第545話 先ずは挨拶からだな
そろそろこの世界に召喚されて3ヵ月。大変動も近くなってきた。
ラーセットの各地に設置された大時計もどきの検知器も、いつ発生してもおかしくない位置を指している。
この時期のラーセットは大忙しだ。
当然、奥へ潜れない現地の採掘者にとって、このタイミングは絶対に外せない。
というよりも、召喚者がいない国は全部そうだ。
そしてまた、セーフゾーンに作られた地下の町との連絡網が取れているかの確認も重要だ。
素早く移動できるようなら超ラッキー。いつもよりも深くまで行けるフィーバータイム。
逆にルートが困難だと範囲は制限され、稼ぎは大きく減る事になる。
場合によっては、人が入る事自体が困難な
もっとも、そこに住んでいる人にとっては本当に死ぬ可能性もあるから堪らない。
ところがそれを解消してくれる救世主が召喚者である。
この時代では召喚者と現地人との仲は決して良くはないが、それでも彼らが持ってくる様々な品は都市を潤し、荷物持ちに指名されればかなり安全に儲ける事が出来るわけだ。
そんなわけで、既に戻っている召喚者どころか、俺たちの所まで現地の人間が雇ってくれとやって来る。
奴隷志願者もかなり多い。というより最初からずっと思っていたけどさ、奴隷と翻訳はされているけど実際の主従は逆転しているよね。
まあそれなりに命令は聞くし嘘を付けなくなる問題はあるが、どんな行動をしでかすか分からない脆弱な現地人と運命共同体になるのはリスクが高すぎる。
俺も今だったらセポナを奴隷にはしなかったよ。
まあそんな中、俺は
現在の長官はアークセン・ユエ・ノムという。
少し小太りだけど、目の下にクマがあり頬も痩せている。
病気というほどではないが、これは心労によるものか。
外してあげても良いが、精神に関する事はある種の洗脳だ。それにどうせすぐに戻ってしまうだろうから意味は無いな。
歳は42だそうだが、3年前にこの地位に就いた時は自殺しようとしたそうだと聞いている。
俺がクロノスの時もそうだったが、この国の人間。特に軍務庁長官は成り手が少ない。
だから無理やり階級順になり、よほどの事が無い限り退官も許されない。
だけど気持ちは分かる。ここは平和で安穏とした世界ではないからね。
表面上は南北と睨み合っているが、重要なのはそちらではない。
こればっかりは、そういった世界なのだからと諦めるしかないが、事あるごとに部下が死んでいく。
常時小規模な戦争しているようなものだが、そのリスクを負わないと国を維持できないから仕方がない。
とはいえ、その重圧は相当なものだ。
召喚者がいない国など、本当にやっていられないだろう。
だがそれでもやらなければ国は亡びる。遊び惚けている余裕も、大勢の同胞が亡くなったからと嘆いているはない。
だからこの世界の権力者は、成り手がないわりに無能と呼べるような奴もいない。
一度北のマージサウルの3長官をボコったが、彼らも彼らなりに考えて行動していた。
彼もそんな中の一人であることは間違いないだろう。
見た目は不健康だが、目つきが違う。
「これはこれは、
促されるままに座ると、すぐに秘書が茶を出してきた。
この国特有のものではなく、召喚者の味覚に合わせたものだ。
紅茶のような香りがなかなか良い。
味はキノコ汁のような感じだが。
少なくとも、彼の様子では俺の正しい立場は分かっていない様だ。
まあ秘密を握る人間は少ない方が良い。
現地人で知るのは、神殿庁の――それも神官長ヨルエナくらいなものだろう。
改めて考えると、あんな緩い性格なのに、あの演技を一生懸命演じていたと考えると少し可愛くもある。
だが最後は自らの行いに殉じた。
助けようとも思ったが、実にあっさりと却下されてな。
今考えてみれば、何があっても俺にだけは助けられるわけにはいかなかったのだろう。
彼女にとって、クロノスとは絶対的な存在。それを罠にはめて、死ぬかもしれない世界に放り込んだのだからな。
初めて出会った時には、もう自分の死を決めていたわけか。全ての責任を取るために。
決して茶化していい事じゃないし、もうやらせもしないさ。
「それで――ええと……大変動後に勇者サンの部隊を戻す事の許可であったな」
「ええ、計画に変更があったとクロノスからの命令です。私のスキルであればすぐに行けるため、今回はメッセンジャーの役を仰せつかりました」
「私の前で、そんなに畏まらんでくれ。つい最近も不祥事が出て胃が痛くてしょうがない。ふう……もっと若いうちに
本当にこの世界の権力者は辛そうだな—。
でも国が潤えば商人が活気づき、政治も少しは楽にはなるのだけどね。
その辺りは
「それで命令書の件ですが」
「ああ、とっくに出来ているよ」
そう言って渡されたのは、
見た限りでは封もされてはいないが、どうせ何かのアイテムだろう。
確認する事も出来るが、今更俺を罠に掛ける事に意味を感じない。これで問題はないだろう。
「ありがとうございます。では早速。あ、それと一応は確認なのですが……」
「――分かった。仕方あるまい」
こうして、俺は目的地までの距離を外した。
後に残された軍務庁長官のアークセンが「やはり召喚者は羨ましい。あんな事が出来れば、人生何の苦労も無くて楽しいだろうなあ」と呟いたと事を
知っても、ただ苦笑するしかないだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます