第564話 無事守り切ったか

 奴の体を貫く幾条もの光。


『うお、あ、お、お、お、お、お……』


 さすがにこちらも被弾するが、向こうにも相当に当たっている。

 それは体を貫き、焼き、しかも再生を許さない。

 これはこのままでいいのか? このまま地球に行ってしまったりはしないよな?

 なんだか効きすぎて怖いぞ。


 だが確認しないと。

 いざとなったら奈々ななには止めてもらえばいい。

 考えてみれば、今まで神罰で地域ごと消し去っていたのは誰も近づいて倒せなかったからだ。

 何となく大丈夫だろう的な感じでやってしまったが、神罰自体が奴の致命傷になり得るとしたら、今この瞬間に地球に飛ぶこともあり得る。

 そうなったら大失敗の大目玉だ。

 俺は時計の針を刺してもらい、再び地球に行かなければならない。

 それがもう、未来の無い最後の旅路だとしても。


 だが幸いというか何と言うか、奴は焼かれながらも逃げていった。

 余計な足とかはついているが、浮遊しているだけあって早いな。

 しかし気になる。今脳裏に焼き付いた光景を精査しろ。

 ここまでやったんだ。僅かの見落としも許されない。

 不自然さは無かったか?

 神罰が降り注ぐ前と後で、大きく変化した事象は?





 結論から言えば、ここから見た限りは無い。

 奴は神罰の攻撃に焼かれながら、おそらく主力中の主力であろう眷族の多くを失って撤退していった。

 成果としては大きい。十分すぎる逆襲だ。必勝を期して攻めて来たのだろうが、完全に何もさせなかっただけでも奴の行動を大きく制限できる。

 しかし、肝心な事は……いや、違う。一つだけ不自然な点があった。それぞれが一瞬すぎて、記憶を精査しないと判らなかったよ。

 奴のゼリー状の部分を神罰が貫いた時、まるで光が屈折するように曲がっていた。

 それはまるで、中心には届かせないようにしているかのようだ。

 もしかしたら――では無いな。もしかしなくても、奴は神罰に対抗できる。

 全てを覆いつくす一撃は無理でも、通常の攻撃であれば致命傷を与えずに牽制できるかもしれない。


 しかし、もっと攻撃の数を減らして、その分だけ太くしたらどうだろう?

 屈折しきれないくらいに太い攻撃……全力でないのなら、奈々ななも消えることは無いはずだ。

 だがそんな事は代々のクロノスも試しただろう。

 何かダメな理由があったのだろうが……。

 まあ、もう連中はいない。追って倒すだけの力もない。

 一応、決着と言って良いだろう。





 最終的には、奴は俺を倒す事に失敗した。

 奈々ななと通信が出来ている以上、ラーセットは無事。

 中央セーフゾーンへ行くために幾つかのセーフゾーンは陥落しただろうが、通信網が生きている以上は完璧ではない。


 だがこちらは何もなかったかと言うとそうでもない。

 ここは奴にとって、最も安全な場所だった。そこを襲撃した事は、今後に少なからず影響を与えるだろう。


 それに分かった事が2点ある。どちらも重要な事だ。

 1つは、時計を奴自身が持ち歩いているわけではない事だな。

 まあ予想はしていた。懐からほいと取りだしたら逆に驚く。

 わざわざこの決戦の為に何処かに隠してきた?

 あの慎重なやつが、そんなギャンブルをするかね。

 おそらく相当に信頼している眷属が普段は持ち歩いている。

 まあこいつらの場合、信頼という言葉はおかしいのだろうけどね。

 元々裏切るような眷属がいるわけ無いし。


 とてつもなく強い。

 全く発見できない。

 そんな感じで、何らかの特殊な奴だろう。


 それにおそらく、召喚の塔もだろうな。

 なぜ時計を持っているのか、幾ら考えても結論が出ない。

 なら最もシンプルな予想を立てておけばいい。


 元々あの塔は、この世界に伝わる伝統的なものだ。

 北では禁忌とされているが、本当にそうか?

 クロノス時代に味わったリカーンがらみの反乱を考えれば、連中だって力が得られるなら召還をしたがっている。

 他の国はもっと緩いだろう。


 あの塔自体は、一般的ではないにせよ文献さえあればラーセットのような小国でも作れる品ではある。

 ただ成功率自体が著しく低く、塔を正しく機能させるには、それなりどころでは無い修行と血統が重大な要素として必要となる。

 ラーセットに脈々と残っていたのは奇跡みたいなものだ。

 他の国にも血脈は残っているかもしれないが、特定できない状態で国民全てに絶え間ない修行をさせるわけにもいくまい。


 それに何より犠牲が無視できない。

 とてもじゃないが、試しにやってみましょうとはいかないよな。

 あれは国家存亡の時だったからこその最終手段。失敗したらもう滅びるしかないからこそできた事だ。


 更に言えば、あの塔での召喚に必要なものが多分2つある。

 一つは時計の針だな。これがあるから、ラーセット行われた俺の召喚は必ず成功する。

 まあ最初の1回目は別か。その時に時計の針無しで成功したからこそ今があるわけだが、状況は色々と変わるからな。

 同じ事をして同じ結果になるとは限らない。

 だからこそ、同じ結果にするために時計の針を使うんだ。


 それともう一つのキーアイテムが、多分あのクロノスの時計だ。

 どちらかと言えば、こちらの方が遥かに重要だろう。

 龍平りゅうへいの時はイレギュラーもあるが、関係無いとは思わない。

 本人と共に時計が来なかったのは、先輩のお墓に安置されていたからだと思われる。

 どういう繋がりを判別しているのかは分からないが、奴が手に入れたのはその類だろう。

 時計有りの召喚が出来るんだ。無しでの召喚が出来ないと思っていた方がおかしかった。


 奴には生贄というものに良心の呵責は無い。何度も失敗しながらも、やがては召喚に成功する。

 当然、塔だけで召喚した時には時計が付いて来ると考えられる。

 正しく言えば持ち主が召喚されるわけだが、直接持っているか、何処かに飛んだのかは分からない。

 だけど、手に入れた事実に変わりはないのだろうな。



 もう一つが、奴が奈々ななの神罰というものを知らなかった点だ。

 何せ慌てっぷりが凄かった。

 絶対の自信を持って悠々としていたのが、穴だらけになって慌てて逃げて行ったからな。

 アレで死んでいたらこの分岐という時間のエネルギーを利用して奴は地球へと跳ぶ。全てがパアだ。

 だが今の所、奴は神罰では死にそうにない。

 良い事なのか悪い事なのかは何とも言えないけどね。


 今回の襲撃は、奴にとっては必勝を確証していたと思われる。

 ラーセットを陥落させ、俺の居場所を奪う。

 上手くラーセット内で殺せればそれがベストだが、逃げたとしてもそこまで戦力差が付けば安全だろう。

 こちらは拠点を失い、世界中から禁忌とされている召喚者。

 もちろん迷宮ダンジョンではただの異物。

 新たな召喚も出来なければ、貴重な仲間も次第に擦り減っていく。

 緩やかな詰みか玉砕特効か。どちらにせよ負けが確定か。


 だが心に引っかかる事が無い訳でもない。

 俺はこちらから出向いたわけだが、なんとなくそれを見越していた感じがある。

 こちらの性格まで把握され始めているのかもしれない。

 それにクロノスが死ぬでも倒れるでもない。”存在が消え”と言った。

 あのおかしな話し方の奴の言う事だ。ストレートに受け取る事には何の意味もないかもしれない。

 だが気にはなる。今後はさらに注意しよう。


 ただ奴としてはあそこで決着をつけてめでたしだったのだろうが、奈々ななという超兵器を甘く見過ぎていたわけだ。

 他力本願万歳だね。

 俺は別に、自分の実力を確かめたくて奴と戦っている様なバトルマニアではない。

 様は倒せば良いのだよ、倒せばね。

 勝利の前では、その方法などどうでも良いのだ。


 さて、これ以上ここに居ても仕方がない。

 一度戻って報告とラーセットの確認をするとしよう。





 ■     〇     ■





 ラーセットには距離を外して戻ったが、思ったよりも被害が大きかった。

 幸い中央のセーフゾーンが抜かれる事は無かったが、やはり壁の守りが弱すぎた。

 というか、足りな過ぎたか。

 何だかんだで、ラーセットの全周を守り切るには力が足りない。

 相当数が入り込み、街を襲撃した。


 ただ幸いと言うべきか、ビルは一本も倒れていない。

 あれ一棟崩れるだけで、相当な被害が出るからな。

 何せ自分でやって実証済みだ……ああ胃が痛い。

 別の言い方をすれば、連中が壊していったのは平屋などの普通の建物だ。

 火災は起きたが、都市機能が失われる程ではない。


 しかも早々に退散させたことで、ラーセットの人々が同類化する事を防げたのも幸いだ。

 改めて考えれば、今回の奴の攻撃は完全に失敗した。

 主力は当然ながら奈々ななだったが、他の皆もよく頑張った。

 そしてこちらとしても、結構な情報は手に入れた。


 まあ、向こうも奈々ななの射程などを知ってしまったが……まだ本当の神罰を知らない。

 使いたくも無いし使わせる気も無いが、全力で撃たなければいけない決まりがあるわけでもない。

 そんな事は、何度も焼かれて知っている。

 こちらにはまだ色々と手が残っているし、考えられる選択肢も多い。

 今回は、俺たちの勝ちだと見て良いだろう。

 攻めて来た時は相当に準備をして来たと思ったが、みやか、或いはダークネスさんがクロノス時代に準備した防衛網。それに奈々ななの方が勝ったわけだ。

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