第527話 追いついてしまった

 やっぱり警戒しているな。

 目的地が分かっているから、先行した二人を見つけるのは簡単だった。

 迷宮ダンジョンの形状はあの時と変わっているとはいえ、あれほど綿密に計画を立てて決戦に挑んだんだ。

 この辺りのセーフゾーンは全て把握している。

 後はセーフゾーンを飛び回ってキャンプの跡を見つければ、どういうルールで進んでいるかは分かるという訳だ。

 更に近くに行けば、気配で分かる。それはお互い様だったろうが。


 片方の立てた金髪の男性が加藤甚内かとうじんないか。

 三浦凪みうらなぎもそうだが、こちらの時間軸で逢うのは初めてだ。

 とはいえ、その姿は忘れようもない。


 本名は加藤甚内かとうじんないなのだが、ここは甚内じんないさんと呼ぶべきか、それともアルバトロスさんと呼ぶべきか。

 予想はしていたが、やはりあの時の彼だった。

 見た目はチャラそうなのに堂々とした立ち振る舞い。ただ立っているだけで強いと分かる。

 相当な猛者だが、最後は狂気に堕ちた龍平りゅうへいに敗れたと聞く。

 しかもその龍平りゅうへいの師匠であり、面倒を見てくれた人でもあるんだよな。

 俺にとっても2度会って話しをしている。

 向こうからすれば初対面だが、なんとも複雑な感じだ。


 着ているのは空軍が使うようなジャンパーだが、その下は普通の革鎧。

 上下ともだが、腕には肘近くまでのロンググローブ、足には同じように膝の少し下までのロングブーツ。つま先と踵は金属で補強されている。当然靴底もだろう。

 完全に戦闘に備えているな。

 武器は持っていないが、必要ないって事か。


 三浦凪みうらなぎ風見かざみ児玉こだまと一緒に召喚され、大変動で命を落としてしまった。

 最初期の頃だったし、教官組と聞いていただけに油断しきっていた。今もその死は強烈に俺の中に残っている。

 いずれは強くなるとしても、召喚直後は皆普通の召喚者なのだと思い知った。

 奈々ななの様な別格もいるけどね。



 身長は176センチと、女性としては結構な長身だ。髪は艶やかな黒髪をツーサイドアップにしている。

 俺が召喚した時と全く一緒。こだわりがあるのだろうか。

 服装の方は、何と言うか個性的だ。

 俺がクロノスだった頃は現地人の服が気に入って、ワンショルダーのチューブトップブラにホットパンツ。それにニーソックスと革靴だった。

 だけど今着ているのはまるで何処かの魔法学校の生徒の様なブレザー型制服に魔法使い風のマントを羽織っている。

 下は紺地にミニのボックスプリーツスカートに白いソックスと茶のローファー。

 とてもじゃないが迷宮ダンジョンに着てくるような服装ではないが、風見かざみとは同じ学校だったな。

 こちらでの召喚時期は違うようだし、俺の時も顔見知りではなかった。

 だけど、やはり近い者同士影響されたのかもしれない。


 というか、ビキニに三角帽子の風見かざみと足して2で割ったら、見事に魔法学校の生徒が二人誕生するな。


「それで? てめえの事は誰からも聞ちゃいねえ。いきなり出てきて警戒しない方がおかしいだろう」


「そこは抑えてくれませんかね。えっと何と呼べばいいんですか?」


 だめだ、なんか以前の事が頭にこびりついていて、どうしても口調が変わってしまう。

 あの時の話は、クロノスになってから何度も何度も、それこそ繰り返しで考えさせられた。

 ただそんな事は向こうには関係ない。どうも警戒心は解けなかったようで、アルバトロスさんの目に紋章が浮かぶ――が、





「やめておくと良い。これは忠告だよ。友人としてではなく、教官組としてのね」


「俺の死が視えたっていうのか? こんな奴にか?」


「いや、死は視えないよ。そしてそれは、彼が君をあしらえる程度には強い事を示している」


「つまりは奴の死も視えないって事か」


 なら三浦みうらの言う事も分かる。

 感じる実力は確かに向こうの方が上。だが相性というものもある。単なる強弱では測れない。

 それでもこちらが本気でやって死なないとなれば、こちらが負ける可能性は十分あるか。


「少し勘違いしている様だから訂正しておこう。彼の死が視えないのは生死がハッキリしないからではない。残念ながら、わたしの力の及ばない所にいるのさ。そう、ここに居る様でいてここにはいない。随分とそうだね……離れた存在の様だ」


「それは人なのか?」


「まあ召喚者であることは間違いないと、わたしのスキルは告げているね」





 なんだか、ものすごくショックな事を言われた気がする。

 風見かざみの勘とも違う。多分彼女のスキルで“視られた結果”なのだろうが、もうそこまで進行しているのか。

 何度もケアして元に戻していたつもりだったが、実際は確実に悪化していた訳だ。

 だけどまあ、今は止まる訳にはいかない。


 とにかく冷静になろう。前を向こう。

 口調も元に戻した方が良いな。


「先ずは穏便にと思ったのだが、なかなか警戒は解けない様だ。どうせこうなると思って、クロノスの指示書を持って来たよ」


 指示書と言っても紙ではない。水晶の玉を二人に投げる。

 決められた人間が持つと文字が浮かび上がる。ここで浮かび上がるのは、みや自身が書いた指令書だ。

 他の人間が触っても反応しない。そして筆跡はみやの物。

 ここまで揃えばどんなに疑り深くても信じない訳にはいかないだろう。

 たとえその内容が納得いかなくてもね。


「こいつの指示に従えだと? いったいクロノスは何を考えていやがる」


「まあ考えは問題だらけだとわたしは思うがね。だけどこれは紛れもなくクロノス自身の命令書だ。否定できる材料が無いのなら従うしかないね。嫌なら知恵を絞ってみる事だ」


「ぐぬぬ」


 ぐぬぬとか産まれて初めてリアルで聞いたわ。

 結構お茶目だな。


「それで? この指示書には“指揮下に入れ”としか書かれていないが、むしろそれはクロノスらしい。だがこちらは事情がまるで分からないときている。今後のためにも、ある程度はこうなった事情を教えて欲しいものなのだけど」


「そうだな」


 当然の質問だし、ある程度の問答は考えて来た。

 そしてこの2人に関しては、直接会っての印象と龍平りゅうへいの話もあって信用していいと思う。

 だが今のクロノスがみやである事を明かす事は悩んでいる。

 まだフランソワや一ツ橋ひとつなしにも言っていないしな。

 それに何より、今は時間が惜しい。


「それは戻ってからにして欲しいな。今は急ぎで奴を確認する」


「奴って言うのはセバト・ラウルト・イザ・アブロナス・エウ・リーガ・エソクナーヤ・ソフェル・パムス・イグラート・アーシアド・インドオルニード・バングラーク・ゼプ・イナフフ・アーシアド・ラジゥ・エウ・イーガ・スワープ・ハマイ・ラゼント・ワスターワウ・ゴーミス・チークイ・ソバデで良いのかい?」


「脳がパンクするから本名で呼ぶのはやめろ」

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