第557話 先輩も攻めてきたな

「ちょっと奈々なな、やり過ぎよ。大丈夫、敬一けいいち君」


 先輩の声がして寸胴が外される。


「見るなー!」


 慌てた龍平りゅうへいの声と共に強力なパンチが飛んでくるが、1階までの床を全て丸く外してやった。

 登って来るまでにはそれなりに時間がかかるだろう。

 普通に考えれば即落ちた穴から登って来るだろうが、その前に途中は修理工さんたちが作業を始めるからな。

 彼らの速度を甘く見るなよ!


 そんな先輩の衣装もなかなかに強烈だ。

 元が元だしね。

 胸の部分はクッキリと大きさも形も分かるピッチリしたレザー製。さすがに先端は抑えてあるけどね。

 そこまでしっかりしていたら完全に痴女だ。

 いや、これ以上は言うまい。


 下は少しロングのコルセットベルトに……あれ? その下インナーがない。

 いや、ベルトの下に星型の一部が見える。あれか!? あれが例の星型の!?


 というか、以前の先輩の服装は普通に下乳の出たノーブラミニスカワンピースに黒タイツだったぞ。

 いやそれを普通と言って良いんかはどうかと思うが、今回はそれより強烈だ。

 セポナグッジョブ。


 構造からして、上下とも奈々よりも大型の鎧を着るための装備だな。

 防御に関して不安のある先輩には良いかもしれない。


 因みに須田亜美すだあみは全身に接続金具が付いたワンピース水着型の黒いインナー。

 ご丁寧に肩、上腕までの手袋、ニーハイソックス付き。当然全部に接続金具がついている。

 質感は金属に見えるが、動けているから違うな。時々迷宮ダンジョンから出る奴だ。

 というか、どれ程重装備でダンジョンに入る気だお前。

 背が低いのに巨乳というアイデンティティを捨てているぞと言ってやりがいが、やはり殺されるからパス。


 逆に岸根百合きしねゆりの方はラフなTシャツにホットパンツ。

 日本の室内でも通じる手軽さだ。

 周りの日常場慣れした服装に、ちょっと引いている感じがする。

 痩せ型で片方の目が隠れたショートカット。骨格が良く胸が平らなので、こうしているとちょっとした美少年に見えるな。


「ちょっと驚いただろ。恥ずかしがっているけど、実は選んでいる時はノリノリだっ――」


 そう言った岸根きしねの頭に容赦なく寸胴が飛ぶ。


岸根きしねー! 奈々なな、幾らなんでも岸根きしねにはまずいって!」


「て、手加減したもの!」


 奈々ななは耳まで真っ赤にして涙目だ。

 まあその場のノリとセポナの口の上手さで簡単に決めてしまったけど、いざ見せるという段階になったら急に恥ずかしさが出て来たって所か。

 というか、もっと際どいのは幾らでもあるからな。

 案外、感覚が麻痺していたのかもしれない。


 というか、寸胴が岸根きしねの顔面に思いっ切りめり込んでいるけどな。

 多少は冷めているし、そもそも魂がやって来ないから大丈夫ではあるが。

 取り合えず薬で治しておこう。





 気絶していた岸根きしねの意識が回復するまでに、2つのデスマスクが付いた寸胴は新品と交換。

 奈々ななには説教をし、龍平りゅうへいが戻って来たところで夕飯となった。

 エレベーターのシステムは全部外しておいたのに、さすがに戻りが早かったな。


 幸い岸根きしねは笑いながら許してくれたが、普段だったらあんなことは絶対にしない。

 俺が初めてこの世界に来た時もそうだった。竜を解体したり、ダンゴムシを食べたり、ましてや人間と殺し合うなんて絶対にしないと自信を持って言い切れる。

 だけどした。なんの迷いもなく。

 やはりこの世界でスキルというものを手にすると、色々と心のブレーキがおかしくなる。

 問題は見られないというが、奈々ななのケアも早い所済ませた方が良さそうだな。





 〇     ◆     〇





 翌日、少し悩んだ末にみやを訪ねる事にした。

 そろそろ新規の召喚を行うかが決まった頃だろう。

 その内容次第では、双子を優先する事になるのだが……。


「元々連絡はするつもりであったが、3日後に召喚をする事にした」


 明け方に召喚庁を訪れると、単刀直入にみやはそう告げた。

 それ自体、驚きはしない。

 実際に、以前の時間軸ではこの頃の迷宮ダンジョンの時にも召喚者は行われていた。

 迷宮ダンジョンを見てから召喚を検討という話ではあったが、こうなる事は決まっていたようなものだ。

 初めて木谷きたにと地下の町で戦った時に、一緒にいた奴がそうだな。

 あの二人は完全な素人だった。とても木谷きたにの速度に追い付けるとは思えない。

 その点は誰かのスキルによるものだろうが、それ以上に弱すぎた。

 俺の目から見ても素人丸出しだったからな。


 それにそんな御託を並べなくても、現存している召喚者のリストはもう全員目を通しているんだよね。

 14期生の4人を知ったのもその関連だ。

 そしてその中に、木谷きたにと戦った時にいた定明さだあきって奴と、もう一人、名前も知らない奴はいなかった。

 実に簡単な推理だ……いやもう推理でも何でもないが。


 しかしそうなると、やはり予定通り召喚に付き合う方が先か。


「ん? 何か予定でもあったのか? ならばそちらを優先すると良い。もう急ぐ必要もないのでな」


 確かに少し位召喚が遅れても、もうあまり問題は無いんだろうな。

 俺が召喚された時点で、クロノスとしてのみやの役目は終わったのだ。

 後は本物のクロノスであるダークネスさんと協力して俺を日本へと帰すだけ。

 ……なんだけど、俺はもう帰ろうと思えば俺だけで帰れるんだよね。

 そんな事は、初めて龍平りゅうへいを日本へと帰した時から分かっていた。

 ただその理由が無かっただけの話だ。


「それでどうするんだ?」


「そうだな――」


 かつての奈々ななの件――正確に言うなら風見かざみの件だな。

 あの問題に決着を付けられるのは、新しく誰かを召喚した時だけだ。他に機会は無い。

 今の所はでの話だが。

 しかしそれは同時に風見かざみを追いつめる事になる。

 果たして無事に一件落着となるだろうか?

 なんて考えて馬鹿々々しくなるな。なるわけがない。

 それが大問題に発展する可能性は高くはないが、下手を打つと……うん、少しパスだ。


「2週間ほど時間をくれ。もう少し長くなるかもしれないが――」


「半年は待とう。それを過ぎたら消えたものとみなす。それでいいか? もちろん、それ以前に用事とやらが終わるのならそれでいい」


「十分すぎるほどだ。助かるよ」


 こうして、俺は帰還した。

 予定より時間が取れた。これなら奈々ななとのデートの時間も余裕を持って取れるだろう。

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