第555話 あいつの時計は何処から来たのやら

 当面の事を龍平りゅうへいと話し合った後、俺たちは男二人で買い物を済ませてから宿舎に戻った。

 買った服は、何の迷いもなく前の世界で使っていたタイプだった。

 防虫、抗菌、防水、防寒を兼ねた迷宮産の布で仕立てた薄手のシャツ。

 下はベルトを使わない、ゴムと紐で止めるタイプだ。

 これなら普段着として使えるし、鎧を着る時もタイプを選ばない。


 本来なら龍平りゅうへいはすぐにでも先輩の元へと行きたかったようだが、先輩の広域探査エリアサーチも次第に様になって来た。

 結構簡単に龍平りゅうへいは探知されるため、そろそろマズいらしい。

 ぶっちゃけると、ストーカー扱いだな。


 一応、先輩がそこまでストレートに感じている事は無いだろうが、これが続けば段々と過保護さの方にうっとうしさを感じるだろう。

 それに今の重要性は分かっている。

 そんな中、いつでも自分に付きまとっている事が発覚したらどうなるか。


「間違いなく嫌われるな。ストーカーとまでは思われなくとも、いつも自分の範囲内にいる事は侮辱でもあるし、サボりにも見えるだろう」


「侮辱しているつもりはないがな。何せこんな世界だ」


「それを知っているのは俺とお前と、最初からこの世界にいる人間だけだよ。それとなく危険性は話したが、結局話としてだけだしな」


「しかも一番肝心なところは言えないか……」


 だが、もう地上に戻っている召喚者には例の告知が通達された。

 召喚者同士の戦闘を禁止する事と、他者のアイテムを奪う事の禁止だ。

 一見すると似たような内容だが、実際違うしな。

 そして違反したものは、教官組ではなく最古の4人が直々に処罰を下すとなっている。

 うん、これで悪事を働くのはただの馬鹿だな。

 ましてや、やりたい放題していた連中の粛清が行われたばかりだしね。


 だけどそれで犯罪が無くなるなら、この世から犯罪は消えている。

 すぐばれる嘘でも付くやつはいるし、自分は完璧だとか、そもそも理解せずに犯罪を犯す人間は山ほどいる。

 注意する事は必須だが、やり方は少し考えた方が良いだろうな。


 幸いなのは、咲江さきえちゃんや14期生の生き残りを含めた11人は、まだ純粋にこの“ゲーム”を行っていた点だ。

 楽しんでいたかは別として、自暴自棄になったり途中で投げ出したりしなかったのは良い事だ。

 まあ14期生はこの“ゲーム”の実態を知っているし、他の何人かはもう気が付いている。

 特に探究者の村にいる別口の9人は全員気が付いているわけだしな。

 ここが現実で、もう帰れない事を。


 ……なんてね。

 実際にはもう帰れる。まだ秘密ってだけだ。

 俺が直接返してもいいし、塔が新調された今では死んでも帰る事が出来る。

 かなり便利になった。

 何より、本体戦で犠牲を気にしないで済むのが有難い。

 俺が死んだらお終いだけどな。

 でもその時は代わりの誰かを時計の針で戻して新しい時間軸が始まる訳……あれ?


 この世界には時計は2つある。

 正しくは、3つも4つもあるかもしれない。

 少なくとも、ダークネスさんが持ち込んだ一つは確定だ。塔にくっついていたし。

 そしてもう一つはなぜかあったあの時計。

 龍平りゅうへいと共に召喚されたと仮定していたが、現物を見ていない。

 あれには全てナンバリングが刻印されていたからな。見れば龍平りゅうへいの物だったかどうかは分かる。


 ちなみに塔に設置されていた時計は、俺の時とは違うナンバーだった。

 日本に戻ってからどんな人生を歩んだかはそれぞれ違う。

 龍平りゅうへいがいなかったダークネスさんは相当に苦労した生活をしていたはずだ。

 それでも、あの時計を購入したことは嬉しく感じるな。

 まあとにかく、色々代われば入手経路なんかも変化する。

 たとえ同じように並んで買ったとしても、全く同じ時間に同じ店に並んで同じ品を店員が渡す奇跡なんてものは起きなかったって事だ。


 さて脱線してしまったが、俺は前の時間軸で一つミスをしているんだよね。

 そう、秒針を失った事だ。

 それは日本に帰る物とは違う。それは代々誰かを返す為にクロノスが使い、戻ってくると刺された位置に刺さったままになっている。

 つまりあの時点で、それとは別の時計の秒針がどこかにあったわけだ。

 だけど今考えても仕方が無いな。あれはどうせ、大変動に飲まれて消えたわけだし。


 その一方で、頭の隅でもう一人の俺が否定する。

 あれは性質が迷宮産のアイテムに近い。もしかしたら消えずに残ったかもしれないな。

 しかしまあ、今はちゃんとついている。

 ダークネスさんがこの世界に戻って来た時に刺さっていた秒針も保管されてる。

 これは気にしなくてもいいか。

 後はもう1つの時計だな。


 本当に、奴は持っているのか?

 持っているとしたら、何故毎度2つ以上この世界に来るんだ?

 そして必ず1つをどうしてあいつが手に入れるんだ?

 1回や2回なら偶然もあるが、クロノスはもう何度も代替わりをしているという。

 そして必ず奈々ななの神罰によって、意図せず地球に飛ばされていた。

 その時に時計を使っていたと考えていたが、少し考えを改めた方が良いかもしれない。


 今の奴は、時計を持っていない。

 そして神罰で地球に行く事は、奴が消滅する寸前に飛んだ先がたまたまそうなるってだけじゃないのか?

 奈々ななの神罰がどういった物かは分からないから、その点もなぜそうなるかの説明とかは付かないけどな。

 ただ俺の時に2つあっただけで、実際には1つ。

 そう考えれば……だめだ。やはり何らかの手段で時計が無いと、奴が大量に人間を召喚している説明がつかない。


 入手している事は確実なんだよ。ここはより説得力がある理由が見つかるまで揺らいじゃいけない。

 そうでなければ、真実に近づくどころか可能性が無限になって決して到達できなくなる。

 当時の俺の記憶、龍平りゅうへいの記憶、そして今の変化。

 当然、それは奴にもある。

 だけど、アドバンテージとしてはこちらの方が大きい。

 何せこちらには、双子という存在がいるのだからな。


「久々に長考をしているな」


「ああ。色々と考える事があってな、特に時計の件が分からない。あいつが召喚をしている以上、クロノスの時計は必須なはずだ。だけどなぜある? 以前の世界は分かる。29歳になった俺と同じ時間からお前が来たからな。その時に持ち込まれたと考えればつじつまが合う」


「確かに聞く限りだと、あの年代まで時間が進まなければ手に入らないものだしな。今召喚されている連中が持って来る可能性はゼロだ。だが時計にこだわり過ぎじゃないのか? この世界にはもともと召喚の塔がある。奴が同じものを手に入れた可能性も否定は出来ないだろ」


「それが出来るんだよ。あの召喚の塔から召喚されるのは29歳時代からだ。それは代々の俺が証明してる。けれど、あまりにも効率も成功率も酷かった。そこで時計を設置してみたら安定したわけだ。それと同時に、召喚される時期もまた変わった。今の俺達の時間にな」


「なるほど」


「それで戻った時にニュースで流れていた世界規模の大量死。範囲の広さは、召喚する者の力の差かもしれないが、とにかく目覚めたらそうなっていた。つまりは、奴も同じシステムを使っていると考えられる。当然、時計は召喚時間を決める必須アイテムなんだよ」


「そうなると、お前がクロノス時代に俺が召喚されたって言うのはどういった話なんだ?」


「心当たりがあるにはあるが……まあただの事故。トラブルだよ」

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