第548話 当然引き取る流れだよな

「詳細は本当に難しいんだ。たださっきも言ったように、少し状況が変わったんだと考えてくれ。先ずは地上に出よう。話はそれからでも良いだろう」


「貴方が本当に信用できるのならね」


 その位の警戒はするか。まあ良いだろう。


「ではその奴隷を引き取ろう。俺に不信感を感じたら彼女を攻撃すればいい、値は幾らだ?」


「いや、確かにこちらとしても荷物が減って助かるが……」


 そんな認識かよ。というか、何で奴隷にしたのだろうか?

 それより自分の生殺与奪の権が頭の上を行きかっている状況がきついのか、セポナがなんだか死んだ目をしている。


「ではそれで良いな。ならそちらの奴隷契約は解除してくれ」


「ああ、それはいい。だがそこまで言うんだ。そちらが奴隷契約をする必要は無い。その位は信じよう」


「良いの?」


「どちらにしても、あまり意味のない事さ。こいつを守りながら俺たち二人を相手に戦う。まあ雑作もない事だろう」


 まあね。確かに今はその位の力の差がある。

 というか、セポナが酷い顔をしているぞ。微妙な変化だが、あれは庇護を失って生命の危機を感じている顔だな。

 それなりに長い付き合いだから、その位の事はわかる。

 それに何と言いますか、俺の初めての相手はおそらくひたちさんだったろうが、セポナはほぼ同時だったからな。

 あの時の記憶が曖昧なのは、召喚者として恥ずかしい。

 だがある意味、精神がスキルの悪影響にどれだけの影響を与えるのか?

 更にはそれを解消する方法と、その時の清々しさというか、開放感を身を持って体験できたのは良い事か。


「安心しろ、セポナ。お前の安全は保障する」


「は、はあ……」


「それよりも、どういう関係なんだ?」


「名前を知っているって事は、知り合いなの? でもこの子を奴隷として引き取ったのは1年近く前よ」


 入った時からじゃないって事は、セーフゾーンの町のどれかか。

 俺がクロノスの時はそれなりにゴールドラッシュの様な状態に沸いていたが、この頃の地下の町はあまり良い環境とは言えなかったな。

 セポナが奴隷になったのも、案外その辺りが原因か。


「そこは秘密としておこう。何と言うか、恩があるといえば良いかな」


「初対面なのですけど?」


「そこは黙っておけ」


 当たり前だが性格はまるで変っていない。

 というか、まだ少し表情が硬いが打ち解けてきた頃に近い。

 やはり出会い方という事か。





 ★     ※     ★




  

 地上までの道のりは恐ろしく楽だった。

 何と言っても2度目だし、構造も覚えている。

 俺が色々とこの世界の出来事を変えてしまったが、大変動という巨大な自然現象を変えるほどの事は無かったという訳だ。


 同じ場所に縦穴を開け、重力と落下を外して壁を垂直に上る。

 しかも今回は鍾乳洞まで戻る必要もないわけなので、地上までは僅か7日の道のりだった。

 前回よりも2日長いのは、二人に配慮したからだよ。

 前回は3人で入れる穴があれば良かったが、今回はそうはいかない。

 さすがにあの二人の中に入るだけの勇気は無いからね。


 そんな訳で、夜はセポナだけと一緒に寝た。

 などと言うと勘違いされそうだが、もちろん手は出していない。

 ただ抱き枕にしていると、当時の事が色々と頭を過ってしまう。

 あ、抱き枕にしているのは護衛のためだぞ。召喚者はあまり睡眠をとらないからな。

 だけどセポナといると安心する。なぜだか理由は分からないが、心が休まるというかそんな感じだ。

 これも刷り込みというものだろうか?

 最も苦しい時に、最も身近にいてくれた人だからな。

 見た目はちんちくりんだが……いや、それは自分に跳ね返ってくるから考えないようにしよう。





 ☆     ※     ☆





 出た場所は前回の下水からそのままマンホールを通って地上に出た。

 セポナが使ったルートだな。

 今回はカモフラージュする必要は無いし、あの墓地というか、遺跡をまた通るのも躊躇とまどわれたのでね。

 主に一ツ橋ひとつばしの件で。

 こっちもいつかはきちんと片付けないといけない問題なのだよなー。

 もうとっくにフランソワと意気投合して……ああ、無いわ。彼女はクロノス――というか俺以外には意外と厳しい所がある感じだったしな。

 仲裁しようにも口実が無い。結局は成り行き任せではあるが、あの塔が接着剤として機能してくれることを祈るしかない訳だ。





 さすがにあっという間に地上に出た事を、3人とも驚いていた。

 そりゃまあ、入ってから2年近くが経過したとか言っていた訳だし。

 その間、あれだけ召喚者嫌いな連中と付き合うのは大変だっただろう。


「驚いた。本当にこんなに早く出られるのね」


「それにしても、アンタのスキルがよく分からないな。スキルは一人1つが原則だ。特性は成長で変わるというが、根本的な性質は変わらない。だが見た限り、どうもスキルに一貫性というか、基本が見えてこない」


「スキルに関しては秘密の方が良いだろう?」


「なんだ、しっかりとルールは知っていたか」


 まあ俺たちの時は自分のスキルをべらべらと話していたけどな。知らないって怖いわ。

 そういえばクロノス時代に“どうせ神官が言うんだから秘密にしても意味はなさそうだ”と思っていたが、初めて召喚された時は聞こえなかったな。

 あの頃は、まだまだ普通の人間くらいの聴力しかなかったって事か。


「安心して、迂闊に言いそうになったらちゃんと止めたから」


 やっぱりこれが当然か。スキル同士で戦ったら、初見殺しを持っている方が圧倒的に強い。

 逆に知られていたら無効化されてしまうスキルもある。

 こんな時代だ。互いのスキルは教え合わないとは思っていたよ。


 そういや、ひたちさんは最後まで自分のスキルを教えてくれなかったな。

 だけど咲江さきえちゃんは教えてくれたチョロい……ではなく、ちゃんと信頼してくれたって事なんだろう。


 それよりも、地上に出て一番はしゃいでいるのがセポナだったのが意外だった。

 あの時は淡々と別れ、淡々と出て行った。

 そりゃそうか。あの時点で、自分の死を確信していたのだからな。

 だけど今は違う。本当の意味で、自由の身というやつだ。

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