第542話 この効果は納得できない

 翌日、精も根も尽き果てて寝ている二人を置いて、俺は急ぎ神殿庁へと向かった。

 目的はもう言うまでもないだろう。

 目的の人物――ヨルエナは朝の礼拝の真っ最中だった。


 とはいっても、神官長とはいえ大規模な儀式ではない。

 ただ普通の信者と同じように、壁にある鏡に向け、片膝を立て、両手で鏡に触れながら無言で見つめ合うというものだ。

 あれは自分と、自分を通して見た神との対話をしているらしい。

 宗教観がさっぱりな俺には全く分からないが、どんなに急いでいても他人の大切な時間を邪魔するつもりはない。

 ましてや彼女にとって、あれは生きるという行為そのものを意味しているのだしな。


 礼拝はほんの30分程度で終わった。

 ただそれなりに消耗するのか、汗びっしょりだ。

 俺が同じ事をしてもああはならない。やはり真剣さと集中力、それに信仰心の差だろう。

 それよりみっちり閉じた胸の谷間に貯まった汗を何とかしてほしい。

 俺が拭くわけにもいかないし。


「あ、これは敬一けいいち様。ようこそお越しくださいました。もしかしたらお待たせしてしまいましたか? お声をかけてくださっても良かったのですよ」


「そんな野暮はしないよ」


 というか、汗がキラキラと光るヨルエナが何ともいえず美しい。

 当時は不倶戴天の敵だったから、そんな事を思いもしなかった。

 こんな笑顔を向けられる事も無かったしな。


「それより、最近鑑定に持ち込まれたアイテムはあるか? 指輪の形をしているんだが」


 あの4人が手ぶらで帰って来たとも思えないので他にも色々と持ち込まれているだろう――と思ったのだが、


「はい、指輪は一つだけ持ち込まれています。美和咲江みわさきえ様という召喚者の方が持ち込まれたものです」


「それは今あるか? ちょっと説明を聞きたいんだ」


「説明は出来ますが、残念ながら指輪の方はもう無いのです。何でもその指輪が入ったら、すぐに召喚庁に持ってくるように言われていた職員がいたようで、宝物庫に行く前に召喚庁に提出されたのです」


「依頼者は分かるか?」


「詳しくは分かりませんが、召喚庁として正式に出された書類がありましたので。申し訳ありません。敬一けいいち様からも鑑定依頼があったのを聞いたのはその後でしたので」


「いや、良いよ。早い者勝ちだ。それで書類というのは?」


「書庫の蔵書とページ、アイテム名が指定された書類でした。それ自体、正式に出された物に間違いありません」


 召喚庁が正式に出したという事は、間違いなく発行できるのは最古の4人。

 そして、出元は風見絵里奈かざみえりなに間違いはない。

 鑑定と言っても、魔術師みたいのが”ほんにゃらむにゃむにゃ”と呪文を唱えるわけでもないし、錬金術師みたいのが秘薬などを使う訳でもない。

 基本的には全てあの大量の蔵書から調べる事になる。

 もちろん最終的な判断は神官が行う。スキルの制御アイテムを出すなど、そっち系に関しては完全にエキスパートだからね。

 だが完全な新種という訳でなければ、同じ形をしていれば全部同じ効果だ。

 神官が行うのは、そこに見ただけでは判らないような微妙な差があるかどうかだな。


「それで鑑定自体は行ったのか?」


「はい。同じ物は確かに指定された書物に記されていたのですが、あくまで書き写されたものですので。微妙な誤差で、全く違うアイテムである事もありますから」


「鑑定はヨルエナが?」


「ええ。一目で分かる様な品は他の神官に任せますが、珍しいものは神官長自らが行います」


 その辺りは、俺がクロノスの頃と同じだな。

 そしてその頃、風見かざみは神殿庁の書庫に入り浸っていた。

 もしこちらの風見かざみも同じ事をしていれば、先にアイテム自体の存在を知っていてもおかしくはない。


「一応聞くけど、過去幾つくらい出土しているんだ?」


「遠くの国からの資料にあっただけで、ラーセットでは初めての品でした」


 鑑定に持ち込まれないアイテムもあるにはある。

 帰還するまで、強力なアイテムを持っている事を知られたくない場合などだ。

 こちらの時間軸では、同じチームですら後ろから刺してくる可能性があるからな。

 まあ鑑定してゴミが出た時の落胆は酷いものだろうが、その時はまた振り出しに戻るだけだろう。


 そんな事より重要なのは、たまたま偶然に召喚者が発見し、これまた偶然わざわざ荷物チェックなどをしない限り、風見かざみが既に1つ以上持っている可能性はほぼ消えたという事だ。

 まあ咲江さきえちゃんのように無警戒に身に付けているのを見つけた可能性はゼロではないだろうが、風見かざみと召喚者の行動パターン的にまずありえない確率だと言って良い。

 そもそも、持っているならヨルエナ自身に現物を見せるのが一番早いよな。

 というか風見かざみならそうしている。


 となれば、2つあったのだから片方はコピーという事になる。

 だがそれは実際の所、変なんだよね。これがずっと心に引っかかっていた。

 あの時に奈々ななは、“こうして互いが互いに隷属して、初めて効果が出るのよ”と言っていた。つまりは、これは対になっていなければ意味がない。片方が2つあってもまるで無意味となる。

 でなければ3つ目が出て来たら3人が互いに隷属する事になってしまう。100個なら100人だ。

 もう収集がつかないな。


「それでどんな効果だったんだ?」


「ご存じで探していたのでは?」


「いや、単純に個人的な興味だよ」


 そう言いつつも、身構えてしまう。

 ただのガラクタや、強力でも普通のアイテムでは今の言葉は出ない。


「そうでしたか。召喚者の方専用のような品でしたので、敬一けいいち様が探すのもそういった理由かと思いました」


 ヨルエナは普段通りだが、こちらはもう緊張で心臓バクバクだよ。

 これで大した事の無い効果なら、それはそれで良いんだけどな。

 それに俺自身、あの指輪から強い力は感じなかった。効果自体は軽いはずだ。


「あれは心の平穏を高める効果のあるアイテムです。私たちにとってはそうですね――ストレスを解消するような物と言ってもいいでしょう。かなりのリラックス効果を感じました。召喚者の方々には私たち程には効果は無いと思いますが、僅かでも精神の安定はスキルの効果に大きく影響します。そういった意味では、私たちより遥かに有用でしょう」


 冗談だろ?

 正直、そうとしか思えなかった。

 だけどヨルエナには嘘をつく理由がない。

 というか、仮にあったとしても俺にはつかないだろう。

 彼女は、俺という存在の意味をしっかりと理解しているのだから。

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