第530話 また助けられるとは夢にも思わなかった

 そんな訳で、俺は地上に出た。一直線に真上だ。

 俺からすれば一発だが、奴からすれば延々と迷宮ダンジョンを踏破してくるしかない。

 それ以前に、ここまで追ってくるなら大したものだ。

 是非作戦に組み込みたいな。


 ただ俺も疲れた。

 一瞬であれか。とてもじゃないが、勝つ算段が思いつかなかった。

 それ程僅かの邂逅でのぼろ負けだった。

 実際に甘く見過ぎていた事は認めるしかない。そもそも、ここまで上手くきすぎたんだ。

 再びこの時代に戻って、当時の真実を知り、みやとは和解出来、今後起こる悲劇も防げた。

 神殿庁とも仲良くなったし、こうして制御アイテムも貰えた。

 それになりより、元々奴を一人で倒すつもりだった。

 それが完全な油断を生んだな。


 せっかくもらった制御アイテムも、あの一瞬だけでボロボロの壊れかけだよ。

 もう目がかすむ。体が冷える。そうか、雨が降っているのか。そんな事もよく分からなかった。

 さすがにもうこんな事を外す為にスキルを使う余裕はない。

 とにかく……少し……休もう……。





 ◇     ■     ◇





 どの位眠ってしまったのだろう。

 というか、雨の中で木に寄りかかった所までは覚えてえている。

 これもまた油断だな。危険が迫れば目が覚めるとはいえ、それでも100%の安全などありはしないのに。


 ここは――洞窟か?

 外からは雨の音がする。まだ降っているのか。

 というか、そんなに時間が経っていないのか?

 俺はどうやら横になっている様だ。背中に毛布の感触を感じる。

 というか全裸で、上にも毛布が掛けられている。


 すぐ近くから感じる炎は薪か。

 温かさが心地よい。

 と言いつつ、実際それどころではないぞ。

 炎ではない。毛布の中から感じる温もり。そして柔らかさ。

 この感触は何度も何度も味わった。彼女とは、一緒に行動する事が多かったからな。


「ん、起きたの?」


「あ、ああ」


「こっちを見ない! その位の礼儀は弁えわきまえなさい」


「はい、すみません」


 迫力に押されてついつい謝りつつ眼を逸らす。

 腕と胸に感じる艶やかな柔肌と膨らみ。

 自分が癒されていくのを感じる。彼女にこうして救われるのはこれで2度目だな。

 だが、ここでは初対面だ。


「ええと、どういう状況なんでしょう?」


「外回りをしていたら、なんとなくスキルの反応を感じたのよ。それで来てみたら、貴方が倒れていたって訳。物凄く冷たくなっていたから仕方なくね――ってこっちを見るな!」


 ついつい習慣で向きそうになってしまった。

 首を全力で捻じられゴキッと嫌な音がする。

 同時に胸の上に感じる膨らみが二つになった。

 辛抱貯まらんが、落ち着け。ここでは初対面だ。知らない人なんだ。

 それでも、こうして裸になってまで俺を助けてくれたんだな。


「俺は成瀬敬一なるせけいいち。良かったら名前を教えてもらえるかな?」


「あたしは美和咲江みわさきえ。あんたと同じ召喚者よ」


「ここはハスマタンに結構近かったと思うけど、どうしてこんな所に?」


「見回りよ。イェルクリオもマージサウルも常にラーセットを狙っているからね。こうして確認しているの。あんたを見つけたのは本当に偶然。運がよかったわね」


 全くだ。この頃から外回りがメインとは聞いていたけど、今このタイミングでここに出会う確率なんて、隕石が頭に落ちてくるくらいの幸運だ。

 こんなスキルと役割を押し付けられたわりには、神様も粋な計らいをするじゃないか。

 まあ神とか信じてはいないけど。


「それよりあんた召喚者でしょ? 何でこんな所にいたの?」


「ちょっと事情がありまして」


「見た所制服のまんまだし。顔も見た事は無いし。新人ね。でも変ね、こんな所まで来れる新人とか聞いたこともないわ」


 そりゃそうだ。


「あ、当ててみましょうか。あんたのスキルはテレポート。それで面白がって飛び回っている内に力尽きた。そんな所でしょう」


 少し面白そうに言うが――、


「残念だけどちょっと外れ。新人なのは間違いないけど、ちょっと所用があってね。ああ、だけど調子に乗っていたのは事実だよ。咲江さきえちゃんは命の恩人だな」


「さ、さ、さ、咲江さきえちゃんってあんた! ちょ、ちょっと気安す過ぎじゃないの!?」


 相変わらず初心ウブだなー。

 でもあの時とは状況が違う。あの時はこちらが命の恩人だったから押せたが、今度は逆で――って何を考えているんだ俺は。

 今は奈々なながいるんだぞ。

 あの時とは何もかもが違う。

 だけどこうしていると体が軽くなって来る。まるで毒が抜けていくようだ。


「だいぶ温まって来たけど、まだ冷たいわね。どうせこの雨の中を追い出すわけにもいかないから、もう少し温めてあげる。その代わり……」


「代わりに?」


「あたしの事は美和みわ先輩と呼びなさい」


 さすがに咲江さきえちゃんとは呼ばせてもらえない様だ。


「わかりました、美和みわ先輩。本当に助かります」


「そ、そこまでかしこまらなくても良いわよ! とにかく病人みたいなものなんだから、このままもう寝なさい」


 寝ろと言われても、この状況で眠れる青少年はいませんよ。

 そんな歳じゃないけどな!

 でも咲江さきえちゃんとこうしていると、当時の事をどうしても考えてしまう。

 迂闊に名前で呼ばないように気を付けないと。

 そう言えば、初めてこうして一夜を共にした時も雨だったな……。





 ※     〇     ※





 気が付くと、もう雨は止んでいた。

 太陽の光が洞窟の入り口から差し込んでいる。

 どうやら俺はもう、本当に青少年じゃなかったらしい。

 なんだか悔しい。


「おはよう。幾ら新人とはいえ、そこまで眠りこける召喚者は珍しいね」


 少し笑うような咲江さきえちゃんの声で完全に意識が覚醒した。

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