第547話 許可は取ってあったが結局こうなったか

新庄しんじょう須恵町すえまち、クロノスからの命令を見ておけ。それとセポナを頼む」


 そう言って、みやからの書簡を投げ渡す。


「随分と雰囲気が変わったな。それになぜこいつの名前を知っている?」


「それにクロノスからの命令書なんて……こちらは今それどころじゃないでしょう?」


「いや、もうそんな状況なんだよ」


 渡す予定だった軍務庁の命令書を松明の中に放り投げる。


「き、貴様! 何をする!」


「メッセンジャーではないのか!」


「命令は簡単だ。勇者サンは死んだ。お前達は、可及的速やかに地上に戻るように。それだけの内容だ。ただ一つ確認をしておいてな」


「確認だと!?」


「命令を聞かない場合は本人たちの意思を尊重して以後は自由行動とする。但し新庄琢磨しんじょうたくま須恵町碧すえまちみどりは召喚庁預かりとしてこちらで引き取る」


「それだけの内容であるなら、なぜ見せなかった!」


「その必要がもう無いからだよ。もうひとつ、もし召喚者に対して危害を加えるそぶりを見せたら、全て自由にして良いと許可をもらって来たからな。貴様らの今の行為は、召喚者に対する明確な敵対行為と断定する」


 その言葉が開戦の合図となった。


「このふざけた男を始末しろ!」


 命令と共に、すぐさま剣を抜いて襲い掛かる兵士達。

 さすがはここまで来た精鋭ではある。

 それに武具は迷宮産だ。なかなか良い物を使っているじゃないか。

 だけど忘れたのか?

 いや最初から知りもしないだろうが、お前たち全員、俺を相手に全滅しているんだぞ。


 一歩も動く必要は無い。それどころか、もう指一本動かす必要すらない。

 こいつらの命を外す。ただそれだけだ。

 実にあっけなく、タントルとか言う部隊長と、配下の20人程は糸が切れた人形のように崩れ去った。

 周りの兵士どころか、新庄しんじょうたちまであっけに取られているが、これは実際に軍務庁長官のアークセンに話は付けておいた事だ。

 本当に実行に移す事は予定していなかったけれど、以前の事があったからな。保険をかけておいて正解だった。


「貴様!」


「敵襲! 敵襲だ!」


 当たり前のように騒ぎ始めるが――、


「静まれ! これは軍務庁長官アークセン・ユエ・ノムの指示だ。異議申し立てがあるなら、地上で直接行うと良い。俺の名は成瀬敬一なるせけいいち! 逃げも隠れもしない!」


 これで決着はついた。

 既に力関係は明白だし、今の俺はもう人間離れしてしまったからな。

 あるものは武器を落とし、またあるものは尻餅をつき、とても戦うような状況ではなくなった。


 そしてその直後、大変動がやって来た。





 ■     ◇     ■





 大変動の後、兵士たちは勇者サンの死を確認するために先へと進んだ。

 しかしこれは完全に無駄な事だ。もう彼の死体はダンゴムシが処理していたし、大変動で装備も消えた。

 後は黒竜相手に何人逃げ延びるかといった所だな。

 だけどそれを止める権限もなければ助ける義理もない。

 正確に言えば、以前の時間軸で無意味に殺してしまった負い目はある。

 ただあるにはあるが、またやってしまったからな。

 今更俺の協力など受け付けないだろう。


 そもそも、セポナに何かあったら新庄しんじょうが死ぬ。

 ただ蹴り飛ばされた時に、一瞬アイテムの発動を感じた。ちゃんと保険はかけてあるか。

 だがやった事を見逃すことは出来ない。


「それで、お前はどういった人間なんだ?」


「色々複雑な立場だが、内容は命令書の通りだ」


「そう言われても、私たちはクロノスの命令書なんて受け取ったことは無いのよね」


「著名が木谷きたにや他の教官組になっているか、クロノスになっているかの違いだ。それ自体が本物かどうかは見ればわかるだろう」


「そうなんだけどな。それ程の大事か?」


「ある意味そうだな」


 実際に、ここから奴が時間を戻せる状態になるまでにどの位の猶予があるのか。

 なにせ時代自体が変わってしまったから、皆目見当がつかない。

 だけど時代の変化ではなく時間の経過として考えれば、前々回の跳躍から前回までが

 37年。

 そして次の跳躍で時間軸を超すが、俺がクロノスとして召喚された133年と、今との時差が0だと考えれば僅か13年。

 そこが限界としてブレーキがかかった事になる。

 そう考えれば、少なくとも30年以上は戻れなかったわけだ。

 その前の跳躍が9年、その前が3年と考えると、倍以上に伸び続けている。案外次の跳躍までは50年以上の余裕はあるかもしれない。

 だがこの時代に来た奴は、この時代本来の奴と融合している。

 最終地点が同じだとしても、また細かく時間跳躍される恐れがある。

 だから――、


「今は地上では状況が大きく変わっていてな。召喚者同士の殺し合い、奪い会いは全て禁止になった」


「それって本当?」


 須恵町碧すえまちみどりが心底安心した顔をする。

 二人だけで行動し、過剰な財を得ようともせず、こうして便利屋をやっていたのも、案外その辺りが関係しているのかもな。


「ああ、本当だ。その辺りは、地上に行けば分かるだろう」


「行くと言っても地上まで2年近くか。しかも見るからにやばそうな迷宮ダンジョンなんだが」


 確かに苔だらけに見える淡い緑のつるつるダンジョンだ。

 実際は苔ではなく、あれはそう見えるだけの地形なのだけどな。

 ん? でもちょっと待てよ。ひたちさんは最短で6ヵ月ルートを示してくれたが……そうか、ここはいわば秘密の部分。他の召喚者には知られてはいけないブラックボックスの近くか。

 通常の召喚者は立ち入らないし、案外そうなるように仕向けていた可能性もある。

 だからこそ召喚者を嫌っている連中が来たのかもな。

 しかしふと考えてみれば、ひたちさんはどうやって時間の計算をしたのだろう。

 セーフゾーンの位置は同じでも、迷宮ダンジョンの形は大きく変わったのに。

 まあダークネスさんやその仲間が調べたのだろうが。


「俺ならショートカットできる部分がある。地上まで1か月もかからないよ」


「本当なら凄い話だが」


「安心してくれていい。事情は話せないが、初めてじゃないんだ」


 そう言ってちらりとセポナの方を見る。

 さすがに小さいだけあって見事に吹っ飛ばされたが、アイテムの効果もあってか大怪我はしていない様だ。

 今は薬も使ったから、何事も無かったかのようにピンピンしている。

 先ずは安心だ。


「しかしそれなりに地上とは連絡を取っていたんだがな。君を見た事も無いし話にも聞いていない」


「でも……相当な場数を踏んでいるわね。召喚暦も長いように感じるわ。だけど50人枠に変化があったとかは聞いていないし。一体何者なの?」


 さすがに怪しんでいるが、警戒ってほどでもないか。

 もしくは、無駄だと悟っているかだな。

 俺はもう普通に出来るが、スキルの力を間接的に使ってとかではなく、スキルそのもので生物を死に至らしめるのはそれだけで反則級だ。

 いわば成功率100パーセントのデススペル。俺だって最初の頃は出来なかった。

 どのみち召喚者には効かないけどね。その位は分かっているだろうけど。

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