第536話 落ち着いて考えてみよう
すっかり暗くなっていたが、俺は直接自分たちの宿舎には戻らなかった。
行ったのは小さな公園のひとつ。ラーセットの人たちは基本的に外へは出ないから、こういった緑のある所が多数点在している。
俺がラーセットを再建する時も、内務庁長官のケール・ライ・ライスになんでこんなに沢山の公園が必要なのか尋ねたものだ。
今はさすがに誰もいない。
大きな公園だとカップルなんかがいて困ってしまうのだが、ここは穴場だ。
年季の入った木のベンチに座り、色々と考える。
これからの事とか本体の事とか山ほどあるが、先ずは手近な点。彼らの事だ。
なぜ俺と共に意識がこっちに来たんだ?
そして、なぜ今までは違ったんだ?
仮説は立てられる。そしてそれは、今まで考えて来た俺の疑問もまた解消するものだ。
『どうして俺は、フランソワたちを日本へと帰さなかったんだ?』
どう考えてもおかしい。俺の計画では、奴を倒したら召喚者は徐々に日本へと帰す。
ラーセットには十分な富があり、それは同時に身を守る武力でもある。
更に召喚者がいなくなれば北はこれ以上ラーセットに手を出す大義名分を失う。
もちろん恩も恨みも長く残るようだが、それでも大義名分無しに軍事行動を起こせば、南が黙ってはいない。
主にラーセットの富を独占されてはたまらない的な事で。
だけどフランソワも
もし帰っていれば、さすがに俺の事は一発で気が付くだろう。
もちろん今までの仮説が消えたわけでは無い。奴と一緒に俺まで過去に戻されたから、皆を返せなかった説だ。
だけど、一つ疑問があった。
奴はもういない。そして
本来なら、ずっとそうして来たのだから。
後はその俺を召喚し、鍛えてみんなで帰ればいい。
鍛え方がそうだな……制御アイテムを取り上げて心身ともにボロボロにしてからハーレムで癒す。
飴と鞭と言うか、地獄の調教だな。だがそれ自体に危険はない。
説明も、俺自身ならすぐに納得するだろう。いつ自分が召喚されても良いように、それだけの準備はしてきたつもりだ。
だけどその兆候はない。
それに、奴が時間を戻す為に使っているモノはなんだ?
過去に意識を戻しているとは聞いていたが、どうやってまでは聞いていなかった。
それは多分、双子が知っている。
だけどおそらく、使ったのは分岐した時間その物だろうと見ている。
時間を消費する事で、それ以前の時間は消える。完全に無かった事になるわけだ。
以前、この宇宙全体の時間を戻すことは不可能だと考えた。
そりゃそうだ。ここがどんな銀河でどんな星かは知らないが、そこに住むちっぽけな存在が宇宙全体の時間を過去に戻す。
それが宇宙規模で多発していれば、時間なんて一秒も進まないだろう。
だけど分岐した時間はどうだ?
それはある様でない曖昧なものだ。消えたとしても、その時間は宇宙全体で見れば本流へと合流するようなものだろう。
それどころか、宇宙の時間は分岐すらしていないか。一切干渉できない世界だしな。
そう考えると、おそらく俺がクロノスであった時間の全ては消滅している。
全部が俺の中だけに存在する夢のようなものだ。誰も召喚されていないし、誰も死んではいない。
だけど、今会って来た彼らは違う。例えラーセットの時間が消えようとも、地球の時間に変化はない。
彼らは俺が日本に帰す前に、既にこの世界に召喚されていた。
その時には以前の彼らだ。
だけど俺が日本に戻した事で、彼らは俺がクロノスであった時代の状態になった。
だから俺がこちらに来た時点で、もう召喚されていた彼らにその事実が追加されたといった所か。
まあ仮説でしかない。人類は、まだ時間をその手に掴んでいないからな。
ただそう考えると、
その時に、その時代のラーセットの歴史も消費され、消えているんじゃないのか?
俺自身は地球に帰って続きを体験しているから、歴史は輪のように過去と未来をグルグルと行き来していると予想していたが、案外俺だけが何度も繰り返しているだけで、ラーセットの歴史はいつも最初からリセットされている。
その可能性の方が高そうだな。
まあ地球を滅ぼした奴がこの世界に帰す術がなければ、あいつもまた別の所で分岐を繰り返しているのだろうが。
それで今の状況が変わるわけでは無い。
奴を倒す為の手段にもなり得ない。
けどそうなら、心が少しだけ楽になる。
何せ、今までの歴史の繰り返しで死んだ無数の人間。
それは全て、無かった事になるのだから。
まあ、この時代はどうしようもないけどな。
それと、これで代々のクロノスの時代に死んだ人間が、代替わりすると召喚出来る事も説明が付く。
何せ毎度の事だが地球の時間が止まっている以上、一度召喚した人間が再び召喚される事は無いはずだった。
召喚されて死んだ人間の魂は、もうそこには無いのだから。
けどその事実がリセットされていたら?
当然、再度召喚が可能になるわけだ。
そのリセットの間、俺か俺を引き継いだ人間は日本にいるのだからリセットには巻き込まれない。
そしてまた、全く同じスタート地点に戻るわけだ。
実に面倒な話だが、その点は
ただ一つ、この考えには大きな穴がある。
もし歴史の分岐をエネルギーに変えて地球に行ったとしたら、今この時間は消失しているはずだ。
戻って来るなんて出来るはずがない。
となれば、やっぱり時間遡航の限界はラーセットにクロノスとして召喚されたあの時が限度のはずなんだよ。
けど今は、目の前にある現実が全てだ。
まだまだ考えが足りないって事なんだろうな。
おそらくかなり近づいたと思う。だがピースが少しだけ不足している。
今度双子に聞いてみよう。もしかしたら、何か知っているかもしれない。
そうでなくても、あの本体から切り離された分身の位置は分かっているんだ。
もし知らなかったら、あの場所に連れて行って話を付けてもらおう。
本人なら、この仮説に何らかの答えをくれるだろうしな。
というか、本題はあくまで奴を倒す事だ。
だがループ問題を解決しない限り、奴を本当の意味で倒せないのもまた事実。
どうせ今は倒す方法が無いのだし、今度時間を取って行ってみるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます