第531話 何かおかしくないか

「おはよう。幾ら新人とはいえ、そこまで眠りこける召喚者は珍しいね」


 咲江さきえちゃんはとっくにいつもの服装に着替えていた。

 初めて会った時と同じ、丈が短くおへそが見えているシャツに、透けている赤いブラ。

 あの時のシャツは白だったが、今回は白とグレーのタータンチェックを三角錐で区切った柄だ。

 服装は同じだが、シャツの柄とブラの色はいつも変わるな。こだわりかもしれない。

 下は横に白いストライプの入った赤いショートパンツに膝サポーター。靴はレザーの登山靴風と、こっちはずっと変わらない。


 こうして普通にしていると、キリっとした美人なんだけど、チョロくて照れると途端に可愛くなるんだよなー。

 案外――じゃないな、確実に今の態度はキャラ作りだろう。

 ソロだし、甘く見られたらそれこそ命に関わるしな。


「本気で疲れていたんだよ。だけど助かった。美和みわ先輩は命の恩人だよ。本当に感謝している」


「そ、そ、そんな事は気にしなくて良いわよ」


 顔真っ赤。本当にこの頃から変わっていないんだなー。

 そして、こんな世界なのに……そしてこんなに純情なのにあんなに恥ずかしい事までして俺を助けてくれた。

 本当に、あの頃の俺は酷い境遇だった。

 だけど確かに、恵まれていた点も色々あったんだな。

 彼女と出会えた事もその一つだ。


「じゃあ、あたしはまだ見回りがあるから一緒には帰れないけど、あんたはちゃんと帰れる?」


「大丈夫だよ。おかげですっかり回復出来た」


「そうならいいけど。じゃあね」


 そう言った彼女の左手の小指にきらりと光る物。

 見間違えるわけがない。見忘れるわけもない。


「ちょ、ちょっと待った! その指輪は!?」


「ああ、ピンキーリングね」


「いやそうじゃなくて」


「見回り中に倒した怪物モンスターの腹の中にあったのよ」


 割いたのか……多分食べたな。結構ワイルドだ。

 まあ外回りなら、食べられる食材の知識はあるよな。

 いやそんな事はどうでもいい。


「大きさは自在型よ。あたしは手が小さいし、どうせならって一番小さくしてピンキーリングにしているの。まあ精神系の呪いとかあってもあたしら召喚者には効かないし、ヤバいものなら手首ごと斬り落とせばいいしね。でもあんたも新人だから付けちゃだめよって、これは女性用か」


 確かに咲江さきえちゃんは手が小さいが、自在型のフリーサイズなら親指以外には付けられるだろう。

 ただそんな事より、この指輪はあの時に奈々ななが付けていた物だ。


美和みわ先輩はどの位でラーセットに帰る予定?」


「帰るって……随分馴染んだ言い方ね」


 言われてみれば、なんかもう故郷のように感じているな。

 普通は“戻る”だよな。

 ちょっと失敗した気もするが、気にした様子は無さそうだ。


「いや、ちょっと家族の様な人たちがいるんでついつい」


 指輪の事を言い出すべきだろうか?

 いや、そもそも同じものが出土することは珍しくはない。

 だけどこの指輪が風見かざみから奈々ななに渡ったとしたら多くの前提が崩れる。

 そんな事あり得ないと流してしまうのは簡単だ。だけど同じ物を見てしまうと、考えざるを得ない。


「その指輪、実際の効果は何か分かるの?」


「あたしはアイテムの鑑定なんて出来ないわよ。ただ綺麗だから付けていただけ。ただ経験上、それなりの効果はあるわね。どう作用しているかは、ヨルエナ神官長にでも聞くわ」


 へー。それは意外だった。

 でもアイテムの管轄は、神殿庁を通して軍務庁と内務庁に流れていた。

 あそこには迷宮ダンジョンから発掘されたアイテムの資料が山盛りだしな。

 そしてその中には、知識だけではなくそれなりに修練を積んでいないと触っちゃいけないものもある。

 その為に、日々の修行もしているわけだしな。

 しかし何が有るかも分からないものを平然と付けるってのは剛毅だな。

 だけどこの頃の咲江さきえちゃんは、何処か自暴自棄な所があった。

 もう危険には無頓着なのかもしれない。


 さて欲しいと言うべきだろうか?

 彼女がいるからとか言えば……いや絶対にダメ。

 もうこの指輪はトラウマものだ。絶対に奈々ななに付けさせるなんて有り得ない。

 でもそうなると誰に渡す?

 咲江さきえちゃんも、ラーセットに戻ったら俺が誰に渡したか気になるだろう。


 先輩は?

 奈々ななに殺されますね、はい。

 みややヨルエナに渡す事は論外だ。

 俺が点数稼ぎのために提出したと思われる。確実に咲江さきえちゃんからの信用はゼロになるだろう。

 下手すりゃマイナスだ。


 とにかく、今は様子を見よう。

 今分かっている点は……。

 位置的に、俺がこちらに召喚される前から咲江さきえちゃんはこの周辺の見回りをしていた。

 そしてその彼女の行動に俺の召喚は関与していない。

 なら当時も、この時点で指輪はもう彼女が身に着けていた事になる。

 そしてラーセットで彼女と出会った時、指輪は付けていなかった。


 考えられることは幾つかあるが、神殿庁で鑑定してからみやに提出。何か理由があって風見かざみに渡した。

 或いは直接風見かざみへと渡って点も考えられるが、やはり同じ形なだけで別の指輪という可能性もある。

 実際、あの指輪と奈々ななが付けていた指輪が同一かどうかに意味はない。


 さっきも考えたが、この世界では同じ形のアイテムは実際に出土する。ダークネスさんから貰った黒い短剣や勇者の剣だな。

 クロノス時代には他にも沢山見たよ。

 ただそれらに共通することは、同じアイテムは同じ効果という事だ。

 そうでなければ鑑定なんてそんな簡単にできるものじゃない。

 だからこそ欲しかったのだが、焦りは禁物か。


 待てよ――、


「とにかく俺は戻るよ。改めてお礼を言わせてくれ。美和みわ先輩は命の恩人だ」


「もういいからそんな事は!」


 真っ赤になってパシパシと叩かれる。

 その手の感覚だけて色々と蘇って来てヤバい。


「それじゃあ、また」


「ええ、またね」


 逃げるように、距離を外して一気にラーセットまで飛んだ。

 偉いぞ俺。よく耐えた俺。

 これで一時の感情に流されて腹を切らなくて済んだ。

 というか、意識が無い状態でスキルの悪影響が解消されたから良いけど、出てすぐに出会っていたら押し倒していたかもしれない。

 危ない危ない。こっちの方も、しっかりと気を付けないとな。

 取り敢えず、咲江さきえちゃんの香りは外しておこう。

 名残惜しいが、命あってこそだ。

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