第568話 ただ幸せになって欲しいだけさ

「それで解消法も分からないまま、俺は自我を保てないほどに状態が悪化した」


 原因は奈々ななの件だが、あれが風見かざみであった事はもう分かっている。

 だがどっちにしろ、あんなことを本人には言えないしな。そこは省くしかないだろう。


「それで……襲ったの?」


 目が超怖い。

 ただその点に関しては微妙な所だよな。

 状況的に考えて、多分ひたちさんが事情を知っていて致したのだと思う。

 だけどそれだけでは足りなかったのか、今後の事を考えたのか、とにかくセポナも巻き込まれた。

 俺が見境なく襲った可能性も否定はできないが、それはパスしておこう。


 とにかく、ここでひたちさんの名前は出せない。

 彼氏持ちだし、ならどうして俺といたかを説明するにはダークネスさんの説明が必要になる。

 当然ながら、それは最古の4人や樋室ひむろさんの事も話す事になるわけで……ダメだな。時期尚早だ。

 この件に関しては、今知っている人間以外を巻き込むべき問題じゃない。

 これからどうなるかはまだ分からないが、出来れば墓まで持っていきたいところだ。

 まあそんな訳で――、


「全く記憶にないんだが、そういう事になる」






《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》






「冷静に言わないで!」


「すまん」


「それで、その後はどうしたの?」


 当然ひたちさんはいない事になっておりますので、


「その後はずっとお世話になりました」


 まあ居ても居なくても変わらなかったんだけどね。






《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》






「ちょっとタンマ。俺がそろそろもたない」


「ご、ごめんね。ちょっとやり過ぎちゃった」


「いや良いよ。それより、だいぶ楽になっただろ」


「あ、そういえばそのためだったね。うん、確かに凄く体が軽い。それに今考えると、ずっと頭に霧かかっていたような感覚だったのかな。今はなんだか、凄くはっきりしているの」


「それが悪影響だよ。奈々ななは元が強い分、スキルの使用自体では問題無かったからな。だけど、他の人はみんなそれを何とかしようとしているんだ」


「そうだったんだ……」


「ただそれももう他人事じゃない。奈々ななの成長が思ったよりも早かった。もうスキルを使わなくても、ただいるだけで悪影響に蝕まれて行く事になる」


「そうか、なら敬一けいいち君も?」


「俺も同様だよ。日常を過ごすだけで影響してくる。スキルを使えば、当然それだけ加速する。ただ俺たちはそれぞれタイプが違う。奈々ななの場合、精神が破壊される。

 多くの場合は破壊衝動に蝕まれ、最後は自滅する。そして俺の場合は……以前目覚めた時に話した通りだ。この世にあるけど存在されない。誰にも認識されない影法師となって彷徨う事になる。まあこの世界から完全に外れてしまうんだな」


「……じゃあ」


「言いたい事は分かるが、遠慮は無用だ。奈々ななが嫌がっている事は十分知っているけど、俺も俺で、今消えるわけにはいかないんだ。それは分かってくれ」


「そうだね。なんだか、お互い大変だね」


「まったくだ」


 何かが面白かったわけじゃない。

 だが自然と、二人とも笑ってしまった。

 ただこの理不尽に対して、笑う事でしか対抗できなかったんだ。


「そういえば目覚めた時といえば、お世話になった人が二人いるって言っていたよね」


 ……言ってしまっていた。


「一人はセポナちゃんとして、もう一人は誰だったの?」


「それは話せない。実はその人はね、俺のために送り込まれた人で、ちゃんと恋人もいるんだ」


「どういう事なの?」


「そのままだよ。俺の悪影響を解消する。そして俺の護衛をしながら、同時に俺を監視して報告する。その為に、彼女は俺と共にいた。だけどもう過ぎ去った過去の話で、今はそもそも最初からそんな事は起きなかった。だから今は俺の事なんて知らずに恋人と幸せに暮らしている。だから、彼女の存在は知らないであげて欲しい」


「そっかー」


 そう言いながら、奈々なな天を仰ぐ。

 空は青く、雲は殆ど無い。

 焼けた地面が蜃気楼を見せているが、それは無視しよう。とにかく空は綺麗なものだ。


「ねえ、それって辛くない? 私が言うのもおかしいけど、その……敬一けいいち君はそういう所、誠実な人だから」


「未練は無いよ。確かに俺は彼女と関係を持ち、救われた。だから今の俺がここに居る。感謝しているし、幸せになって欲しい。ただそれだけだよ」


「そうなんだ」


「ああ。それにもうセポナに手を出す事は無いかな。確かに何というか、彼女といると安心する。辛く厳しい中でも、彼女がいてくれたおかげで生き延びた。互いに心も通じ合っていたと思う。ただの刷り込みや吊り橋効果かもしれないけれど、確かに愛があった。それに彼女は、俺が奈々ななも元へ行くための囮になった。何も言わずに……確実に殺されてしまうのにな」


「ちょっと、それって!」


「当然助けたさ。俺がそんなに薄情なわけがないだろう?」


「うん。安心した。やっぱり敬一けいいち君は、私が愛した敬一君だ」


 ああ、なんて眩しい笑顔なんだ。

 これで草原のままだったらさぞ映えるだろう。

 今では焼けこげた岩石の上だが。


「そういった訳で、彼女は大恩人なのさ。でも、彼女は彼女でこの世界の恋人を見つけて欲しい。俺と共にいたってな――」


 ケーシュとロフレが心に浮かぶ。

 そう、俺は歳を取らない。子供も残せない。

 もちろん、二人が不幸だったなんて失礼な事は言わない。

 でもセポナとは、まだ始まってもいない。

 もし彼女を愛という鎖で拘束なんてしたら、俺はどんな気持ちで彼女を看取ればいいのか分から無いよ。


「まあそんな訳で、しばらくは先生を続けてもらうつもりではある。主に彼女の生活のためにな。だけど性的な目で見ているわけでも、手を出すつもりで囲っているわけじゃない事も分かってくれ。ただ……もう俺の心の中にだけある……だけど返しきれない恩を、少しでも返したいんだよ」


 出会いは最悪だった。

 だけどその後の旅。そして生活は、本当に楽しかった。

 もし奈々ななとの間に子供が出来たら、セポナと名付けたいくらいだ。

 絶対子供に恨まれるからやらないが。


「色々と大変なんだね。私の知らない敬一けいいち君。絶対に離れる事も隠し事も無いって思っていたけど、色々とあったんだね」


「それに関しては、本当にすまないと思っている」


「ううん。それは良いの。今まで聞いた話も、ほんの一部なんでしょ? 特にクロノスって名前になってからは――」


「そうだな。詳細に語ったから、それこそ何十年になるか分からないよ」


 俺は全部覚えている。

 俺を支えてくれたみんな。召喚者も、ラーセットの人々も、南のハスマタンの彼女も。

 本当に、語り切れないな。


「だからその件に関しては良いの。もう私の常識なんて及ばない世界。そんな世界でも、敬一けいいち君は頑張って、戦った。その過程で沢山の事があったと思う。でも、今の敬一けいいち君を見れば、絶対に間違ってなかったと分かる」


 両手を広げて、くるくると周りながら、踊るように話す彼女は何処か楽しそうで、そして何処か誇らしげであった。


「それでお姉ちゃんの話に戻るけど、つい最近にも手を出したでしょ。これで何度目?」


 一転して目が据わっているこれはマズイ。まだ最初です、こちらではとか言いようがない。

 というか俺はもう限か――、






《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》






 ぐえええええええええええええ!

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