第562話 すべては風見の計画か

 俺が初めて出会った時はごう先輩が相手をしていた。

 わざわざ明かすとも思えないし、本気で奈々ななと思っていたのならご愁傷様だ。

 まあ風見かざみもいい女だけどね。

 胸のボリュームは……いや、好みは人それぞれだ。


 ただあれは不自然だった。なぜ俺とのやり取りやその後まで、全シーンの記録を撮ってばら撒いた?

 もちろん俺の目に留まればそれだけ成長させる意味があったのだろう。

 だけど咲江さきえちゃんに会わなければ一生見る事がなかったかもしれない。

 まあ布石なんてのはそんなものだけど、だからと言って意味が一つだけだと考えるのは早計だ。

 作戦や計略とは、複数の意図や目的が絡んでいるのが当たり前だと戦術論で学んだからな。しかも講師は風見こいつ本人だというね。

 あれには奈々ななという存在があそこにいる事。そして神罰という力を全員にアピールする意味があったのではないだろうか。

 この後の作戦の為に。


「今の相手は黒瀬川くろせがわに頼んでいたんじゃないか? 他の召喚者を信用するとは思えないし、一般人は尚更だ。そう言った意味では、完全な中立を保っている《黒瀬川くろせがわが適任……というより、他はいないだろ。まさか本人がいるのに奈々ななとして誰かに抱かれていたなんて知れたら大変だ。計画が全部瓦解する」


「まるで見てきたように言うのね」


「その程度の予想は付くさ。そしてここまでして奈々ななのスキルを手に入れた。だが劣化コピーだ。今この距離から、奴の本体に神罰を打ち込むことは出来ない。奈々ななと違ってな」


「所詮は劣化コピーで悪かったわね」


「ちょっと待てよ。そんなスキルをコピーして、お前は一体何をするつもりだったんだ」


 緑川みどりかわがズカズカと歩き出すが、みやが目だけで制止する。


「今更言うまでもないでしょ。奴をこの世界から消滅させるのよ。良いじゃない。それでこの世界は平和。クロノスの悲願も達成されて、私も消える。緑川あなたの目的も達成できて万々歳じゃないの。それに――」


 そう言いながらこちらを向くと、


「貴方の恋人も消えずに残る。これ以上の作戦があるの? これ以上何を求めるの? 私は……私はもうこんな世界に一秒だっていたくないのよ!」


 沈黙が支配する。

 確かに今までなら、それで解決したように見えたかもしれない。

 というか、そうやって来たんだ。

 それが奈々ななではなく風見かざみが出来るのであれば……本当の俺クロノスが健在だったら、苦渋の選択をしたのかもしれない。

 だけど――、


「それをされると、もう次がない。奴は地球に行き、そして地球に戻るのは奴と繋がった俺だ。すぐに場所を特定されて殺されるだろう。今まで続いてきたのは、奴が俺という人間を探さなかったし探せなかったからだ。だけど今は違う。奴は俺を知っている。そして日本にいる俺はそれを知らない。もう勝負にもならんよ」


 まあ奴が俺たちのように記憶を無くしている可能性が無い訳じゃない。

 だけど繋がりが消えなければ、どうせ確認される。

 しかもこれは、時代を飛んでも消えないシロモノだ。消えるわけがないと思うべきだよな。


「それが何? もう帰らなければいいじゃない。召喚を止めて、貴方たちはこの時間で過ごせばいいわ。どうせ帰れない覚悟だったのでしょう。地球が残って何になるの? 今更関係のない世界の話よ」


 確かにそこで話を止めてしまえば楽なものだろう。

 だけど、それは今のこの時代だけの話だ。別の時間軸のラーセットは、やはり襲撃される。

 そして俺が敗れれば滅びてしまう。

 続けて言ってしまえば、事はそれだけでは終わらない。

 その時点でラーセットには召喚セットがある。それを手に入れた奴が、自分の意志で地球に行く事もあり得る。

 当然、何も知らないその時代の俺たちは、成す術もなく全てを奪われる。


 それを解決するために――そして今を乗り切るために行った罪への贖罪の為にも、全てを解決しようと代々のクロノスは動いた。

 けど、確かに風見かざみには関係ない……いや、以前の彼女は分かってくれたのだけどな。


「てめえは日本の家族や友人がどうなっても良いのかよ! 人類はどうなる!」


里莉さとりのいない世界に何の価値があるの! 大体、貴方は人類なんて視点で物を考えた事があるの? 都合のいい時だけまるで広い視点を持っているかのように言われても滑稽なだけだわ。今の私にはアレをこの世界から消滅できる力がある。借りもの力でも、それが事実よ。幾ら偉そうな事を言っても、貴方に何が出来るっていうのよ!」


「もういい。力自慢などどうでもいいし、ここで神罰を使うには時期尚早だ。最初の話に戻してもらおう」


「ああ、話が長くなってしまったな。単刀直入に言おう。奈々ななは方向と距離をある程度把握している。だがかなりアバウトだ。元々神罰がそれで問題無い威力だからだという事もあるが、奈々なながまだ召喚者としては全く育っていないのが原因だ。だが幸いな事に、風見かざみが同じスキルを使える」


「言いたい事はわかったわ」


「確かにそれならかなり正確に特定できるか」


「意味が分からねえ。説明して欲しいもんだ」


「説明も何も、2点観測でしょ」


水城奈々みなしろななが探知した方向と角度、それに風見かざみが別の角度から探知した方角。その交わる点にあるセーフゾーン。そこに居るという事だな」


「アレが必ずセーフゾーンにいる保証は? そもそも、行って見つけてどうするのよ。勝つ手段はあるの?」


「動いていない事はお前もさっき分かっているよな。ならセーフゾーンしかないだろ。あいつは強大だが慎重で臆病だ。だから怖い相手なんだよ。しかも今の強さはまるで糸口も見えない次元だ。どうにもならない」


「……無駄な話に無駄な時間を食ったわ」


「まあ最後まで聞けよ。言っただろ、アイツは慎重で臆病なんだよ。たとえどれほど強くなっても、迷宮ダンジョンのモンスターを嫌がるし、はぐれセーフゾーンの主を恐れる。ましてや大変動の前ではどうしようもない。だから絶対が確保されるまでセーフゾーンに籠るし、そこが特定されたら作戦を変えるかもしれない」


「一時撤退するという訳か。確かに準備を怠っていたわけでは無いが、奴を倒す準備という意味ではない。だが被害の少ない今なら、次には更に盤石な態勢で挑める」


「それでもダメならどうするのよ」


「全部を説明して、作戦を煮詰める程の余裕はないだろ。そうせダメならここで戦うんだ。少しだけ時間をくれ。今更だが神罰で地球に送るのは無しだぞ。今のあいつを地球に送ったら、本気で全てが終わってしまう」


「……それの何が問題なのよ」


 ぼそりと呟いた風見かざみの言葉に、確かな本心を感じた。

 やはりそう簡単にあきらめるわけがないか。

 間違いなく、以前の時間軸でも神罰を使って奴をこの世界から消し去ったのは風見かざみだ。

 その頃の奈々ななは、相変わらず緑川みどりかわが封印していたのだろうな。

 そして今までの話を総合すれば、最古の4人はそれぞれの決着をつけた。

 風見かざみは消滅し、みやも区切りをつけて自刃。

 復讐の対象を失った緑川みどりかわもまた、自身に別れを告げたのだろう。

 こいつの抱えた因縁――いや、怨念は、風見かざみの死後に別の生き方を見つけられるような軽いものではない。


 今の所、黒瀬川くろせがわには特別なわだかまりや決意のような物は無いし、案外最後まで残ってこの世界の召喚者達を看取っていったのではないだろうか。

 ……と思いたいがどうなんだろうな。

 あの寂しい部屋。それに写真……他の3人が死に奴も消えれば、彼女もまた皆の元へ逝った可能性の方が高い。

 何処か飄々とした彼女でも、最古の一人として生きていく事に耐えるのは難しいだろう。


 緑川みどりかわが死ねば奈々ななも解放されただろうし、そこからは姉妹で最後まで頑張ったのだと思う。

 それが長かったのか短かったのかは、もう知る術は無いけれど……。


 ただ一つの問題は、なぜその――というか、今この時間軸が残っているかなんだよな。

 おそらく今の段階で神罰を使えば、この時間軸を消滅させたエネルギーで地球へと転移する……はずなんだけどな。

 けれど奴は一度地球に飛んだのに、俺はあの時と同じ今に立っている。

 このピースが埋まらない限り、実は今の段階で倒して良いのかすら判断が付いていない。

 やはり俺の推測が、根本的にどこか間違っているのだろうか?

 でもそれは後だな。

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