


「先輩を焚きつけたのは黒瀬川おまえだったな」


「焚きつけたとは人聞きが悪いですなあ。あのままだと、結局3人とも不幸を抱えたままでしょう? 必ずどこかで破綻する事が見えておりますわな」


「そこまで読まれていたか」


 先輩と話し、奈々ななとも話し、もう状況は俺のような朴念仁でもわかる。

 もちろん地球でもストレスは内に貯まる。だけど逃げる事も出来るし、表に出す前に解消する事もある。全員がそうでは無いにしろ、なんだかんだであふれないように折り合いを付けながら生きていくんだ。

 でもここは違う。改めて感じさせられる。

 特定の手順を踏まないと、完全に貯まる一方。全く消えてくれないのだ。


「まあ結果オーライだ。今回の件には素直に感謝するよ。大事な事に気付かせてくれてありがとう」


 そう、地球に帰ったら全てが元通り。今までの生活が待っている。

 それはもう変えようもない事実だ。

 今ここで先輩の希望を叶えても、現実世界ではあの日の続きが待っている。

 もう既に胃が痛いが、頑張れよ、日本に戻った頃の俺。

 その為にも、今は奴をこの世から完全消滅させ、平和な世界を取り戻さないとな。


「あ、お礼でしたらもう返してもらう準備は出来ておりますわ」


 ……嫌な予感しかしねえ。


「最近こちらもご無沙汰でしたからな。フランソワも、そろそろご褒美が欲しい頃です。そんな訳で、今夜はたっぷりと相手してもらいますわ。元々、今宵は迎えを行かせる予定でしたが、ここで会えたのはラッキーでしたわなあ」


 ああ、それに関しては俺もラッキーだ。

 もし夜にいきなり『黒瀬川くろせがわ様とフランソワ教官がお呼びです』なんて使者に来られたら、場が完全に固まってしまう。


「分かった。黒瀬川おまえの家に行けばいいのか?」


「話が早くて助かりますわあ。随分素直になりましたねえ。それに、敬一けいいちさんでしたらもう案内も不要でしょうし、これからいつ来ても良いんですよ」


「まあ自分でも分かっているよ。ちょっと派手にスキルを使いすぎた。これからの事を考えると、万全な状況にしておきたくてな。それにしても、案内とかは今更だろう。俺達召喚者は、一度通った道は忘れないぞ」


「ウチの家は特殊でしてなあ。何重にもセキュリティがかけてありますんよ。ですので、普通の人でしたら常に案内が必要になりますのですわ」


 へえ……それであそこまで堂々とした表札がかけてあったのか。


「でも本当に大丈夫なのか? 辿りつけなかったらシャレにならないぞ」


敬一けいいちさんなら全て外して来られるから問題ありません。クロノスさんでも通ってこれたのですから、大丈夫ありましょう」


 ダークネスさん……聞けば聞くほど女癖悪すぎだよ。

 まあ俺が言えた事じゃないとは思うのだけど、もっとしっかりして欲しかった。

 何と言うか、絶対的なリーダー的な感じにね。

 ……と言いたいけど、奈々ななも先輩もいない。奴は強敵すぎるし、反面力は俺よりも低い。

 ある意味仕方がなかったのかもなあ。





 〇     ▽     〇





 その夜、俺はごく普通に黒瀬川くろせがわの家に到着した。

 一人で来ると、確かに不思議な空間に迷い込んだかのような錯覚がある。

 だが召喚者には幻惑系は効かない。

 それでこの奇妙な感覚……予想だが、あの家の位置自体が動いているな。

 あのこじんまりとした日本家屋群自体が、おそらく生き物のように形を変えて迷路を作っているのだろう。

 なかなかどうして、大した作りだ。

 だが確かに、俺にはあまり意味はないか。

 単純な龍平りゅうへいには効きそうだけどな。


 取り敢えず呼び鈴を鳴らして中に入る。この世界特有のドアノッカーではない点はこだわりだろうか。

 廊下の先の居間では、いつものようにキセルを吹かせながら黒瀬川くろせがわが手招きしていた。

 間違いなく、奥にはまたフランソワがいるんだろうな。

 まあ今更、二人同時など俺には雑作もない事だ。

 何せ最初がそうだったからな。


 だが居間に入ると、そんな予想は軽々と吹き飛んだ。


「あ、あのね。違うの。ううん、違わないけど、聞いていたけど、やっぱり恥ずかしいって気持ちはあるの。嫌じゃないのよ。そこは誤解しないで」


 そこには、バスタオル一枚の先輩が耳まで真っ赤にして必死に言い訳をしていた。

 何処からどう見ても、風呂上がりだな、これは。

 ついつい視線が黒瀬川くろせがわに向くが、平然な顔をしてキセルを吹かしたままだ。


「言いたい事はなんとなくわかりますが、万全で行きたいところがあるのでしょう? でしたらここで怯んでいる余裕は無いんと違います? 男なら、覚悟を決めなさいまし」


「わ、わ、私なら大丈夫だから。ちゃんと決めてやっている事だから」


 もう先輩は完全に涙目だ。

 しかしフランソワはこの状態をどう思っているのだろう?

 と思って見たが、平然としている。

 それどころか、どうぞどうぞという感じだ。


「こういう事は新人が最初と決まっておりますからなあ。邪魔はしやしませんから、先ずはお二人でどうぞ」


 どうぞも何も、奥の寝室にはしっかりフランソワが下着待機しているのですが。


「終わったらそれ以降は全員で、ですよ。それがルールですから。さて、夜は思ったよりも短いですのですわ。女が覚悟を決めているのに、男がそれではいけませんなあ」


「大丈夫、大丈夫だから。まだ慣れていないけど、絶対に慣れるから……だから……来て」


 慣れてしまうのもどうかと思うが、ここまで来て帰るという選択肢はもはや俺には無い。

 しかし先輩がここにいるのに龍平りゅうへいの気配がまるでない。

 別任務で遠ざけられたままなのか、それともここを見つけられないのか……だがもういいや! 俺だって限界なんだ!


 こうしてあまりにもアブノーマルなまま関係を結んだ後は、二人とも加わって更にカオスになった。

 まあもっと大勢を相手にした事もクロノス時代にはあったけどね。

 けどこの3人というのが無茶苦茶複雑な気分だ。

 夢にすら考えたことは無かったよ。

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