第499話 嫌な話だ

 消えゆくクロノスに近づく風見かざみ

 撤退した本体。

 みやからすれば、今回も乗り切ったのだと感じたという。

 後はおかしくなってしまった人間の何人が正気に戻るか、それだけを考えていたそうだ。


「一つ聞いておきたいが、緑川みどりかわとフランソワは参加していなかったのか?」


緑川みどりかわもとっくに制御アイテムを壊していたよ。だけどあいつは常習犯だからな。案外何とかなるものだ。あの時は狂戦士のように本体を追って行ったよ」


「フランソワは?」


「今にして思えば、全部作戦だったのだろう。クロノスや俺たちのではなく風見かざみのな。フランソワだけではない。クロノスと親しい女性は、全員外周から奴を追い込む担当を任されていた」


 外周からか……俺も同じような作戦を取ったが、それは逃げ道を限定して罠を張る為だ。

 当然、その為のスキルは必須。

 当時はあったのだろうか?


「奴を発見したら、周囲から追いつめていくのはいつもの手段だ。だからそれ自体は不自然ではない。ただ気が付くべきだった。奴との激戦で生き残る事が出来る女性は限られている。それが誰も配置されていなかった不自然さに。こうして――あの場に残った女性は風見かざみだけとなった。そして、あの事件が起きた」


 予想だけで良いのならもう聞く必要はない。大体分かったのだから。

 だけどそれではここに来た意味がない。

 嫌な事でも、ちゃんと聞かないとな。


「クロノスは風見かざみの気配には気が付いていただろう。だがもう影も薄くなり、微かに透けていた。動く事も出来ず、彼女に声を掛ける事も出来なかった」


「……」


「だが彼女は違った。信じられなかった。ビキニのパンツから、児玉こだまが愛用していた剣を取り出した事がな」


 想像すると物凄くシュールだが、大事なアイテム袋はいつもそこに入れていた。

 というか、驚いたのはそっちじゃないよな。間違いなく。


「そして彼女は……」


『どうしてここまでやっても倒せないのよ。何をしたって無駄じゃない。今まで死んだ人間は無駄死にだったのよ。もうアンタの戦いごっこはもうたくさん! 地球? もう私たちには何の関係も無い場所じゃない。 こんな事に何の意味があるのよ! 里莉さとりはどうして死んだのよ! なんのために死んだのよ! 返して! 彼女を返してよ! この役立たず! 無能! クズ!』


「そう言って、何度も何度もクロノスを刺した。最初は静かに。だが次第に激しく叫びながら刺し続けた。彼は動けなかった。私からは背中しか見えなかったので、表情は分からない。血の一滴も出なかった。だが、クロノスはどんどん薄くなり、やがて……消えた。後に立っていたのは、何の感情も無く笑い続ける風見かざみの姿だった」


 酷い話だとは思う。

 要するに、風見かざみ児玉里莉こだまさとりの仇を取ったのだ。

 しかし話を聞く限りでは、この作戦は両面の性質があったように思う。

 一つは本当に奴を倒せる可能性。きちんと準備をして、戦力を計算して、ギリギリ勝てるであろう状況を作戦で作り出した。

 ある意味、俺が時間遡行戦を始める前に散々準備したようなものだな。

 実際、みやの説明を聞く限り作戦自体は完璧だ。風見かざみが立案しただけはある。


 だけど、この作戦は背水の陣でもある。

 クロノスの周りからは極力女性を排し、回復の余地は与えなかった。

 その不自然さに、ダークネスさんは何も言わなかったのだろうか?

 戦術だのとかは、多分ダークネスさんの方が俺より詳しかったろうし。


 とはいっても、奴を倒せるかもしれないという現実の前にはどんな点も些細な事だ。

 多少の不自然はあっても、必要だと力説されたらそこまでだしな。

 だから、案外ダークネスさんは分かっていたのではないだろうか?

 これは彼女が自分に与えた最後の機会だと。

 それにしても――、


黒瀬川くろせがわはどうしたんだ? 彼女はクロノスと行動を共にすると思ったんだがな」


「彼女は外周を固め、場合によっては逃げてくる奴を迎え撃つ係だった。当然勝ち目はないのだから、クロノスが追い付いてくるまでの足止めだ。いつも使う常套手段ではある。成功した試しは無いのだがな。それでも失敗したからといって奇策に走ってどうなる物でもなかろう」


「そりゃそうだけどな。ただ場所とかは自分で志願したのか?」


「疑っているのか?」


「そこまでは言わない。ただ当時のクロノスとは仲が良かった様子だったからな。総力戦ともなれば近くにいて当然だと思ったんだよ」


「確かにそうだが、あの頃の召喚者の多くは今よりも強かった。その中でも、彼女は最古参だったからな。場所は風見かざみが指定した。最重要地点だと言ってな。奴が逃げたら、彼女が待機している場所で足止めをする。重要な役目だ。もっとも、誰もそこには来なかったのだがな」


 互いに口裏を合わせていない限り、黒瀬川くろせがわがこの件に噛んでいる可能性は低いと思う。

 しかしそうすると――いや、先の話を聞いてからだな。


「それでクロノスの死を、お前たちはどうしたんだ?」


「その場に残っていたのは、私と風見かざみだけだった」


「おいおい」


「もう予想は付いているのだろう。真実を知るのは風見かざみと私だけだ。クロノスは奴と戦って死んだ。だから私ががクロノスの名を引き継いだ。しかし対外的にはクロノスは死んではいない。まだここに健在だ。そういう事になった」


 なったじゃないわ。

 計画書があったとはいえ、よくもあそこまで堂々と引き継いだと言えたものだ。

 本人にその気はなかったのだろうが、地位を奪ったようにしか見えないぞ。

 まあ、頼まれたってこんな地位欲しくもないが。

 というか、周りはどう見たんだ?


「生き残りがよく納得したものだな」


「無論、古参の者はすぐに気が付いたよ。私に完璧な代理など務まるわけが無いからな。それに彼は自分が本質的には死ねない事を説明していた。ハズレというスキル。それは一見すれば便利だが、現実の自分の一部を別の空間に外す事が主体だ。そして限界まで使ってしまえば、もう戻って来られなくなるとな。いわば自分の存在を代償にスキルを使っていた訳だ。心だけを代償にする私たちと違い、便利だが当然それなりのリスクもあったわけだな」


「そこまで分かっているのなら当然……」


「ああ。フランソワや黒瀬川くろせがわは必死に探したよ。だが結局見つけることは出来なかった。だが、確かに存在は消えていなかった。それが証明されたのは、ずっと先の事となるのだが」

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