第544話 こんな性格とは思わなかった

 ごう先輩の部屋は、何と言うか分かりやすくトレーニング器具が置かれた殺風景な部屋だった。

 おそらく主食はプロテインだろう。これは偏見だが。


「お前の所はもう大所帯だな。羨ましいよ」


「先輩はこちらのチームに入らないんですか?」


「そうだな……考えない事も無かった。だが、あのチームはお前がリーダーで、バックが西山にしやまって感じだろう?」


 まあバックとか言うと龍平りゅうへいは怒りそうだが、そう見られていたのか。

 確かに学校では成績が良いだけで貧乏な日陰者。なのに水城みなしろ姉妹とは幼馴染で、妹の方と付き合っているときた。

 当然周りは気にくわないが、俺の後ろには先輩を通して西山にしやまグループの御曹司が付いていた訳だよ。

 うん、否定は出来ないな。


「そこに3年生の俺が入ったら、正直和が乱れるだろう。知っていると思うが、これでも結構有名人でね。しかも案外我が儘わがままなんだよ」


「一流のアスリートは、みんな我が強いとは言いますけどね」


「お、言ってくれるね。まあそんな訳で、船頭多くして船山に上るとも言うだろう。リーダー格みたいのが増えると、絶対に上手くいかない。他の二人はお前たちの輪に入れない間にあんな事になったからな。まあタイミングを逸しただけだ。もし希望があったら入れてやってくれ」


 あんな事って言うのは例の粛清だ。

 自業自得とはいえ安藤秀夫あんどうひでお入山雄哉いりやまゆうやが処分されたからな。

 名目上は“著しく法に違反したためゲームオーバーで帰還”という事なので混乱は無かったが、まだルールを把握できていない状況では、大人しくもなるか。


「先輩がチームを組んでリーダーをすればいいじゃないですか」


「新人が3人だけでか? 失敗が見えている事をはしない。お前もこのゲームに勝ちたいのなら、まず頭を使え」


 この人、案外俺と考えが似通っているな。

 もっとも、俺はそんなに我が儘わがままではないが。


「俺はもうしばらく木谷きたに教官たちに色々教わってから、この世界をよく知っているベテランのチームに入るよ。それが一番勝率が高いと俺は見たね」


「先輩程の人が、そんな簡単に頭を下げられるんですか?」


「言ってくれるじゃないか。まあお前たちにはそうだな。後輩だし。だが俺はプロに行くんだ。そこは俺よりも遥かに経験も実績も上の先輩たちの競争社会だ。そこでやって行く事と何も変わらないさ」


「確かにそうかもしれませんね」


 そんな事を話した後、俺はごう先輩の宿舎を後にした。

 あの人は多分、成功するだろう――後は実力次第だな。

 それはともかく、結局風見かざみの事などは一切話さなかった。

 接触した形跡が全くなかったからだ。当然、指輪もはめていない。

 それに、思ったよりも遥かにしっかりした人間だった。

 だけど同時に、やはり奈々ななのタイプでは無いなとも思う。

 なんというか、やっぱり豪快なんだよね、話し方が。

 奈々ななは育った環境のせいもあるが、大声で話されると委縮してしまうからな。


 じゃあ、あの時の一件は何だったのだろう?

 言うまでもなく、俺はようやく地上に出て奈々ななに出会った時の話だ。

 当然気になるところだが、さっきの会話と今までの出来事で大体見えてきた。


 今でこそ分かるが、当時は最初から不自然だった。

 教官組も最古の4人も邪魔に入らず奈々ななの元に行けた。その時点でおかしすぎる。

 一般人が総理大臣の家族の家に行ってお茶を飲むくらい異常だよ。

 なら確実にわざとだ。

 追い詰めつつも、実施には風見かざみが先戦を立てて緑川みどりかわ黒瀬川くろせがわの協力の元、俺をあそこまで誘導した。

 案外ひたちさんも、あの時の一件に関わっていたのかもしれない。


 理由は簡単だ。

 俺を精神的に追い詰め鍛えるため。

 その決定打にする為だろう。

 確かにアレによって、俺の心は粉々になったよ。

 そしてアレがあったから、俺はスキルの悪影響を解消する術を知った。

 いや――ひたちさんは最初から知っていたな。

 今思い返せば、そうとしか思えない。


 そうなると、先輩の一件にも関わっていたのか?

 俺が奈々ななに辿り着けなかった時の予備として。

 でもさすがにそれは無いか。

 やっていた連中は俺が召喚される前からの悪党だ。それに仕組んだのはその元締めで、しかも同じ学校の先輩であった安藤あんどう入山いりやまが共謀していたんだ。

 さすがにひたちさんが関与する余地はない。というか必要ない。

 そもそも彼女本人が悪人ではないし、逆に相容れない方だ。

 そっちに関しては考えすぎだろう。


 それよりも謎なのが、あの時の奈々ななの態度。

 操られていないのであれば、あれはどういう事なんだ?

 俺は確かに、あの時は真実の奈々ななを見た。些細な嘘も、演技も、見落としたりなんてしない。

 不自然だったのは指輪だけ。だからそこだけが気になった。

 そして全ては指輪が原因だったと思い込んできた。

 しかし効果は真逆。操るとか成長を抑制するとかではなく、逆にスキルを強化し成長を促進させてしまうものだ。

 コピーの話と完全に矛盾する。


 そしてごう先輩なのだが、元々ああいった有名人は俺様系天狗野郎と思っていた。

 だから、あの時からずっと憎んでいたんだよね。

 だけど話してみたらまるで違う。

 ちゃんと両足を付け、前を見据えて人生を進んでいる人間じゃないか。

 ほんのわずかな時間しか見ていなかったとはいえ、きちんと観察していなかったのが悔やまれる。

 そう言った意味では、奈々ななに関しても実はそうなんだよな。

 これが継続していれば今見たように思い出せるのだが、俺には地球での期間があるからな。

 思い出したくない事は、正直かなり曖昧になってしまっている。

 その中でも、この件は特にそうだ。

 思い込みと消したい記憶という認識が、俺から大事なものを隠してしまったのではないだろうか。


 ただごう先輩に関しては、今回の件で逆に予想しやすくなった。

 目上の人間には逆らわない。

 しかもあの奈々ななの恋人役だ。極度の巨乳恐怖症でもない限り喜んで引き受けるだろう。

 そうなると、ごう先輩もコピーだった可能性は消えた。必要がない。

 本物の指輪もいらないな。こっちもイミテーションで良いだろう。

 どうせ奈々ななの指輪も、“隷属の指輪”なんてものじゃなかったのだからな。


 これで大体分かった。

 他に知るべきは……これでもう一つだけか。

 まあ、それに関しては次の召喚の時に提案すればわかるだろう。

 大変動まであと少しだしな……って、新庄しんじょうたちに帰還命令を出さないと。

 もし現地人の軍体が承知せず新庄しんじょうたちも彼らに付き合うというのなら、無理矢理にでもセポナだけは頂いて行こう。

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