第567話 予想通り激しいデートだ

 郊外に出て3日。

 奈々ななは日本では……いや、地球でも決して見る事の出来ない壮大な自然を見てひたすら感動していた。


 今歩いているのは数キロに渡る湾曲した崖の下。

 所々から流れる滝は途中でミストとなり、薄い霧のように世界を淡く覆っている。

 その崖を悠々と行動する様々な動物や、飛び回る極彩色の鳥。

 崖の上には大量の木が茂り、下のこちらにはくるぶしが埋まる程度の一面の草原だ。


 ラーセットを出た当時は広葉樹の茂る森であったが、この辺りはもう完全な異世界情緒に溢れている。

 怪物モススターもいるが、俺達から見ればいないのと変わらない。

 むしろ良い食材である。


「外に出ると、本当にすごいんだね」


「ああ。迷宮ダンジョンも凄いけど、この自然も良いだろう。俺はね、クロノスとなった時には、ずっとこっちの世界で暮らす事に決めていたんだ」


「……」


「前にも話したけど、みんな死んでしまって地球にも帰れない。俺に出来る事は、本当に次の俺にバトンを渡すだけなのかと悩んだよ」


「でも違ったんだね」


「ああ。奴を根底から倒して、この連鎖に終止符を打つ。そして平和な世界で、高校生の俺は奈々ななと幸せに暮らすんだ」


「だったら、お姉ちゃんは召喚してあげればいいのに。お姉ちゃんなら全てを明かせば、絶対に敬一けいいち君と一緒に暮らすよ。たとえ年上になっていてもね」


「その時は、高校生の俺や奈々ななは、最悪日本で先輩の死を見る破目になるぞ」


 俺が先に消えてしまった場合に限るけどな。


「そうだね……その時は天国で幸せになんて誤魔化しながら、ずっとぽっかりと穴の開いた生活をするんだよね」


「そんな想いをさせる事に、俺は耐えられない」


「だけどお姉ちゃんは……どっちが幸せなのかな?」


 そう言いながら、足元に咲いていた小さな紫の花を撫でる。


「スキルの影響なのかな。今までずっとそっくりだとか言われてきたけど、私はずっとお姉ちゃんの方が遥かに大きく立派に見えてた」


「それが姉妹ってものだろ」


 兄弟のいない俺には、本当の事は分からないけどな。


「だけど今は、お姉ちゃんのほうが小さく感じる」


「それはやっぱりスキルの影響だろう」


 スキルの力の差……この世界の人間も俺達も、見れば大体相手の力具合は分かる。

 まあスキルにもいろいろな種類があるので、力がそのまま本当の戦力には直結しないけど。


「ううん、違うよ」


「そうなのか?」


 姉妹でしか分からない事があるのだろうか?


「お姉ちゃんが、隠し事をしているからだよ」


 そう言いながら、摘んだ花を口元で揺らす。

 とても代わりらしい仕草だ――が、





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 一条の白い光が草原を円形に薙ぎ払った。

 あとに残されたのは焼け焦げた地面のみ。草は炭すら残らなかった。


「やっぱりバレているよな」


 その中から、まるで空間からするりと抜けてきたように登場する俺。

 元の俺の体も炭すら残っていないな。


「前にね、敬一けいいち君の事に関して話し合ったんだ」


「……」


「でもやっぱり、私には敬一けいいち君をお姉ちゃんに譲るなんて出来ないの」


「俺だって奈々なな一筋だよ」





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





「ごめんなさい」


「分かればよろしい。では最初から」


「本当の所を言うと、それ自体心に嘘はついていないんだ。やっぱり俺にとっては奈々ななが一番大切だよ。だけど先輩や他の人……セポナやクロノス時代に共に過ごして来た人たち。確かにスキルの悪影響のせいもあった。だけど、やっぱりそっちの気持ちにも嘘はないんだ。やっぱり俺はおかしいのかな」


「……セポナ? セポナちゃん?」


 あ、やべえ。

 この名前だけは出しちゃいけなかった。


「まあ落ち着こう、奈々なな





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 崖にいた無垢な生き物まで焼き尽くす極太の神罰。まあ元は怪物モンスターだけど。

 それでも奈々ななには、まだまだ余裕がある。

 本当に自分が消滅するほどともなるとどうなってしまうのやら。

 まあそれよりも――。


「あんな小さな子に……あんな……あんな! 犯罪者ー!」





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





「とにかく落ち着いてくれ。今のセポナには手を出していない。本当に迷宮ダンジョンで良くない生活をしていたのを引き取ったんだ。正直に言えば、同情だとかみんなの先生にとか言ったが、実際に所は大恩人だからでもあるんだよ」


「大恩人? 恩人の娘とか孫とかじゃなくて?」


「気になっていたが、全員見た目で現実から目を背けていただろ。彼女は成人済み。俺達よりも年上。人生の先輩だ」


 俺はまあ違うけどな。


「そう言えば確かに言ってた。見た目が小さかったから頭の端に追いやっていたわ」


 さすがにちょっと考えだす。少し落ち着いてきたようだ。

 無駄に4発も食らった訳ではないぞ。


「……たしかに成人済みなら、小柄だからって子ども扱いするのは差別だわ。それに、見た事は無いけど小さな種族がいるって……人種的な問題ならますますデリケートな問題だし」


 ブツブツと呟きながら考えだした。

 今彼女の頭の中では、今まで培ってきた倫理がぐるぐると渦巻いているに違いない。

 大人と言っても見た目は一桁だしな。


「それで、敬一けいいち君はその大恩人にどうして手を出したの?」


 やばい、思考の逃げ道としてこちらに飛び火した。

 だけど、近い話は彼女が目覚めた日に話してあったんだ。誤魔化してあった事実を話す時が来てしまったってだけさ。

 だから、もちろんここはちゃんと言う。奈々ななの事は話せないけれども――、


「さすがにあの時はセポナの事は話せなかったけど、追放されて酷い目にあった事は以前話した通りだ。そのしょっぱなにね、俺は制御アイテムも無く彷徨い、もう精神に限界が来ていたんだ。そんな時、セポナの主人である新庄しんじょう達に出会った。だけど、向こうもいきなり深層に現れて――そうだな、向こうから見たら、そもそも俺は異常な存在に見えたのだろう。互いにすぐに戦いになって、俺は彼とその彼女を殺してしまった」


「そんな事が……でもそうか、制御アイテムが無かったのよね。今なら、これがどれだけ大事なものか分かる」


「そして最初に紹介した通り、その時もセポナは彼の奴隷だった。そして俺の手に渡ったんだよ。今回みたいに平和的に引き取ったわけじゃないけどな。まあその時からの付き合いで――」





《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》





 段々慣れて来たな。

 今度はジュッという音が聞こえたぞ。

 聞きたくなかったけど。


「し、し、信じられない。敬一けいいち君の事情は知っているけど、その段階だとまだ――」


「いや落ち着いてくれ。いきなり追放されたし、それ以前に奈々ななたちも悪影響の解消法なんて知らなかっただろ。俺も同じだよ」


「た、確かにそうよね」


 納得してくれて何よりだ。

 話が出来るまで、もう2発か3発は覚悟していたんだけどな。

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