第529話 まるで話にもならないとは

 途中にひしめく雑魚を相手にしていたらきりがない。

 俺は直接、奴の前まで飛んだ。

 もうそこまでハッキリと奴の位置が分かったのだから。


 いきなり目の前に飛び込んできたのは、眷族の群れ、群れ、群れ。

 ここは磯野いそのが見つけた中でもかなり広い所だ。

 直径120メートル程と60メートル程の円が重なり合ったひょうたん型。

 足元にあるのは砂……じゃない。水晶の粉か。随分と洒落た場所にいるじゃないか。

 そして目の前には、奴がいた。


「会いたかったよ。また随分と姿が変わったな。それなら普通に話せるんじゃないのか?」


「フフ……フフフフフフフ、ア、アイタカッタ。フフフフフフ」


 男女の声が混ざり合ったような声を、砂を擦り合わせたようなノイズで表現したような声。もう音と言った方が良いかもしれない。

 それになんかしゃべりそうだと思ったが、普通でもなんでもなかった。それに頭の中身はかなりおかしいな。

 まあ人間の常識で考えたって仕方がない。


 上位半身には貝の殻で包まれたような顔。

 その隙間には片目だけが見える。どう見ても人間ではない、何処か爬虫類を思わせる紺色の瞳。

 その下には全身から棘を生やした人間の上半身。

 形状としては男だが、左肩や腹には女性の乳房が付いている所がなかなかにシュールだ。

 というか、腹にあるのは女性と言おうか雌だな。あれは牛のだ。

 腕は右に2本、右胸から一本、左は3本。背中にも2本見えるな。


 下半身はやっと見慣れたいつものボディ。

 青い球体で浮いている。まあ全体が青白いゼリー状な所は同じなんだけどね。

 但しその下から沢山の足が生えているのは新しいファッションか。

 大体30本ほど。ほとんどが男女を問わず人の足だが、ウマとワニとタコのような触手が混ざっている。

 それでも浮いているのは奴の習性といったところか。

 だが、走れるかもしれないという事は頭に入れておいた方が良いな。


 現地語で“多くの怪物を眷族として取り込みその姿は醜悪にしてその力は強力無比”とあった時点で想像は付いていたが、また随分と変わったものだ。それに大きい。

 以前は2メートルよりも少し小さいサイズで、俺よりも大きいという印象だった。

 だが今の奴は優に5メートルを超えている。もうでかいとしか言いようがない。

 黒竜よりは小さいとはいえ、威圧感と不気味さは桁違いだ。


 だけどまあ、もう今更感想なんていいだろう。

 ずっとこの日を待っていた。

 このために努力し、知恵をしぼり、仲間を騙し、大勢死なせ、それでも止まれなかった。

 理由は言うまでもない。俺の全ては、こいつを仕留める事。


 奈々ななと出会えて浮かれていた。


 また本来の先輩と出会えて楽しかった。


 こんなにもあっさり出会う事になるとは思わなかったから新しい塔を作ったが、使わない可能性も出て来たな。

 龍平りゅうへい、万が一の場合、後の事は任せたぞ。

 と言っても、この世界で死ぬまで二人の護衛をしてもらう事を押し付けてしまうが。


「お互いこの日を待ち望んでいたんだ。いや、お前はずっと逃げ回っていただけだったな。だけどここでそれも終わりだ。もう十分に長い事生きただろう。そろそろ観念しろ」


「クロノス……ハハハハ、クロノス」


 その瞬間、俺に深々とめり込んでいた。

 前にもあったなこの展開。


 こいつの武器は衝撃波。

 普通の人間であれば、全身の骨が砕けるほどの威力だ。

 だけど攻撃は単純。こいつの強さは、所詮は眷属と雑魚の数によるものだった。

 特に最大の武器である衝撃波だが、いわば太鼓を叩いているような感じか。

 衝撃波と衝撃波との間には空間が存在する。

 そしてこいつは危険を察知したら放つ。実に分かりやすい。だから衝撃波の向こうに跳ぶ事で、軽々と回避できた。


 だけどこいつの場合は違う。鳴りっぱなしのスピーカー。

 範囲内にいた眷属や雑魚も、骨のあるなしに関わらず体液を撒き散らしながら吹き飛ばされて動かぬ存在になっている。


「クロノス、ココデ……オワリ……ダ」


 何の感情もない言葉。実際あるかどうか分からないが、確実なのはこのままだと有言実行になるって事だな。

 スキルによって生きながらえているが、同時に俺自身の存在というものがゴリゴリとこの世界から削られている。

 正直、甘すぎた。だけどまだ手遅れじゃない。

 俺は距離を外し、甚内じんないさんたちの元へと撤収した。

 さすがにさっきと同じ位置にはいないだろうと思ったから小刻みに飛んだが、予想よりもさっきのセーフゾーンの近くにいた。

 ちょっと休み過ぎじゃないのか? まあいいけど。


「最初の命令だ。撤収しろ」


「さっきは命令じゃなかったのか?」


「あれはただの提案さ。だけど今回の命令に拒否は許さない。急いでラーセットに戻るんだ」


 ほんのわずかの沈黙はあったが――、


「大体何があったのかは分かるよ。奴がいたんだろう? わたしたちがここから動けなかったのもそれが原因でね。ここから先へ進むと、確実な死が待っているんだよ。そして今まさに、その死はここまで感じられるようになった」


 追ってきているのか!?

 あの慎重なやつがそこまでするって事は、確実な勝利を確信したのだろう。

 あれだけ罠や双子で酷い目に合わせたのは、こういう時に躊躇ちゅうちょさせる為でもあった。

 それでも迫っているという事は、絶対的な自信と考えていいか。

 まあこの辺りの地形は、向こうが先に全部把握済みだろうしな。

 あの時とは立場が逆だ。


「では話が早い。撤収だ」


「ではよろしく頼むよ、甚内じんない君」


「ちくしょうめ」


 そういうと、甚内じんないさんは三浦みうらを背負うとさっさと奥へと走り去ってしまった。

 羨ましい。正直代わって欲しい。俺もスキルの悪影響を何とかしないとまずいのに。

 決して大きくはないが、セポナでもOKだったしな。

 女なら何でもいい自分が悔しい。というか、さすがに彼女と比べるのは失礼か。

 なんて考えている余裕は無いな。高速で奴が追いかけてくる。

 ならまあ、ここまで来れるか試してやろう。

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