第552話 だから勘違いをするな

 目の前から歩いてきたスーツ姿の男は、今更だが木谷きたにだった。


「これは珍しい所で逢うものだ。だが少しは場所を弁えて欲しいものだ。君たちにとっては普通のビルだが、この世界の人にとっては神聖な場所でね。ハーレムを引き連れての逢引きであれば、他の場所でやってくれたまえよ」


 そう言ってサングラスをクイッと上げる。

 あー殴りてえ。

 というか龍平りゅうへいがもうスタンバイしている。

 先輩をハーレムの一員扱いしたのが気に入らなかったのだろうな。

 それに振り向かなくても分かるが、須田すだ岸根きしねは全力で否定した顔をしている。

 今度、俺が培ってきた熟練のテクニックを教えてやろうか。

 その後に奈々ななと先輩にボッコボコのフルボッコにされるからやらないけど。


「そんな目的で来たわけでは無いよ。あまり挑発をしないでもらいたいな」


「力づくで止めたくなってしまうかね?」


 そう言ってサングラスをクイッと上げる。

 ただの癖なのは分かってはいるが、ああいう事を言われると開戦の合図かと疑ってしまう。


「退屈しているのなら、今度好きなだけ相手してやるよ。だから報告書に嘘を書くのも止めろ」


「嘘とは人聞きの悪い。きちんと美和咲江みわさきえには確認を取ったのだがね」


「意味が違うんだよ、意味が」


「お前らいつまで遊んでいるつもりだ!」


 さすがに見ていられなかったのか、龍平りゅうへいが割って入ってきた。

 確かにこれ以上はちょっと冗談じゃすまない。

 それに本来の目的は先輩が直面している“スキルの悪影響”対策だ。龍平りゅうへいとしても、そろそろ我慢の限界といった所か。


 事情を察したのか、木谷きたにはやれやれという手振りをすると、そのまま横を通り過ぎて行った。

 まだ言いたい事はあったが、ここは龍平りゅうへいが正しい。

 そんな訳で、俺たちはヨルエナの元へと行った。


 丁度彼女は、信者と一緒に護身術の鍛錬をしているところだった。

 神官といえども、いざとなれば戦う。それも重要な戦いともなれば子供でも駆り出される。

 それは同時に、俺のトラウマの一つでもあるんだよな。

 幾つあるんだと言われそうだが、それだけの業を積んできてしまったとも言える。

 記憶が消えるという事は本当に大切な事なのだと実感するが、たとえそうなってもこの記憶は永久に消えないだろう。


「あら、皆様いかがなさいました?」


 そう言いながら朝をキラキラと輝かせながら笑顔で歩いてくるヨルエナ。

 そしてたっぷんたっぷん揺れる間には、またもやそれでもこぼれない汗が溜まっている。

 ちょっとわざとかとも思ってしまうが、その様子は無いな。

 むしろ全く異性を意識していないから平気なのだろう。


 などと注目していたら、奈々ななに尻を全力つねられた。結構痛い。

 ……なんて可愛いものではない。

 既に奈々ななの召喚者としての成長は著しく、握力は100キロを超えているだろう。

 それがこの程度の痛みで済むのだから、俺もたくましくなったものだ。

 というよりか、現実だったらこんなものじゃすまなかった気がする。


 そもそも本当に、俺はずっと奈々なな一筋。他の女性はまるで目に入っていなかった。

 先輩すら異性とて意識していなかったのだから、自分でも筋金入りだと思う。

 だけど様々な体験が俺を変えてしまった。

 どうしても、異性を意識してしまう。


 いやいや、これもスキルの悪影響が作用しているに違いないのだけどね。

 そんな訳で、どうしても無意識の内に目が行ってしまうんだよな。

 というかそろそろ勘弁してください。

 尻の肉がむしり取られそうです。


「それで今回は、どのようなご用向きでしょうか?」


「実はスキルの悪影響の解消に関してなんだけどね」


 そう言った瞬間、ヨルエナが硬直する。

 何か変な事を言ったか?


「おそらくその様な御用件で参られる日が来るとは思っていました。ただ、全員を連れてとは思いませんでしたが」


「全員?」


「あ、失礼しました。他にもいらっしゃるのでしたよね」


 雲行きが超怪しい。俺もう帰ろうかな。

 ともいかないんだよね。何せ先輩の問題で来たのだから。


「ただその、やっぱり私は――一番下なんですよね。序列を認識させるために皆さんでいらっしゃったのですよね……いえいえ、分かっています。召喚者の方々に従うのが神官も勤めですから……ふう」


 なんか斜め下を向いて溜息をつく。

 目が死んでいるし、こういう所は分かり易すぎるぞヨルエナ。

 最初の俺を相手にした時の演技力はどこへ消えた!

 お前使命とかから離れると、途端にポンコツになるタイプだろ!

 というか、意識していないだけで知識はあるのな。


敬一けいいち君」


 言葉だけで背中を縦に裂かれたような冷たい声。

 違います。勘弁してください。

 というか、さっきの事も関係あるのだろう。須田すだ岸根きしねが全力でノーと言う意思表示をしているのが分かる。

 背中越しでも分かる。二人とも、両手でバッテンマークを作っているな。

 うん、知っているさ。俺は別に、誰にでもモテモテのプレイボーイなんかじゃない。

 というか、それで良いと思っているよ。


「えー、ヨルエナ。今回来たのはスキルの悪影響を解消する事の話でな」


「あ、はい。もちろん分かっています」


 そう言いつつも、


「……まだ足りないんだ」


 そうぼそりと呟いたのがまる聞こえだぞ。


「俺の話じゃないからな! 俺を除いた人間の話だ!」


「ええっ、そうだったのですか?」


 止めて。そこまで本気で意外そうな顔とポーズをしないで。

 誤解を与える度に、奈々ななの制御が効かなくなってくるのが分かる。

 こっちはスキルの悪影響というより、心が納得していないって感じなんだよな。

 俺だってスキルの悪影響を解消するって理由が無ければ……どうなんだろう。

 少し自分に自信がなくなってきたのが怖い。

 誰とでも、それ程真剣に向き合ってきたんだ。一時的な浮気心なんかじゃなくな。

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