第498話 聞くだけで寒気がするよ

これはクロノスが消えた時の話。

今更な質問だったな。


「すまなかったな、続けてくれ」


「ああ。今にして思えば、もっと早くから何度も奴を発見していたのかもしれない。彼女のスキルは今更だがコピー。それも効果範囲は通常とは比較にもならない事は知っているだろう」


「効果範囲は通常? すまないが、俺に選択肢は全くなかったが普通は色々と考えて方向性を選べるんだろ? 俺の知る風見かざみは……」


そう言えばコピーできる数が少し増えたくらいと聞いたことはあるが、あれは所詮自己申告だ。

あまり饒舌なタイプじゃなかったし、俺も他人のスキルを詳しく聞いたのは磯野いその椎名しいなといったキーパーソンと、教官組を選ぶ時の面接のとき程度か。

もし児玉こだまが出戻らなかったら……。


背中に冷たい汗が流れた事を自覚する。

あのポーカーフェイスの裏で、あの頃どんな事を考えていたのだろう。

俺は本当に、そっちの事はまるでダメだな。

ダークネスさんの方は俺より遥かに社交的な分だけマシだと思うが、相手がエスパーの様に心の機微を捉える風見かざみが相手では――、


「ここで言う効果範囲とは、迷宮ダンジョンで掘り出される探知機だ」


「あ、ああ、あれか。結構色々な種類が出るんだよな」


「今違う事を考えていただろう。真面目に聞く気があるのか?」


「改めて、俺の知る風見かざみを思い出していただけだよ」


「そうか。話を戻すが、探知力は高くとも、それを知らせる距離が低ければ使い物にはならない。大抵は捨てられるか、個人の邸宅に使われる程度だろう」


さらりと言い流したが、やはり俺の時代より貧富の差は大きいな。


「ところが彼女のコピーなら、効果範囲は彼女のスキルに準ずる。それに物体は成長して変化する事などないからな。生物と違って長持ちだ」


「そのコピー装置からの受信にスキルは使わないのか?」


「お前は本当に彼女と付き合っていたのか? いや、失言であった。体だけの関係であったのだろう」


こいつ何の悪気も無く、素で言いやったな。

だけど何となく人のスキルって聞きづらいんだよ。

ちなみにそんな風習になる環境を作ったのはお前だからな、みや

といってやりたいが八つ当たりだな。

自分の格を下げるだけだからやめておこう。


「彼女のスキルはコピーを作る時だけだ。維持するのにも、アイテムなどを機能させる時にも使わない。ちなみに物の移動は一ツ橋ひとつばしが作った自動人形でばら撒いた後、その場に残るなり怪物モンスターの体内に残るなり様々だ」


結構便利なスキルになっていたんだな。

というかその自動人形って――、


「その人形って、6脚で棒のような体の先端に電球の様なものが付いている奴じゃないか?」


「さすがに知っているか」


「知ってはいるが、誰かのスキルだと教わっていたよ。ついでに派手に爆発したからな。作ったとしてもフランソワが作ったかと思っていたな」


「スキルに関してはあまり間違ってはいないだろう。あれは量産できるほど作れてはいない。爆発させるなどという使い捨てにするのなら、風見かざみのコピーだろうな」


あの場に飛ばしたのは別の誰かだとしても――もしくは最初から近場のセーフゾーンに移動させてあったか……何にせよ、あの時点で俺たちを殺しに来たのが誰かなのは分かったな。それに、時期的には序盤も序盤。まだ地上に出てもいない頃だ。抹殺計画……公式に発動されていたかは分からないが、風見かざみの中ではもう動いていた訳か。

これはもう、最初からそのつもりだったと言われても驚きはしないな。


「その話に関しては、今は良いだろう。とにかくそれによって、彼女は正確に状況を把握していた。そして綿密に計画を立てていた。俺たちも、狂乱の中でも成果を感じ取っていた。だが私たちの目的は、ほんの少しだけだがずれていた。本当に、ほんの少しだけな」





この後も、みやは淡々と当時の様子を語った。

危険な迷宮ダンジョン。無限に続くような感覚に襲われ続けた戦い。

多くの者が命を落とし、制御アイテムは壊れ、次第に狂戦士の集団のような様相になりながらも彼らは戦い続けた。

流れる赤が、自分の色なのか仲間の色なのかもわからなかったという。

それでも、その時はやって来た。クロノスは遂に辿り着き、奴に張り付いていた眷族を外し、本体を露出させたという。


その状況は見てみないと分からないが、着ぐるみのような状態なのだろうか?

まあこれ以上話の腰を折っても仕方ないから流しておくが。


だがクロノスも限界だった。

その剥き出しになった体に触れ、外した。

だけど倒すには至らない。それどころか、精々手で掴む程度の量だという。

力の違いか、知識の違いか、とにかくそれが精一杯だった。とても勝機を感じられる状態ではなかったという。

しかし、それで奴は逃げた。

その点はひたすら安全策を取る奴らしい。決して無理な戦いはしないという訳だ。


取り残されたのは敵の殿しんがりと、まだ意識を保っていたみやの他はあちこちに散乱する仲間の死体。

何人かは生きていたが、精神は破壊されていた。叫び、笑い、残った敵を倒しながら引き裂かれる。その光景は今でも目に、耳に、焼き付いているという。

こいつが壊れるという表現が嫌いだといった理由も、その戦いの詳細を聞けば分かった気がする。

だがそんな狂気に満ちた世界も永遠ではない。奴は逃げ、追って行った者もいたし力尽き倒れた者も居た。

こうして喧騒が遠ざかり静寂に包まれる中、いつの間にか彼女がいた。今回の作戦を立てた風見かざみが。


「もうその時点で、クロノスは消えかけていた。ただそんな事は初めてじゃない。あれほどの激戦ともなれば、過去にもあった。それでもクロノスはいつも戻って来た。奴は俺たちのスキルが羨ましいと言っていたが、私もあのしぶとさは羨ましかったよ。だがこの時は今までと大きく違った。消え逝く彼を繋ぎとめるべき人間がいなかった。だが風見かざみが来た時、今回も何とか切り抜けたなと思ったよ」


「だが違ったんだな」


「彼女のアイテムは無事だった。だけど彼女の心の根底は、もう既に今までの彼女では無かったんだ」

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