第546話 そうだよこんな世界だよ

 当然ながら、鍾乳洞周辺のセーフゾーンの位置は全て把握済みだ。

 というか、ラーセット周辺はもちろん、南のイェルクリオ周辺や北のマージサウル周辺も全部頭に入っている。

 これも全部磯野いそののおかげだ。

 さすがにそこから先は、それらの国の縄張りだけあって調査は出来なかったけどね。


 でも今の目的地からは関係ない。

 先ず向かったのは、初めて入ったセーフゾーンでもある鍾乳洞だ。

 特に用事があるわけでは無い。ひたちさんが埋めたボタンの形跡もない。当たり前だが。

 というか、来るのはこれで4度目か。

 今回の用事は、単に気を引き締める為。本当にそれだけだ。


 全て忘れるわけがないが、それでも直接ここに立つと気が引き締まる。

 これからも、悩んだり初心を忘れたらここに来るのも良いかもしれない。

 ではまあ、次の場所に行くか。


 ――ク……ロ…………ス……。


 ……ん?


 今何か聞こえたような気がしたけど……。

 目を閉じ記憶を確かめる。

 うん、確かに聞こえていた。幻聴ではない。

 ただ小さすぎてよく分からなかったし、今はもう聞こえない。周囲に誰かの気配も無いな。

 これも迷宮ダンジョンの不思議の一つだろうか?

 何が起こるかまだまだ分からない事が多い。


 それに聞こえ方の感じからして、単なる風の音のようにも聞こえる。

 こういう時にハッキリと思い出せる召喚者の記憶は便利ではあるが、どちらにしてもあまり意味は無かったか。

 さて、大変動は近い。あまりのんびりしている余裕は無いか。


 そんな訳で、次に飛んだのは黒竜の部屋だった。

 ちらり覗くと、やっぱり黒竜は生きていた。

 中には見たところ何もない。まあ分かっていたけどね。

 黒竜は人など食べない。ただ侵入した異物を殺すだけだ。

 だけどここには死体の掃除屋がいる。散々食べたダンゴムシだな。

 おおかた、遺体は腐る前にセーフゾーンの外に捨てたのだろう。

 自分で助けないとは決めたが、それでも手だけは合わせておいた。

 外に転がっていた、勇者の剣に。


 普通の武具なんかは金属でも分解されて迷宮ダンジョンに取り込まれるが、さすがに出土するものはそのままなんだな。

 懐かしくてふと持っていきたくなるが、結果が分かっていながら同じことをしてどうするよ。

 さて、黒竜が睨んでいるのでそろそろお暇おいとましよう。

 アイツ怒らせるとセーフゾーンの外にも出てくるからな。

 負ける事は無いが、わざわざ倒しても仕方がない。


 こうして次に飛んだのは、ようやく初めて戦ったセーフゾーンだった。

 ふと考えたら、形見としてなら勇者の剣は持って来た方が良かったのではないだろうか?

 その方が説得力はあるし。

 だけど今更そんな事を気にしても仕方が無い。


 ここはあの時と変わらない。ここから見るとギリシャ風の柱が並んで立っていて、反対側も同じだ。

 普通に見れば巨大な神殿に見えるが、見方を変えればでかい檻にも見えるな。


 あの時と同じように、柱の前には兵士がしっかりと配置されている。

 大変動が近いとはいえ、最後まで備えを解かない点はさすがだね。

 そもそも召喚者が二人護衛に付いているとはいえ、こんな所まで来るのはエリート中のエリート。最高の精鋭部隊だろうしな。


「おい、止まれ!」


「妙だな、人間か?」


「いや、待て。あれは召喚者じゃないのか? 新庄しんじょうさんか須恵町すえまちさんを呼んで来い」


「いや、もう来ている」


 そう言って、兵士の間から新庄琢磨しんじょうたくまが出てきた。

 記憶では何度も反省し、その度に胃が痛くなった。

 しかし、こうして違う形で対峙するとまた別の罪悪感が湧いて出る。


「初めましてですね。|成瀬敬一(なるせけいいち)と言います。召喚庁長官クロノスと、軍務長官アークセン・ユエ・ノム殿からの命令書を持ってきました」


「指示書の類ではなく命令書か。まあこんな所で話しても仕方がない。入んな」


「では失礼します」


かしこまる事もない。召喚者は全員対等だ。まあ色々な意味でだがな」


 生きるも死ぬも、殺すも殺されるのも全て等しく対等であり自由か。

 教官組どころか、最古の4人でさえ、その枠からは逃れられてはいない。

 それは建前ではあるが、事実でもある。

 4年前の反乱では、教官組にも命を落とした者がいたというしな。

 もし反乱側が圧倒的に強ければ、最古の4人も倒されていたかもね。


「あれ、その人は?」


 当たり前だが須恵町碧すえまちみどりさんもいるな。

 あの時と同じく地味なローブ姿も変わらない。

 どうしても胃が痛む。

 外したいが、相手に俺のスキルは分からない。でも発動は分かる。

 ここは我慢するしかないな。


「召喚庁と軍務庁からの使いだ。見ての通りの召喚者だな」


 おいおい、今はスキルを使っていないから目の紋章は無いぞ。

 ……とか意味は無いか。もうあの頃とは違うんだ。

 二人とも顔には出さないが、もう近くにいるだけで召喚者と分かるレベルの俺を相当に警戒しているな。


「ここの部隊長はタントルだ。セポナ、呼んできてくれ」


 木箱の影からひょこっと顔を出す小さな姿。

 俺はロリコンではないが、それでもドキッとして胸が締め付けられそうになる。

 あの時と同じ、粗末なミニスカワンピース。

 顔色はあまりよくは無いな。

 あの時は俺の事があったからだと思ったが、考えてみればこんな環境にいるんだ。

 健康艶々だったらかえって不気味だ。


「分かりました」


 そういってトテトテと走って兵士の集団の中に入って行った……が、


「用がある時は『話しかけてよろしいでしょうか?』だろうが! 何度言えば覚えるんだ!」


 そう言って近くの兵士が思い切りセポナを蹴り飛ばした。

 小さく軽いセポナが、数メートルは宙を飛んで地面に叩きつけられる。


「ゴホ、ゴホ……も、申し訳ございません。急ぎの御用の様でしたので」


「それを判断するのはこちらの頭だ。奴隷ごときが口を出すな!」


 ああ、奴隷がこの世界では主従逆転しているという考えはたった今すっとんだわ。

 当人同士の生殺与奪は確かに奴隷側が握っているが、元々、行き場のない人間は召喚の生贄か奴隷だったな。

 忘れていたわけでは無いが、セポナが自由過ぎて……そして世話になり過ぎて考えていなかったよ。


「おい! 俺の奴隷に何をする」


「もし琢磨たくまに何かあったら、分かっているんでしょうね?」


「そちらこそ、こちらが精鋭中の精鋭だという事を忘れているんじゃないのか?」


 しかしこのままでは一触即発だな。

 指揮官である勇者サンは召喚者を嫌っていたが、部下はそうじゃないと信じたかった。

 この世界には良い人間が山ほどいる事を、俺はもう知っている。

 でもまあ、これはやっちゃっても良いか。

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