【 時の分岐 】

第532話 ようやく戻ったが

 ラーセットに戻り、最初に向かったのは神殿庁だった。

 なぜクロノスの時代にやらなかったのだろう?

 答えは簡単だけどな。考えたくも無かったからだ。

 だけど今は違う。やっぱりおかしい。

 奈々なながコピーだから? 成長していないから? だから指輪で心を操られていた?

 結論から先に言えば有り得ない。


 俺はクロノス時代に何度も同じ事を考えた。

 咲江さきえちゃんに言われて、改めてあの時の指輪もそうだと気が付くとか間抜けすぎる。

“召喚者に精神系の効果は効かない”。スキルであっても、アイテムであってもそれは変わらない。

 そもそも、初めて召喚者の村に行った時にダークネスさんに否定されているじゃないか。

 ただそれを更に否定したのも俺だけど、実際あれは苦しい言い訳だった。

 だって実際に、クロノスとして知っちゃったもの。召喚者を操れるアイテムは存在しないって。

 ただの一つだって、そんなアイテムは出土しなかったよ。


 召喚された時に塔によってもたらされる精神作用は、ただの人間の内に行われるからだ。

 それも所詮は召喚されている途中で簡単な事を刷り込むだけ。記憶を消したり、絶対の忠誠心を植え付けたり、意のままに操れるものではない。


 それにもう一つ。

 目覚める前の奈々をコピーして指輪――そうだ、“隷属の指輪”だったな。

 ごうの奴も付けていたから、複数ある事はそもそも確定だ。

 そうなると、咲江さきえちゃんの指輪はやっぱりただの偶然?

 だけどそれも本当か? 風見かざみのスキルは“コピー”だぞ。


 まあどちらにせよ、仮に精神作用があるとしたらごうの指輪はどうなるんだよ。

 経路の方も、最初から風見かざみが持っていた場合と咲江さきえちゃん経由とではタイミングが全く変わる。

 後者なら完全に召喚者として目覚めている。圧倒的に強力な精神スキルなら初心者に多少の影響を与えるとこは出来るが、所詮はその程度。

 アイテムに至っては、もうどんな精神作用も効果はない。

 前者なら奈々ななの様なコピーか?

 でもコストパフォーマンスが悪すぎる。有効だとしても僅かな時間で二人とも作り直し。


 そもそもどれ程成長させないようにしても、あそこまで強力な精神支配はやはり無理だ。

 実際に咲江さきえちゃんが身に付けていなければ、ここまで考えることは無かった。

 だけど一度気になってしまうと、調べないと気が済まない。





 □     ★     □





 向かったのはクロノス時代にも世話になった図書館だった。

 多数の信者たちが、勉学や掃除に励んでいる。

 ただ来たのは良いが、この膨大な資料の山からあれを探すのは無理か。

 ここの専門家に頼みたいところだが、ここではただの駆け出し召喚者に過ぎない。

 頼めばやってくれるだろうが、所詮は片手間程度が関の山。何年かかるか分かったものじゃない。


 そもそも、ここのフロアだけでも10万冊を越えている。普通の図書館並みだ。

 それが何フロアもある。アイテム関連だけでそれだ。

 やはり最低限、咲江さきえちゃんが戻ってからの話にした方が良さそうだ。

 現物があると無いとでは全く違うだろうし。


 ただ、あの指輪は何処へ行くのだろう?

 状況は変わっている。あの指輪があの時の指輪としても、風見かざみが必要とするかは分からない。

 というかいらないだろ。奈々ななはもう立派な召喚者だ。


 ――そう以前なら思った。もうごうの事なんて気にもしていないし、指輪を風見かざみが持っていても、“既に意味は無いな”くらいにしか思わなかっただろう。

 しかし気になってしまった。あの指輪は、本当はどんな効果のあるアイテムだったんだ?

 ただの装飾品? それとも俺の知らない特別な効果?

 確実なのは、精神操作の件は消えた。咲江さきえちゃんの事もあるが、俺が直接見て、それ程に強い効果を感じなかったからだ。

 そんな力を感じたら、その場で外させただろう。


 ただここで考え込んでいても仕方がない。

 今は素直に宿舎に帰ろう……。





「お帰りなさい」


「お帰りなさい、敬一けいいち君」


「あ、どうも」


「お帰りなさいですね」


 帰ると、リビングには全員がいた。

 結局、名目上はあの時の6人でチームを組んだことになっている。

 龍平りゅうへいもいるが、ひらひらと手を振っただけだった。まだ根に持っているな。


 あの日の姉妹喧嘩は、結局決着がつかなかった。

 先輩の気持ちは知っているが、あの時は本当に奈々ななの身を案じて帰るように言い、俺の身を案じて自分は残ると言っただけだ。

 邪魔者を排除しようとか、そういう黒い考えは欠片も無い。純粋で真っ白な気持ちから出た言葉。

 それだけに龍平りゅうへいが気にしているんだよなー。


 ただ龍平りゅうへいは最後に自分がやらかした事はしっかりと覚えている。

 最後には微かに意識を取り戻していたし、地球に戻ってスキルの悪影響が抜けたのかすっかり正気だ。

 逆にそのせいか、急激に人として成長した気がする。

 相当に反省したのだろう。先輩の横で寝たふりをしている間、考える時間は幾らでもあったろうしね。

 それだけに、以前の様に短絡的には動かなくなった。良い事だ。

 昔のままだったら、今頃公園で殴り合いでもして青春を謳歌していただろう。

 お互い命懸けだが。


 というか、俺に至っては80過ぎの爺さんだよ。

 ただ召喚者として時間が動いていないせいか、老けたといった意識はない。

 でも地球で過ごして大人になってしまった時間は本物だからな。





 △     ▽     △





 こうして程よい緊張感を持ちつつ1か月以上が経過した。

 この地に舞い戻ってから、およそ2か月ちょっとが経過した事になる。

 勇者サンが黒竜に倒されてから、2か月ほど俺は迷宮ダンジョンを彷徨ったという。

 だから俺が甚内じんないさんや奴と出会っていた頃には、もうおそらく敗北している。誰も助けてはくれないからな。

 しかしそれは本望だろう。最悪の結果が待っていたとしても、それは俺しか知らない。

 たとえ自分が恨まれてでも命を救うべきだという意見もあるだろうが、それは相手によると思う。

 俺は全ての人間に対して等しい博愛精神をばら撒けるほど聖人ではないのだ。

 どちらかと言えば、彼に関しては本人の意思を尊重すべきだ。

 限界を出し切る前に、“ほら召喚者は強いだろう”なんてやってしまったら、かえって侮辱する事になってしまうしな。

 全力で生き、いずれ死ぬ。クロノスであった頃に学んだこの世界の常識だ。


 それはさておき、大変動が近いという事で迷宮ダンジョンの外で鍛錬をしていた俺の元に朗報が舞い込んできた。

 まあ起きる時期はある程度正確に分かっているが、当時の俺が正確に時間を把握していたわけでは無い。

 あくまでダークネスさんに聞いた話からの推測だ。

 いやそれはどうでもいい。

 朗報というのは、会いたかった4人が地上に戻って来たという知らせだ。


 もちろん会ったところで“あんた誰?”となる可能性の方が高い。

 というか他の可能性は無いはずと言っても良い。

 だけどどうしても会っておきたい。

 そんな訳で、俺は彼らの宿舎へと向かった。

 一応龍平りゅうへいにも声は掛けたが、行かないと言われた。


 それはまあ当然か。

 今の龍平りゅうへいには、彼らを殺してしまったという記憶しかない。

 共に戦った龍平りゅうへいではないんだ。

 こればっかりは仕方ないな。

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