第539話 口出しできない自分が情けない

 俺のスキルは”次元変異”とか”空間操作”とか言われたが、自分の中では今でも”ハズレ”って名前が一番しっくりくる。

 何かを外すスキルであり、便利ではあるがこのスキルのせいで俺の人生は大波乱の大外れとなった。

 正にスキルのハズレくじだ。


 同時にこのスキルが無ければ、とっくに俺はこの世にいない。

 多分最初の俺の時点で何もかもが終わっている。

 そういった意味では複雑ではあるが、目の前で起きている事はもっと複雑だ。俺にとってはだが。


「それでどうなの、奈々なな。現実を受け入れられない貴方じゃないでしょ?」


「う、うう」


「悩んでいる間にも、敬一けいいち君の症状は悪化していくわ。美和みわさんという方を抱いたのも、もう限界だったからだって木谷きたにさんも言っていたでしょう」


 あ、ちゃんと伝えていたのか。

 誤解していたよ、木谷きたに

 でも抱いてはいない。そこはちゃんと伝えてほしかった。


「『飢えた状況で目の前に女がいたから、そんな事は関係なかっただろうけどね』とも言っていたじゃない」


 ……絶対にわざとだわ。

 やっぱあいつ日本に帰しておいた方が良いか?


「それは予想でしょう。ちゃんと現実を見なさい。どうなの? 他の女性に敬一けいいち君を委ねるの? それで良いの? もしそうなら、私が相手をするわ!」


 爆弾投下は止めて頂きたい。

 だけど本気も伝わってくる。

 間違いなく、ここでの返答次第では……。


「でも嫌なの! そんな理由で結ばれるなんて! そんなのただの道具じゃない!」


 言われて胸に見えないナイフがグサリと突き刺さる。

 そんなつもりはなかった。

 でもその必然性はあった。

 結果として、俺はスキルの悪影響を解消するために沢山の女性を抱いた。

 たとえそこに愛があったとしても、それが事実なんだ。


「貴方の気持ちは分かったわ。でも私は道具でいいと思うの」


「お姉ちゃん!」


奈々なな。貴方は敬一けいいち君の言葉が信じられないの? 彼が好きで他の女性を抱いたと思っているの?」


 心臓に釘がグサグサ刺さる感じだ。

 好きでした。

 愛していました。

 それもまた本当なんです。

 自分でも酷い事を考えているのは分かるけど、誰か助けて……。


「そんなことは無いけど」


「それに、おじさんになった敬一けいいちも見ているんでしょ」


 すみません、当時はまだ29歳です。

 先輩も29歳でおばさんと呼ばれたらショックを受けますよ。

 今はそれどころじゃないけど。


「うう……」


 ここまで言い返せない奈々ななも珍しいけど、俺が口を出せる問題じゃないしな。

 当事者なのに情けない。


「なら全部信じるしかないでしょう。その上で、恋人である貴方がちゃんと決めなきゃいけないの。そうでなければ、彼はまた他の女性に手を出すのよ」


 というかやっぱりそう思われますよね。

 否定できないだけの遍歴を重ねてきた自分が恨めしい。

 ただこの問題は、確かにもっと早くに決める必要があった。

 本体の奴を甘く見過ぎていた点もあるが、三浦凪みうらなぎに言われた言葉が重い。

 原因も分かっている。今まで散々無茶をして来たツケが回って来た。

 だけどそれだけじゃない。


 この世界に来てから殆どご無沙汰なのも大きな要因だ。

 というかほぼそれが理由だと言って良い。

 スキルは完全に消しきれない。スキルは使うほどに成長するが、何もしなくても召喚者として成長していく。

 使っていないつもりでも、自然と効果は出ているんだ。

 そして俺の力は、もう以前の頃とは比較にもならない。

 ただこうしているだけでも、通常より悪化しているわけだよ。

 これはもう奈々ななたちと一緒に過ごす程度じゃ解消しきれない程に。


 だけど俺にだって人生設計がある。夢と言っても過言ではない。

 奈々ななが義務だので抱かれるのが嫌な様に、俺だってそんな形で結ばれるなんて望んでやしない。

 じゃあ先輩と? 他の人と? 今この瞬間、間違いなく本物の奈々ななが目の前にいるのに?


 けど、こうしてうだうだしているうちに時間だけが過ぎていく。

 じゃないって。過ぎるのが時間だけならいいんだ。だけどそこに、タイムリミットがあるのが問題なんだよ。

 しかもそれはゴールラインの様に、一定の線を超えたらアウトというものではない。

 暗闇に向けて、ゆっくりと歩いているようなものだ。

 振り返った時、俺はその歩んできた道のりを思い出せるだろうか?

 そもそも振り返ろうとすら思えるのだろうか?

 そんな状態だ。


「いい加減に決めなさい、奈々なな。もし貴方が出来ないというのなら」


 そう言って、何の迷いもなく制服をあっさりと脱ぎ捨てる。

 もう残っているのは下の薄い布とソックスだけだ。

 もう先輩の覚悟は確かめるまでもない。

 だけど――、


「う、うわあああああー!」


 奈々ななは泣きながら部屋を出て行ってしまった。


「先輩!」


「追い詰め過ぎちゃったかしらね」


「本当ですよ」


「それでも、もう決めないといけないのよね」


 先輩の目は、真剣そのものだ。


「時々ね、敬一けいいち君がそろそろ戻ってこないかなって広域探査エリアサーチを使っているの。たまに見つけると嬉しくなるわ。ああ、もうじき帰って来るんだって。でもね、同時にどんどん気配が薄くなっているのが分かるの。事情はもう奈々ななから聞いているわ。私は本気で、いつでも良いって事を忘れないで。さあ、早く奈々ななを追いかけて」


「……すみません」


 先輩の広域探査エリアサーチ。以前なら感知できた。

 でも今は、まるで気が付かなかったよ。

 先輩からも感知が難しくなってくるように、俺もまた気が付かない所まで足を踏み入れている。

 だめだ、やはりもう考えるのはここまでだ。


 こうして俺は、奈々ななを追った。

 とはいっても速度は段違いだ。追うも何も、瞬きするほどの時間で追いついた。





 ※     □     ※





 部屋に一人残され、溜息を吐いた瑞樹の肩に、ふわりとガウンがかけられる。


「あ、龍平りゅうへい君……」


「風邪ひきますよ」


 そう言いながら、すぐに後ろを向く。

 瑞樹とは背中合わせの状態だ。


「あら、召喚者はこんな事くらいじゃ病気にならないんでしょ」


「気分の問題ですよ。それより、良いんですか?」


敬一けいいち君の状態を考えれば、遅すぎたくらいよ」


 瑞樹にとっても、これは今までの人生の中でも一番の勇気が必要だった事だ。

 好きな人に裸を見せ、尚且つその人を妹の元に向かわせるのだ。

 だけど涙はこぼれなかった。もう十分すぎるほどに、覚悟はしてきたのだから。


「泣きたくなったら、いつでも胸くらい貸しますよ」


「ふふ、龍平りゅうへい君も、そんな冗談を言えるようになったのね。でも……今は無しにしてね」


 歯牙にもかけない即答に、龍平りゅうへいの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。

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